新婚1年目!
ドイツ夫と日本人妻の「フードファイト」
「“旅人メニュー”に
一喜一憂」
ドイツ人の男性と結婚した日本人女性。
食生活の違いに戸惑う日々を、イラストとともにお届けします。
前回に引き続き、ふたりの“過酷すぎる”ハネムーンの様子をお届けします(ふたりは主に英語で会話していますが、日本語に翻訳してお届けします)。
巡礼初日、はじめての夕食
前回、サンティアゴ巡礼中の朝ごはん、昼ごはんはマフィンやバゲットサンドばかりだった、と書いたところ、読んでくれた友人のひとりから「よくその食事で歩き続けることができたね」なんてメールが届きました。
そこで私はこう返しました。
「まあ、夜にカロリーだけは摂ってたから」
そう、カロリー“だけ”は……。
ときはさかのぼり巡礼初日。いきなりの山道をふうふう言いながら登り、夜7時頃になってやっと、その日の宿に到着しました。
扉を開けると、そこはもうオレンジ色の光に満ちた食堂。すでに先着の旅人たちが30~40人もずらりと並んで座り、にぎやかに談笑しています。
チェックインを済ませると、宿の女性が片言の英語で「ごはん食べるでしょ? はやくはやく! 座って!」と顔いっぱいの笑顔でせかします。
言われるままにバックパックを降ろし、空いていた隅の席に着くと、すぐに熱いスープが運ばれてきました。
そして、給仕担当のいかついヒゲの男性がぶっきらぼうに聞きます。
「ワイン? 水?」
私と夫は目を輝かせました。
「これが話に聞く“旅人メニュー”か……!」
“旅人メニュー”に大満足! しかし……
英語で旅人を意味する「ピルグリム」。
巡礼の道沿いに建つバルや宿には、夕食時にこの「ピルグリムメニュー」が用意されていることが多い、とガイドブックなどで情報収集済みでした。
前菜、メイン、デザート、それに赤ワインかミネラルウォーターがついて、ひとり1100円から1700円程度でお腹いっぱいになる、巡礼者にとって頼もしい味方である、と。
空腹だったこともあって、その夜の野菜スープ、豆の煮込みが添えられたポークソテー(なんとポークはおかわり自由!)、ホームメイドのプリンをぺろりと食べて大満足。
そしてデキャンタに無造作にそそがれた赤ワインのすっきりと美味しいことといったら! 疲れた体に染み渡る音が聞こえるようです。
「僕、この旅でワイン派になっちゃうかも……」
と、ビール党の夫もつぶやくほどでした。
朝食、昼食がさみしいこともあって、それからの楽しみはこの“旅人メニュー”。
スープにサラダ、肉や魚。たっぷりのフライドポテト。地元産の赤ワイン(しかもまるまる1本出してくれるところがほとんど!)。
料理は少し油っぽかったりもするけれど、「空腹は最高のスパイス!」とばかりにがつがつ。
バゲットでお皿をぴかぴかにぬぐってまたぱくり、「ああ、ごちそうさま!」。
そうやって膨らんだお腹をさすりながらほろ酔いになって、就寝前の至福のひとときを過ごしていました。
しかし、雲行きが怪しくなったのは、歩き始めて1週間もたったころでしょうか。
メニューを見ながら、思わず口をついて出ました。
「なんか、どこも一緒だよね……」
前菜は、スープかミックスサラダかパスタ。
メインは、ポークソテーかチキンの煮込みか白身魚のフライ。ごくたまにビーフステーキ。それに添えられるのは大量のフライドポテト。そしてバゲット。
デザートは、市販のアイスかヨーグルト、それかオレンジがまるごと1個。
「旅人メニューはこうあってしかるべし」なんて統一基準があるわけでもないでしょうに、どこもまるで判で押したよう。
どうやら初日の宿の食事はかなりいい方だったみたいです。
それに、パスタはドイツのものにも増してやわやわ(第3回参照)。申し訳ないけれど、日本のお弁当のハンバーグなどの下敷きになっているアレ、あの感じです。
白身魚は水っぽいか、生臭いか、あるいはその両方か。
といった感じで避けた方がいいものもわかってきて、ますます選択の幅が狭まります。
私はスープとチキン、夫はサラダとポークを注文し、それをシェアする、といった夜が、はたして幾晩あったことでしょう。

久々のお米に思わず涙
そのため、目新しいメニューに出会ったときのうれしさといったら!
歩き始めて10日ほど経ったころ、夫に風邪をうつされ(いつも先に風邪を引くのは夫の方です)、あのオイリーで変化のない“旅人メニュー”を食べる気になれず、早々に寝袋にもぐりこんで眠っていた私。
先にさっさと元気になっていた夫は、夕食をとりにひとりでバルに出かけていきました。
パタパタパタパタ……聞き覚えのあるサンダルの音が廊下に響いたと思ったら、夫が興奮気味に部屋に駆け込んできました。そして、デジカメの画面を寝ぼけまなこの私に見せてきます。
「これ見て! ライスだよライス! 美味しかった! ぜっっったい食べるべき!!!」
そこに映っているのは、まごうことなき米料理です。
「行く! 食べる!」
私はがばりと跳ね起きました。
メニュー名は、「Arroz a la Cubana」。「キューバ風ごはん」、とでも訳したらよいのでしょうか。
バターライスにあたためたトマトピューレを添え、目玉焼きをのせた謎のシンプル料理。なぜキューバなのかはよくわかりませんが、とにかくお米はお米。
「ああ……美味しい……」
風邪で体力が落ちていたこともあって、なんだかじんわりと涙まで出てきました。
もっと時間があれば、大きな街できちんとしたバルを探したり、あるいはキッチンのある宿に泊まり、スーパーで買った食材で自炊ができたのかもしれません。
しかし前回も書いたとおり、小さな村に滞在することが多く、かつ日に30km前後を歩かなくてはいけなかった私たちにはどちらも難易度が高い。
結局、5週間の旅路の中で、いわゆるスパニッシュバルでタパスを楽しんだのも、自炊をしたのも、それぞれ1回きりでした。
食べたいものの違いに虚しくなる
私は聞きます。
「ねえ、ドイツに戻ったら夜ごはんに何を食べたい?」
「そうだねえ……チキンミラネッサかなあ……」
チキンミラネッサとは、要はチキンカツのこと。チキンの煮込みや白身魚のフライとどう違うのでしょう。
鴨せいろそばや麻婆豆腐が恋しくてたまらなかった私は、向けどころのない虚しさを噛みしめるのでした。
そしてさらに悔しかったのは、体重のこと。
ドイツに帰国後すぐに、「きっとすごくやせてるよ!」なんてわくわくしながら、揃って体重計にのってみました。
「ワーイ、マイナス4㎏だって!」
と喜ぶ夫に続く私はといえば、
「……変わってない」
5㎏は減る、と言われているサンティアゴ巡礼を経て、なんと、私の体重は出発前とまったく同じだったのでした。
「ぜったいあの旅人メニューのせいだよ!」
と騒ぐ私の横で、少しへっこんだ自分のお腹をはたいてみせる夫なのでした。
(次回は、旅路で過ごした“最高の夜”についてです!)
イラスト/なをこ

●文:溝口シュテルツ真帆(みぞぐち しゅてるつ まほ)/
1982年生まれ、石川県加賀市出身。編集者。週刊誌編集、グルメ誌編集を経て、現在はドイツ人の夫とともにミュンヘン在住。ドイツを中心に、ヨーロッパの暮らし、旅情報などを発信中。私生活ではドイツ語習得、新妻仕事に四苦八苦する日々を送っている。
2014年7月20日公開
『フードファイト』の他の回もチェック!
●「ドイツ人夫と日本人妻の『フードファイト』」一覧
・「パンとハムとチーズの無限ループ」
・「デンジャラス!? 日本食に挑戦」
・「きっかけはパスタ。声を荒らげて大喧嘩」
・「チョコレートモンスター」
・「想像以上に大変! 婚姻手続き」
・「キッチンで見た夫の“奇行”」
・「過酷すぎる新婚旅行」
・「5週間の旅で“最高の夜”」
・「渡独できない!? 進撃のドイツ語学習」
・「日独ゆで卵の作り方合戦」
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