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ドイツ夫と日本人妻の「フードファイト」

新婚1年目!
ドイツ夫と日本人妻の「フードファイト」

「5週間の旅で
“最高の夜”」

ドイツ人の男性と結婚した日本人女性。
食生活の違いに戸惑う日々を、イラストとともにお届けします。
3回にわたってお送りした“過酷すぎる”ハネムーンも今回で完結。
最後は、ふたりが体験した“最高の夜”のお話です(ふたりは主に英語で会話していますが、日本語に翻訳してお届けします)。

体を引きずってたどり着いた小さな村の宿

サンティアゴ巡礼路上“最高の夜”がわずか3日目にして訪れていたなんて、もちろんあのときは知る由もありませんでした。
しかし、5週間の旅を終え、ふたりで思い出に浸るとき、「やっぱりあの晩がいちばん素敵だったね、楽しかったね」と意見が一致するのです。

巡礼開始早々に標高1400メートルの山を登って下りて、この日は足の痛みもピーク。ひと足ごとにため息をもらしながら重たい体をようやく引き上げ、夕方4時ころ、小高い丘の上にある「サバルディカ」というところにたどり着きました。
ガイドブックにはその地名のみがひっそりと記されている、小さな村です。

こじんまりとした古い教会に隣接したアルベルゲ(巡礼者専用の宿泊施設)にチェックインし、20ほどのベッドが並ぶ屋根裏のような大部屋に今夜の寝床を確保しました。
先客は7人のイタリア人たち。――彼らがこの日の主役です。

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陽気な7人のイタリア人にタジタジ……

「ハロー! どこから来たの? へー、ドイツと日本。いいね! あ、ごめん。先に謝っとくけど、うるさいのは覚悟してね。ほら、わかるよね? だって僕らイタリア人だから!」

ジャン・レノを丸顔にしたようなおじさん(ジャン・レノはフランス人ですが……)が、そういって挨拶してくれました。
その言葉通り、彼らのおしゃべりは間断なく続きます。
いったい何をそんなに話すことがあるのでしょう。イタリア語がまったくわからない私たちには、陽気で騒がしい音楽のような会話を聞きながら首をかしげるしかありません。

アルベルゲのまわりにはぱらぱらと民家が立ち並んでいるだけで、バルも商店もなし。
かしましい部屋から早々に逃げ出しシャワーを浴び、野良猫と遊びながら手洗いで洗濯を終えたら、もうやることはありません。
教会を覗いてみたり、前庭の椅子に腰かけてぼんやりしたり、少し肌寒くなってきた夕暮れの中、ゆったりとした時間を過ごしていました。

夜7時ごろになると、同じように手持ち無沙汰だった旅人たちが三々五々食堂に集まってきました。
そこにはなにやら香ばしい匂いが立ち込め、きれいにお化粧をした小太りの宿の女主人がひとり、忙しく立ち働いています。

席についていいものかなんとなく逡巡していると、
「さあさあみんな、なにやってんの。座ろうよ!」
さきほどのイタリア人グループがわいわいと食堂に現れました。

“ジャン・レノ”大ピンチ!

20人ほどで大きなテーブルを囲むと、ここからが喜劇の始まり始まり。まずは、
「僕はマルコ、こいつもマルコ、で、あいつはポルコ。あっはっは! おかしいでしょ? おかしいよね?」
なんて彼らの自己紹介が始まりました(後で調べたら「ポルコ」は「豚」という意味。おそらくあだ名か冗談だったのでしょう)。

「なにバカなこと言ってるの。ごはん食べるわよ!」
ツッコミ役の女主人が、皆のお母さんみたいにテキパキと大皿をテーブルに運んできます。
新鮮な野菜がたっぷり盛られたサラダ、カラフルな自家製のピクルス、生の白身魚を使ったスパイシーな和え物、そしてきちんと温められたバゲットにバターとジャム。しかもすべてが特大盛り!
腹ぺこの旅人たちは、がつがつと料理を口に運びます。そして、
「マンマミーーーア!!!」

イタリア人たちが口々に叫びます。美味しくって、楽しくって、「なんてこった~!」。私もおんなじ気持ちです。

「さて、次はパスタだからね。あんまりお腹いっぱいにしないことよ!」
と女主人が言うと、スペインの柔らかめのパスタにひとこと言いたかったのでしょう、ジャン・レノが、
「パスタはアルデンテでねっ!」
と人差し指を立てて注文をつけます。そうそう、私も心の中で深く頷きます。
すると、女主人がムッとした様子で、
「じゃあ、あんたが作りなさいよ!」
とかけていた赤いエプロンを脱ぎ、ジャン・レノの首にひょいとかけます。
「お~、マダム、許して! ほらこの通り!」
ひざまずいて女主人の手にキスをしてもときすでに遅し。彼は背中を押され、とうとうキッチンに立たされてしまいました。

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食堂に渦巻く各国の人間模様

さてどうするか、と皆でニヤニヤしながら眺めていたら、そこは男のプライドかはたまたイタリア人の血が騒いだか、ドガンバタンと騒音を立てながらの調理が始まりました。

「ほ~ら! できたよ!」
驚くほどはやく、ジャン・レノ作のパスタがテーブルに届きました。
それは、スペインのスパイシーなソーセージ、チョリソーをたっぷり使ったトマトソースのスパゲッティ。ゆで具合は完璧、味も申し分なし!
「やるじゃないの!」
女主人に背中をはたかれ、彼は鼻高々。

拍手を浴びながら登場した赤ワインのコルクが、次々と抜かれます。
旅の情報を交換したり、お互いの国のことを話したりしながら、私はなんとなく旅人たちを観察していました。

「まったく、うるさいなぁ」と眉をしかめる、気だるい雰囲気のフランス人カップル。
大騒ぎにどう参加していいのかわからず、顔を見合わせ肩をすくめるアメリカ人の老女3人。
ノリよくイタリア人をからかったり、ちょっかいを出すスペイン人たち。
そしてそれを控えめに笑いながら様子をうかがうドイツ人と日本人。
それぞれのお国柄がうかがい知れるようです。

しかし、そのばらばらの雰囲気がひとつになる瞬間がやってきました。

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各国人の口撃に、ドイツ夫スネる

「メインディッシュは、ラザニアか、ひき肉をたっぷり入れたマッシュポテトよ。好きなほうを言ってね」
と女主人が言うと、さっそく皆めいめいの皿を持って席を立ち、彼女のところへ並び、僕はラザニア、私はマッシュポテト、と伝えます。

夫の番になり、夫が口を開きかけたそのとき、
「はい、あなたは当然ポテトよね! ドイツ人だから!」
と女主人がマッシュポテトのボウルに手を伸ばしました。
すると、イタリア人も、フランス人も、アメリカ人も、スペイン人も、そして私もやんやと大笑い。
「そうだそうだ、ドイツ人だもん、もちろんポテトでしょ!」
皆口々に言います。どうやら、ドイツ人=ポテト、のイメージは万国共通のようです。

夫はやや憮然としながら、「いや、僕はラザニアで!」と言いましたが、その声は女主人と私にしか届いていません。
「も~、なんだよみんな、ポテトポテトって。僕だってポテト以外のものも食べたいよ!」
と口をとがらせてこぼします。
でも続けて小声で、「あ、でも君はポテトもらってね。で、少しちょうだいね」ですって。

その夜、消灯ぎりぎりまでおしゃべりを続けていたイタリア人たちもようやく寝静まった……かと思いきや、今度は低音、高音入り混じったイビキの大合唱。
浅い眠りのなか、センシティブな夫が隣のベッドで一晩中寝返りを打っているのを感じていました。

翌朝、起床するやいなや「ヘイ、昨日はグランデ・コンチェルト(偉大な協奏曲)だったね!」なんて言って互いの肩をつっつき合うイタリア人たちに苦笑しながら別れを告げ、私たちはまた朝もやの旅路を歩き始めたのでした。


イラスト/なをこ

●文:溝口シュテルツ真帆(みぞぐち しゅてるつ まほ)/
1982年生まれ、石川県加賀市出身。編集者。週刊誌編集、グルメ誌編集を経て、現在はドイツ人の夫とともにミュンヘン在住。ドイツを中心に、ヨーロッパの暮らし、旅情報などを発信中。私生活ではドイツ語習得、新妻仕事に四苦八苦する日々を送っている。

2014年8月3日公開

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「ドイツ人夫と日本人妻の『フードファイト』」一覧
「パンとハムとチーズの無限ループ」
「デンジャラス!? 日本食に挑戦」
「きっかけはパスタ。声を荒らげて大喧嘩」
「チョコレートモンスター」
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