サブルおじさん逃げる
その話を聞いて、縁もゆかりもないと思っていたキルギスに急に親近感が沸いた。ルーツは同じかもしれないのか……と感慨深く、運ばれてきた食後の紅茶をひと口、飲んだとたん、吹き出しそうになった。恐ろしく甘いのである。
「甘い! これ砂糖、何杯入っているの?」
「え? みんなと同じ5杯だけど。日本では甘くないの?」
「せいぜい1杯だよ!」
本当に大昔、兄弟だったのだろうか。きっと甘いものが好きな人はキルギスに残り、渋い味が好きな人は日本に向かったのかもしれない。
ド甘な紅茶をようやく飲み終え、私は部屋へ案内するというサブルの後をついて2階への階段を上がった。家で一番広いというダブルベッドの部屋を見せてくれたが、その部屋の壁にはニンマリほほえむ蛭子さん似の巨大な肖像画が掲げられていた。
「うちの父、キルギスでは有名な学者だったんだ」と、サブルは自慢するのだが、蛭子さんと相部屋のようで居心地が悪い。私は思わず「小さくてもいいから他の部屋はないの?」と聞いたが、サブルは「日本人は遠慮深いなあ」と笑った。
「ここは私の部屋なんだけど、他の部屋は荷物が多いんだ。シーツは後でラトミラさんが替えるから」
「え、じゃあ、おじさんは息子の部屋で寝るの?」
「余分なベッドもないから、私のガールフレンドの家に行く。家族には内緒にしてよ」
「恋人!? おじさんが出てったら、誰が家族の通訳してくれるの?」
「ノープロブレム。すぐ近くだし、毎日、様子を見に来るから! じゃあ!」
サブルおじさんは、髪をチョイチョイと鏡台の前で撫でつけるや、そそくさと、しかしウキウキと玄関から出て行ってしまった。ああ、せっかくこの中央アジアで英語ができる人に出会えたのに。まあ、朝には帰ってくるだろう。部屋には大きな窓があり、外はすでに日が落ちて暗かった。私は部屋でロシア語の辞書を広げて机に向かうことにした。
しかし、30分もしないうちに部屋のドアをノックする音が聞こえた。ラトミラさんかと思って開けると、夕食を終えたふたりのグルナラであった。