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ふたりのグルナラの部屋で

グラナラという名前はキルギスでよくあるのだろう。同名でまぎわらしいので、三兄弟のいとこに当たる30代の眉毛の濃いお姉さんを「グル」、グルの同郷の友人で岸田劉生の「麗子像」に似ている20代のお姉さんを「ナラ」と呼ぶことにした。カタコトの英語とロシア語と辞書を片手にわかったのは、グルはカフェでアルバイトをしており、ナラはコンピューターの講師をしているという。

普段はキルギス語だけど、私が多少わかるように、中央アジアで共通語のロシア語で会話をしてくれたのだが、それでもそれ以上、会話が続かなかった。すると、ふたりは私の手を引っ張り、1階のふたりの部屋に連れて行った。4畳半くらいの部屋にシングルベッドが2台、置かれており、クローゼットからは洋服がはみ出している。

そして壁一面に、何十というアイドルの雑誌の切り抜きがベタベタと貼られていて、アジア系の黒髪とハリウッド風の金髪や茶髪が半々くらいであったが、眉毛が濃いのは共通していた

ベッドの上であぐらをかきながら、グルとナラは「このイケメンが好き!」と言いあい、そして、「アヅサは誰が好きなのか」とジェスチャーした。私が知っている俳優が全くいなかったので、中央アジア周辺のスターなのかもしれない。

そこで、適当に若い時の郷ひろみ似のアイドルを指さすと、ふたりは同時に「え~!! こいつ!?」と腹を抱えて笑うのであった。

私は何がそんなに「え~!」なのか聞くと、グルは私のロシア語の辞書を開いて、「こいつは/女をだます/悪い/男」なのだと教えてくれた。それなのになぜ壁に貼っているのかわからないが、郷ひろみ似の男はいったいどんな不祥事をやらかしたのか。

「男を見る目がない」というジェスチャー

ひとしきり笑ったナラは「ん~」と言って指をちょっと動かしたが、私はその動作が「アヅサは男を見る目がないね」を意味していることが理解できた。カザフスタンでは「食べる」というジェスチャーすら通じなかったのに、案外、ガールズトークはそれとなく通じるものである

謎だったのは、ふたりが砂糖5杯入りの紅茶をおかわりして飲んでいたのに、「痩せなきゃね」と痩せクリームをお腹にグリグリと塗りだしたことだ。そして「アヅサも塗りなよ」とすすめてくれたので、3人で腹にクリームを塗りながら、キルギスのアイドル雑誌を見てキャーキャーと言い続けて2時間が過ぎた

キルギス人女性の推しトークを聞く白石
キルギス人女性の推しトークを聞く白石

私は彼女たちの会話で何度も出てきたロシア語のフレーズが気になり、英露・露英辞書を渡して引いてもらった。そしてその英訳をもとに日本語の意味と発音を書き写した。その夜のノートには「かっこいい」「(腹の)くびれ」「遊び人」「恋してる」「悪い男」「二股かけた(浮気)」「騙す」「三角の関係」など旅ではあまり必要なさそうな単語ばかりが並んだ。

果たしてキルギス滞在中、この女子会ワードが使える日が来るのだろうかと首をひねった。しかし、人生に(ほとんど)無駄なことはないと悟った後編に続く。

文/白石あづさ

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