数学は感覚的な理解も大事 モンティ・ホール問題の論争は、重要なことを教えてくれます。それは、プロの数学者ですら、数学的真理を理解するのに、論理だけでなく直感にも頼っているということです。 数学は論理で構築される学問です。…
画像ギャラリー「受験は競争、受験生もアスリート」。トレーナー的な観点から、理にかなった自学自習で結果を出す「独学力」を、エピソードを交えながら手ほどきします。名付けて「トレーニング受験理論」。その算数・数学編です。第18回は、全米で大論争となった「モンティ・ホール問題」を引き合いに、数学の感覚的な理解を考えます。
全米で大論争となった確率の問題
1960年代のアメリカで、モンティ・ホールという司会者のゲームショー番組がありました。数十年後に、そこで行われたゲームを題材にした確率に関する問題が、大論争を呼び起こしました。論争となったのは、つぎのような問題です。
(問題)
3つのドアがあります。そのどれか1つのドアの向こうには新車があります。残り2つのドアの向こうにはヤギがいます。挑戦者はどれか1つドアを選び、それを開けて新車が出たら当たりで、新車をもらうことができます。ヤギが出たらはずれです。司会者のモンティは、どのドアが当たりかを知っています。挑戦者がドアを1つ選んだあと、モンティは残り2つのドアのうち、ヤギがいるドアを開けます。そのあとで挑戦者は、開けられていないもう一つのドアに選択を変更してもよいとモンティから告げられます。
さて、プレーヤーはドアを変更すべきでしょうか?
1990年、世界一のIQ(IQ228)を持つ女性としてギネス認定されているマリリン・ボス・サヴァントの誌上コラム「マリリンにおまかせ」に、読者からこの質問が寄せられました。それに対し、サヴァントは、「ドアを変更した方が良い」と回答しました。これが大論争を巻き起こすことになります。「サヴァントは間違っている」との投稿がなんと約1万通も届き、その中には多数の博士号保持者や数学者たちがいたそうです。
ドアを変更した方が良いのか、それともしない方が良いのか。確率的にはどちらが有利なのでしょうか?
「モンティがドアを開けた後、当たりは残りの2つのドアのうちのどちらか一つ。したがってどちらも当たる確率は1/2」
こう思いませんか?実際にそのような意見が大多数を占めました。
「現実が直感に反すると、人は動揺する」
この問題は、「直感で正しいと思われる解答と、論理的に正しい解答が異なる」問題として有名で、中学の数学の教科書でも紹介されたことがあります。
サヴァントは、「ドアを変更する方が当たる確率は2倍高い」と主張しました。これはプロの数学者も含め、多くの人たちにとって、直感的に受け入れがたい主張でした。ところが大論争の末、サヴァントが正しいことが認められたのです。コンピュータシミュレーションの結果がサヴァントの答えと一致し、ようやく認めた数学者もいたといいます。
プレーヤーが最初に選んだドアをA、残りの2つのドアをB、Cとします。プレーヤーがAを選んだ時点で、それが当たりである確率は1/3、BまたはCが当たりである確率は2/3です。
次に、モンティは残りの2つのドアのうち1つを開けます。この時点でもAが当たりである確率は1/3、BまたはCが当たりである確率は2/3で変わりません。ただし、モンティがはずれのドアを開けるので、残りの1つのドアの当たる確率が2/3となります。
したがって、プレーヤーが選択を変えなければ当たる確率は1/3、選択を変えれば当たる確率は2/3となるのです。その計算を表にした図を掲載しておきます。
この説明でも納得しない方が多いかもしれません。実際、サヴァントもコラムでこの問題を3度にわたり取り上げて解説しましたが、それでもなお反論が9割程度をしめていたそうです。このモンティ・ホール問題について、いくつかの分かりやすい解説が試みられていますが、その中で私が分かりやすいと思ったのは次の解説です。
(解説の一例)
ドアを100個にします。当たりのドアは1つだけ。残り99個のドアははずれです。プレーヤーはその中から1つだけドアを選びます(それをドアAとします)。この時点で、ドアAが当たりである確率は、1/100です。その後モンティが残り99個のドアのうち、98個のはずれのドアを開けます(もちろんモンティは当たりのドアを知っています)。さて、そのうち残された1個のドア(ドアXとします)と、プレーヤーが最初に選んだドアAは、どちらも当たりの確率は1/2と言えるでしょうか?
こう考えると、ドアAとドアXの当たりの確率が同じと答える人はぐっと少なくなるのではないでしょうか?ドアAを選んだのは、モンティがドアを開ける前ですから、その後モンティが98個のドアを開けたとしても、ドアAが当たりである確率は1/100で変わりません。
ドアAは1つですが、ドアXには99個の可能性があります。そしてドアXがどのドアであろうと、残り98個のドアが開けられます。そのため見かけ上、ドアはAとXの2つしか残っていないように見えますが、実際にはドアXの当たる確率は、99個分のドアの確率と同じ99/100なのです。
さて、あなたはこの説明で納得してくれるでしょうか?
数学は感覚的な理解も大事
モンティ・ホール問題の論争は、重要なことを教えてくれます。それは、プロの数学者ですら、数学的真理を理解するのに、論理だけでなく直感にも頼っているということです。
数学は論理で構築される学問です。論理的考察を進めて行くと、どんどん抽象化されていき、感覚的な理解が難しくなっていきます。大学で専門に学ぶ数学ともなると、同じ理系でも門外漢にはチンプンカンプンです。しかし裏を返せば、感覚的に理解できれば、数学は理解しやすくなるとも言えます。
したがって、数学の問題を感覚的な理解も心掛けながら解くということも大事です。感覚的に理解するとは、たとえば、問題で扱っている数量が現実的かどうかを判断するようなことも含まれます。
小学生を教えていると、電車の速さを計算するのに、計算を1ケタ間違って「秒速3m」という結果が出ても、疑問を持たずに平然と答えとする子がいます。秒速3mと言えば、時速約11kmです。人が小走りする速さと変わりません。自動車でもこのような速度で公道を走られたら、たちまち交通渋滞に陥るでしょう。もちろん、つねに感覚的な理解が可能なわけではありませんが、それを心掛けながら問題を解くようにしていると数学的感覚、論理的感覚といったものが養われていきます。
モンティ・ホール問題もその好例です。感覚的な答えと論理的な答えが異なる場合、論理的に考えて間違いがなければ、感覚の方を是正することになります。モンティ・ホール問題のように、論理的な答えが最初は違和感があっても、その論理が十分理解できるようになると、その違和感がなくなり、自然とその考えを受け入れられるようになります。そのようにして少しずつ論理性が身に付いていくのです。
「数学が何の役に立つの?」というセリフを聞くことがあります。数学は実用面でもおおいに役立っているのですが、それだけでなく、思考や感覚を磨いてくれるという点で大きな役割を果たしているのです。物事を論理的に考える、多面的な見方を身に付ける、執着を取り払う、などといった目に見えない効果を及ぼします。
数学に対し、試験で点数を取るためだけでなく、そのような視点をもって取り組むことで、数学への興味が増し、理解が深まることにも繋がるのではないかと思います。
【トレーニング受験理論とは】
一流アスリートには常に優秀なトレーナーが寄り添います。近年はトレーニング理論が発達し、プロアスリートやオリンピック・メダリストはプロトレーナーから的確な指導を受けるのが常識。理論的背景のない我流のトレーニングでは、厳しい競技の世界で勝ち抜けないからです。自学自習が勉強時間の大半を占める受験も同様です。自学自習のやり方で学力に大きな差が出るのに、ほとんどが生徒自身に任されて我流で行われているのが実情です。トレーナーのように受験生の“伴走者”となり、適切な助言を与えながら、自学自習の力=独学力を高めていく学習法です。
圓岡太治(まるおか・たいじ)
三井能力開発研究所代表取締役。鹿児島県生まれ。小学5年の夏休みに塾に入り、周囲に流される形で中学受験。「今が一番脳が発達する時期だから、今のうちに勉強しておけよ!」という先生の言葉に踊らされ、毎晩夜中の2時、3時まで猛勉強。視力が1.5から0.8に急低下するのに反比例して成績は上昇。私立中高一貫校のラ・サール学園に入学、東京大学理科I類に現役合格。東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。大学在学中にアルバイト先の塾長が、成績不振の生徒たちの成績を驚異的に伸ばし、医学部や東大などの難関校に合格させるのを目の当たりにし、将来教育事業を行うことを志す。大学院修了後、シンクタンク勤務を経て独立。個別指導塾を設立し、小中高生の学習指導を開始。落ちこぼれから難関校受験生まで、指導歴20年以上。「どこよりも結果を出す」をモットーに、成績不振の生徒の成績を短期間で上げることに情熱を燃やし、学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて難関大学に現役合格した実話「ビリギャル」並みの成果を連発。小中高生を勉強の苦しみから解放すべく、従来にない切り口での学習法教授に奮闘中。