リモートワークが日常となった現代。働き方はもとより、暮らし方、生き方がオリジナリティに富み、ウェルビーイングを求めた多様な個々人の在り方が当たり前の風景となりました。そうした人生の中で “移住”というキーワードが注目され、日本中の様々な自治体が移住プログラムを推進、あらゆるメディアでも目にすることが多いですよね。さて、それでは実際に移住をした方々の移住後の想いはどうなのか。ちょっと興味が湧いてきませんか。ということで、いいこともあれば、ちょっと辛いこともあり。三者三様、移住者さんに聞いちゃいました。今回は移住先に大分県を選ばれた3組にご登場いただきます。第2回は休場聖美(やすみばきよみ)さんです。
画像ギャラリーリモートワークが日常となった現代。働き方はもとより、暮らし方、生き方がオリジナリティに富み、ウェルビーイングを求めた多様な個々人の在り方が当たり前の風景となりました。そうした人生の中で “移住”というキーワードが注目され、日本中の様々な自治体が移住プログラムを推進、あらゆるメディアでも目にすることが多いですよね。さて、それでは実際に移住をした方々の移住後の想いはどうなのか。ちょっと興味が湧いてきませんか。ということで、いいこともあれば、ちょっと困ったこともあり。三者三様、移住者さんに聞いちゃいました。今回は移住先に大分県を選ばれた3組にご登場いただきます。第2回は休場聖美(やすみばきよみ)さんです。
自身の研究とウェルビーイングを考え、大分へ
豊後大野市は大分県南西部に位置、大分市に接し、また熊本へのアクセスも至便。豊かな水資源による水田地帯や県内屈指の畑作地帯を有する、今も美しい里山が残るエリアです。この地を移住先に選んだ休場聖美さんはカエルの研究で博士号を持つ研究者。ご自身の研究とウェルビーイングを考え、東京から移住することに。
休場:移住前は東京の大学で研究員として勤務していました。
大学で生物学を学び卒業、オーストラリアの大学院へと留学。そこで生態学系の学部で博士号を取得。6年半の海外生活の後、東京に戻り、東京農工大学でカエルの鳴き声の研究など研究員としてキャリアをスタートさせた休場さん。5年ほどの研究員時代を過ごした頃に転機が訪れる。
休場:ライフワークとしてカエルの保全を目的として、現場に出たいという気持ちが強かったんです。大学や研究機関に所属すると何某かの縛りが出てきてしまうこと、併せて研究だけで現地の保全が出来るのかなど、自分のやりたいこととの齟齬が生じて。
いつかは東京を脱出したいなぁ……という気持ちも大きかったという休場さん。それが良いタイミングというか、きっかけになったのだそう。
休場:研究員時代から、アルバイトとして日本自然保護協会という公益財団法人のお手伝いをしていたんです。環境省のモニタリング1000里地調査というプロジェクトでデータ解析およびリポートを行う仕事です。全国の里山にいる現地の市民調査員が植物や鳥、もちろんカエルなど様々な生き物調査を行い、そのデータが日本自然保護協会の担当部門に集まる仕組みになっています。途中からは外部委託という契約スタイルになり、大学を退職後も継続。この仕事はすべてリモートでできる仕事だったので移住に最適でした。
大分を選んだ理由は「一目惚れ」
移住先が大分県になったのには、本当に良い出会いがあったからだそうです。
休場:大分県には一度も行ったことがなかったんです。とにかく東京から出たいという想いを持ちつつ、寒いのは苦手。だから東京以北や北陸は無理だなぁ……と。それで山の暮らしがしたい。海に近いといいなぁ。美味しいお魚を食べたい!……という感じで、瀬戸内から九州の海沿いのエリアに照準が狭まりました。そこから空き家バンクで検索。条件を満たしていくと大分県と宮崎県が抽出されたのですが、宮崎県は登録物件が少ない。ということで大分県から探し始めたんです。佐伯、宇佐、臼杵と見て、最後が豊後大野市でした。豊後大野市の物件は当初は違う物件を見ていたんですが、担当の方にこの場所をご提案いただいたんです。その時、「ここだ!」という感動の出会いに。
一目惚れした印象だったという休場さん。
休場:最初から私の頭の中に移住先のイメージをイラスト化していたんです。ここに沢が流れていて、畑があって、田んぼがあって、家には縁側があって……という感じで。それがまさにここにあったんです。
さらに、後押ししてくれる出会いもあったという。
休場:実際に見にきて、ほぼ即決でした。さらにもう一つ、決め手となる後押しがあったんです。それは担当いただいた市役所の職員さん。まちづくり推進課の方。良いところだけでなく、悪いところもいろいろとお話しいただけました。「豊後大野に来ていただくのはたいへん嬉しいけど、一年ぐらい様子を見ましょうよ」……とか。一歩引いた視点で、こちらの身になって考えてくれていました。今思うと、この人だったから……みたいな感じ。決め手の大きな一つですね。
1町弱(3,000坪)の山の斜面に面し鬱蒼とした林の中にひっそりと佇む一軒家という印象だったそうだが、今はその斜面の木立は全て伐採されて、日差しがたっぷりの環境に変わっているのだそうで……
休場:ここは元犬飼町長の家で、その息子さんである大家さんは元高校の地理の教師。自然観察指導員などもされている方で、こちらの想いに寄り添ってくれて、いろいろと自然のことも教えてくれる先生なんです。元々この土地は段々畑やみかん畑があり、小川も流れて蛍も飛んでいたとか。沢ではうなぎも獲れたり、カニなども獲れて……と。まだ移住して1年ちょっとですが、この斜面のひらけた土地にそうした自然環境を取り戻したいと思っているんです。湧水もありますし、大きな夢にはなりますけど、将来的にはビオトープを作りたいと思っています。
移住をして感じたギャップ
1年の移住生活の中で、困ったことというのは特にはないそうだが、決して問題がないということでもなく。
休場:建物自体はそれなりに古いですから、傷みも結構あります。そのあたりも信頼を寄せているまちづくり推進課の方がいろいろと手を差し伸べてくれています。現実的に違ったなぁというと、田舎の方がお金がかからなそうなイメージがあったんです。ところが電気、水道に加え、どうしても車を使うことが必要になってくるのでガソリン代。灯油も必要になってきます。でも家賃は安い!食材も安くて美味しい!これからの工夫でしょうね。
それでも休場さんは前向きに暮らしを楽しもうと考える。
休場:その一方で、ライフラインを他者に任せなくて済むように心がけることができるのかもと思っています。一部分を自給自足にするとか。自然エネルギーなどでの発電とか、薪を使うとか、湧水を活用するとか。いざという時のために生きる力を付けられれば、強くなれるという思いもありますね。
移住生活について想うことを伺ってみると……
休場:地域の方々と交流をしたい、地域に入っていこうという想いが私は強いんです。東京での暮らしではほぼ見られなくなってしまった在所共同体というコミュニティの一員にきちんとなりたいと思っています。神社のお掃除、春や秋のお祭り、水路の掃除など必ず参加していますよ。ただ、そうして様々な活動に参加させてもらう中で、みなさんからいろいろと話しかけていただけるんですけど、半分ぐらい何を話されているのかわからないんです(笑)。せっかく話しかけていただけているのに……話が続かなくなってしまって。そんな時は「しまったぁ」……と。こういうことは想像してなかったですよね。でも方言的なものがわからなかったのは最初だけで最近はかなりわかっきて話が弾むようになりました。
研究者として、そして地域の一員としての挑戦
カエルの研究の場としても最高の環境にいると考えているそうで……
休場:今は家のことに時間を取られることが多く、なかなか研究に注力ができていないのですが、ライフワークであるカエルの保全については、やろうとするなら環境としては良い場所だと思います。例えば、カエルにやさしい稲作、農耕ってなんだろうとか。カエルにとって環境が良くなるだけではなく、人間とカエルが共に恵まれた環境であることがベストなんです。私は研究者ではありますけど、その研究の結果を現場で実践する側の人になりたいと。それがここならできると思っています。
移住の先輩を師に、この秋から狩猟メンバーにもなるそう。
休場:この集落に大分市から来られた移住の先輩がいるんです。定年を迎えて移住されてきたそうです。農耕をされていますが、獣害に悩まれていました。日本国中、どこの里山も獣害がひどくなっていて、畑が荒らされてしまうということで、狩猟免許を取得し罠を仕掛け、猪などを捕獲しています。私もこれからのことを考えつつ、やってみようかと。これも新たな挑戦ですが、里山の自然保護につながっていくものと思っています。
移住は「受け継ぐこと」、ただいま・おかえりが言える故郷にすること
休場さんにとっての移住とは……を伺ってみると
休場:私にとっての移住とは「受け継ぐこと」ですね。ただ移動するのではなく、その土地の歴史や文化を知って中に入っていくこと。その土地のコミュニティ、暮らしの中に入っていき、すべて受け入れ、また受け入れられた上で、ただいま、おかえりと言えることが移住なのではないかと思います。そこにこそ移住した価値があると。私の研究で言えば里山の復活、そして、それを次代に繋げていくことになりますね。
仕事の関係で東京などへ行くこともあるそうだが、東京から帰ってくると体が実感するという。「ここは良いなぁ」という温もりのような感触。一目惚れからはや1年、ますます好きになっていく豊後大野の里山暮らしで、休場さんは人も含めた自然との共存共栄を目指す。とにかく頭の中、机上だけで終わらせたくない、実践あるのみ……と語る彼女の目は、ここで生きていこうという強い信念に満たされている。
■『おんせん県おおいたの転職なき移住情報サイト』https://oita-tenshokunaki-iju.jp/
写真:奥田正治
編集、執筆:エディトリアルストア
※情報は令和6年11月19日現在のものです。
※敬称略