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道を究めた一流の料理人と、日本を代表する美容業界社長という、異業種の組み合わせで語り合う本企画。第3回目となる今回は、天ぷら界随一の理論派でもある近藤文夫さんをフォーカス。対する高級化粧品会社社長・小林章一さん、実は“天ぷらNG”の前情報もあり、ビジネス談義以外も見所満載。 果たしてふたりの会話の行方は如何に、そして小林社長は天ぷら開眼なるか!?

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お客様に納得していただけるような日々の積み重ねを大切にしています
「アルビオン」 代表取締役社長 小林章一さん
その上で、常に挑戦をし続けるのも私の仕事の大きなテーマです
「てんぷら近藤」店主 近藤文夫さん

撮影/鵜澤昭彦 取材/肥田木奈々

〝最高〞を追求するには 自由な発想と挑戦が大事

「近藤さん、天ぷらは太りませんか」
 開口一番、ド直球の質問だった。銀座にある「てんぷら近藤」の店主、近藤文夫さんへの小林社長の率直な疑問だ。というのも高級化粧品会社のトップという美を追求する仕事柄、自身も体調と体重管理のため油物を控えているから。
「そういう人にこそ、私の天ぷらを食べてもらいたいんですよね」
 迎える近藤さんも意気込み十分。ある意味、今回は互いに〝挑戦〟する対談。さて、如何なる内容になるか。
小林さん(以下、小)「実は天ぷら専門店で食事をするのは20数年ぶりなんです。もちろん嫌いではないのですが、油物は脂っこくて太るイメージがあって」
近藤さん(以下、近)「確かに胃がもたれて苦手という方もいらっしゃいます。それは衣が厚くて油を吸い過ぎているからではないでしょうか。加えて、素材の中まで油が入ってしまっている。以前、テレビの企画で私が揚げた天ぷらと別の人のそれとカロリーを比較したことがあるのですが、私の場合は数値が約半分だった。衣をできるだけ薄くして余熱で仕上げるから、軽くて油が口に残らないのです。まあ、召し上がってみてください」
小「カロリーが半分? それは面白い。薄衣や余熱といった手法はご自身で考えられたんですよね。なぜその発想に?」
近「私は天ぷらの本質は蒸し料理だと思っています。油の熱と食材の水分による火入れで旨みを引き出し、余熱を利用することで衣の中で蒸されて全体がバランス良く揚がる。薄い衣にしたのは素材の香りや色を生かすためです。美味しく味わってもらうためには食材の品質を落とさないことも大事。例えばこのレンコンは茨城の農家さんが作った無農薬のもの、岩手の原木椎茸もありますよ」
小「どれも立派ですね。なるほど、原価を抑えないわけだ。私も全く同じ考えです。社員が本当にいいと認めた化粧品は原価も無視(笑)。代わりにその商品を3倍も4倍も売る努力をすればいいことです。良いものを開発して肌で実感してもらえればお客様はきっと買ってくれる。原価率を考えない分、数を多く売って利益を得ればいいという発想なんです」
近「わかります。原価や常識にとらわれると料理も美味しいものは作れない。するとお客さんは来てくれないですよね。常識の面で言うと、天種に邪道とされていた〈野菜〉を魚介同様に使い始めたのは、『天ぷらと和食 山の上』で料理長を任されてから。その後の約30年前、銀座で独立したのも、原価を考えずにより良い食材を仕入れ、若い人にも天ぷらの美味しさを知ってほしかったからです」
小「独立される時は、当時の常連のお客様にひとりもそのことを伝えなかったと聞きました。ゼロからのスタートになってしまうわけですよね。皆さんも近藤さんの店を探されたでしょう」
近「後から私の店を見つけてくれて、何で知らせなかったの? と怒られました(笑)。でも、前の店のお客さんを奪うようなことをしてはいけないんです」

岩手県産の原木椎茸は肉厚で見事。油の温度が違うふたつの鍋を使い分けて揚げる近藤さんの所作に、思わず小林さんが身を乗り出す場面も。油の温度や衣の付け方、入れ方、余熱時間も考えて仕上げる匠の技に興味津々だ

口コミの力を信じ 失敗もプラスに変える

小「本当に美味しいものを出していると口コミで評判になるものです。うちの会社も口コミを大事にし、基本的に広告は出しません。社員にも言っています。『いいことだけしか伝えない広告で本当に信用してくれると思う?』と。それよりも口コミで広まった方が何百倍もいい。目の前にいるひとりのお客様に喜んでいただき、それが徐々に広まって多くの人が買ってくださるのが最高じゃないですか。でも近藤さん、9階にある店までお客様に来てもらうのは大変でしょう?」
近「実は独立した時は現在のビルの1階で、広さはわずか9坪だったんです。ちょうどバブルが弾けた頃で、総額1億円以上の借金を抱えて大変でしたよ。でも頑張って7年で返しました」
小「それはすごい。私の会社もかつて数百億の借金を背負ったことがあります。その時、『よし、いい仕事をして返してやろう』と思った。商品のお取引店舗を半数以下に減らし、逆に売り上げを2.5倍にしたんです。15年かかりましたが、無借金になった時はうれしかった」
近「挑戦しないと、前に進めないですよね。たとえ失敗したとしても、後でプラスに変えればいいと思っています。挑戦しなくなったら私は終わりです」
小「近藤さんのテーマは挑戦ですね。それにしても、このアスパラガスの瑞々しさは感動ものです。素材そのものの味だ。エビの脚はカリッカリだし、白身のキスも口に広がる香りとホクホク感が素晴らしい。うーん、こんなに素材感のある天ぷらは初めて食べました。衣が薄くても決してその存在感がない訳じゃない。けれど重くなく軽やか。口に油が残らないとはこういうことなんですね」
近「これが天ぷらの美味しさであり、私の揚げ方です。椎茸だって油が中に入っていないでしょう?」
小「本当、不思議です。しっかり火入れされているのに中は熱過ぎず、猫舌の私でもヤケドしない(笑)。油も温度計で測って揚げるわけじゃないんですね」
近「50年以上もこの仕事をやっていますからね。油の音の変化で揚がる瞬間がわかるんです。先ほどの場合も、中が熱過ぎるのは椎茸が〝火傷〟した状態。香りも味も生かせなくなってしまう」
小「椎茸が火傷する、か。上手い表現ですね。そういえば近藤さんの代表作のひとつに、細切りにして立体的に揚げたニンジンの天ぷらがありますが、やはり試行錯誤で完成させたのですか?」

▲Fumio Kondo
1947年東京都生まれ。東京・駿河台「山の上ホテル」内の和食店「てんぷらと和食 山の上」に21年間勤務。その間、23歳で料理長に就任する。
1991年に独立し、現店を立ち上げる。以降、世界中からゲストが訪れ、最も予約の取りにくい天ぷら店に。
2019年には厚生労働省が与える「卓越した技能者(現代の名工)」に選出される。
また作家の故・池波正太郎氏から寵愛された料理人としても著名。

▲Shoichi Kobayashi
株式会社アルビオン代表取締役社長。1963年生まれ。“肌実感第一”そして“感動を生むものづくり”をモットーに、年間200万本のロングセラー化粧水を売る高級化粧品会社社長。
“感動プロデューサー”としてTOKYOFMに番組を持つパーソナリティであるほか、東京農業大学客員教授も務める多才な経営者。
ラジオ番組「毎日に夢中~感動プロデューサー・小林章一」S U N / 1 9:5 5~2 0:0 0 http://www.tfm.co.jp/kando/

「天ぷらと同じで化粧品も良いものを作るには高品質の素材と手間が大事。共通点が多い」と小林さん。
繊細に揚げたニンジンなど天ぷらの概念が変わる〝近藤マジック〟に感動。自家削りの鰹節を使う天つゆの美味しさにも唸る

素材へのこだわりが より良いものを生む

近「私は新しい天ぷらを作る時に試作はしません。食感や見た目など脳内で全てをイメージし、揚げるのは本番が最初。きっかけはニンジン嫌いの人に食べてほしくて食感や香りを工夫し、フレンチのシェフが作る飴細工をヒントに考えました。揚げる時、その姿形から油に打ち上がる花火みたいだと言われますよ」
小「甘い! ニンジンってこんなに甘いんですね。素材感は大事です。化粧品も同じで、私も原料にこだわっています。ロングセラー化粧水『薬用スキンコンディショナー エッセンシャル』は北海道の契約農家で有機栽培された特別なハトムギ『オーガニック北のはと』を使い、また白神山地には自社の研究所と畑がある。そこで化粧品の原料となる植物を育てているんですよ」
近「自社の畑で? それは素晴らしい」
小「高級化粧品とは何かと考えた時、他メーカーと同じように商社から原料を購入して作ったものを『はい、高級品です』でいいのだろうかと思ったのです。自分たちで原料の植物を育てるようになると、茎、根、葉のどの部分に一番栄養があるか、どこの成分が肌に良いかなど、自ら研究して知ることができる。それでより肌にいい商品を開発できるのです。もちろん使った時の肌感で商品の良さは伝わると思いますが、それと同時に『そこまでやるから他と違うんだ』と実感してもらえる。お客様が望むのは説得じゃなく納得です」
小「まさにそうです。化粧品の販売も、説得して売れても次に続かない。でもお客様が納得してくださるとまた買っていただける。だから続くのです、大事なのは続くこと。説得は一瞬ですから」
近「さあ、天ぷらコースも続きますよ。次はサツマイモです」
小「ニンジンと並ぶ代表作ですね。見事な大きさだ。外はカリッカリで中は焼きいものようにホックリ甘い。いや、焼きいもに勝る美味しさです。形といい、味といい、天ぷらの概念を覆しています。今日は近藤さんのショーですね。とはいえ美味しさを追求した結果であって、ご本人はそのつもりはないでしょうけど」
近「お客さんを笑顔にするためなんですよね。どうすれば美味しくなるか、居心地が良いか。店内は油の匂いもしないでしょう。3分に1回は空気が入れ替わるよう、3年前に換気の設備も導入しました。かなり高額でしたけどね(笑)。匂いを気にされるお客さんのためです」
小「私も会社を長年経営していると月間の売り上げも年間達成率も当然気になります。けれど追いかけるのはそこじゃない。やはりお客様のためなんです。そして、こういう言い方は失礼かもしれないけれど、近藤さんの天ぷらは価格以上の〝お得感〟がある。化粧品もそう。数万円のクリームでもお得感を得られる満足を提供することが大切と思っています」
近「小林さんとは考え方が近くて良かった。今日はいかがでしたか。天ぷらの美味しさを感じてもらえましたか」
小「いやあ、近藤さんに挑戦されました。美味しかった。そして楽しかった。仕事ぶりも流暢な語り口も、一流とはこういうこと。もう天ぷらはここでしか食べられないかもしれません(笑)」

「お客様を説得するのではなく納得してもらうこと。本当にいいと思えばリピートしてくださる」と意気投
合。小林さんは「近藤さんは無口な方かと思っていましたが、おしゃべりも、計算された仕事ぶりも素晴らしい」と終始感心

「てんぷら近藤」名物のひとつ、「サツマイモ」。約7cm幅の塊のまま、じっくり時間をかけながら揚げ、最
後は衣の威力を最大限に利用した余熱で仕上げる。近藤天ぷらの集大成とも言える逸品

一番最初に登場する天種「エビ」と、江戸前の「キス」
揚げ鍋の中で花火のように広がる「ニンジン」は、甘い香りをまとったもはや芸術品
これほどの瑞々しさはほかにないと思わせる「アスパラガス」

店舗情報『てんぷら近藤』

 

[住所]東京都中央区銀座5-5-13 坂口ビル9 階
[TEL]03-5568-0923
[営業時間]昼12時~15時、夜17時~20時半 ※昼夜ともに2回転制、要予約
[休日]日(※月が祝日の場合休)、夏季休暇、年末年始
[その他]予算/昼9000円~、夜15000円~

 

2021年2月号発売時点の情報です。

※写真や情報は当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。必ず事前にご確認の上ご利用ください。

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