20年以上前にも来ていた日活調布撮影所 その名も「日活調布撮影所」バス停で下車。実はここ、ずっと以前に来たことがある。当時、映画『菊次郎の夏』(1999年6月公開)を撮影中だった北野武監督のインタビューに来たのだ。ただし…
画像ギャラリー東京都調布市は「映画のまち」である。昭和8年、日本映画株式会社が多摩川撮影所を開設したのを皮切りに、各映画会社がこの地に次々と撮影所を立てた。関連会社もこの地に林立し、昭和30年代には「東洋のハリウッド」と呼ばれたほどの賑わいを見せた。
京王調布駅を降りて気づく“映画”の数々
映画会社のスタッフから後に調布市長となり、「カツドウ屋市長」と呼ばれた本多嘉一郎の回想によると、「時代劇・現代劇どちらの撮影にもふさわしい自然環境やフィルムの現像に欠かせない良質な地下水があった」ことが理由という。今でも日活調布撮影所と角川大映スタジオの2大撮影所がある他、小道具や美術装飾を取り扱う会社や現像所など、映画関連企業が集まっており、往時を偲ばせている。
そんなわけで、やって来ました。京王線調布駅。かつては地上を線路が東西に走っていて、駅前は南北に分断されていたが、今では駅が地下化され、すっかり様相が変わってしまっている。
まずこの駅に降りて気がつくのは、様々な案内板がフィルムを模したデザイン(両サイドに「パーフォレーション」=「抜き穴」が並んでる)になっていることだ。また、ホームから改札階まで上がって来ると、特撮映画の「ガメラ」や「大魔神」などの影絵のようなディスプレイが壁一面を覆う。さらに東口改札前の通路には、往年の大スターの手形がずらりと並べられたモニュメント。調布が「映画のまち」であることをアピールしているのだ。
2大撮影所を通る路線
地上に出て興味深いのは、せっかく駅が地下化されたのに駅前のロータリーは未だに北口側、南口側に分断されていること。いずれは一緒になるのかも知れないが、今のところ駅が地上にあった頃の面影が、こんなところに残っている。
さてさて今回の目的地、2大撮影所はいずれも南口側、多摩川の近くに存在する。なのでまずは遠い方から先に訪問しよう、と京王バス「調46」系統に乗り込んだ。ロータリーを出たバスはいったん南下して、「品川通り」に出ると、右折。次の信号で左折して、再び南へ向かいました。
左側の席に着いて窓の外をぼんやり眺めていたら、びっくり。何と、「角川大映スタジオ」の目の前を走り抜けたではありませんか。この「調46」、2大撮影所のどちらも通る路線だったのですね!? いや素晴らしい、素晴らしい。
「角川大映スタジオ」の前を抜けてさらに南下し、またも左折。「桜堤通り」沿いに走り出しました。何だかぐねぐね、うねるように走る道だなぁと思ったけど通りの名を見て、納得。きっと川沿いの、堤に合わせて通された道なんでしょう。つまりこのうねりはかつての川の蛇行の痕跡、と思うと何だか嬉しくなってしまう。
20年以上前にも来ていた日活調布撮影所
その名も「日活調布撮影所」バス停で下車。実はここ、ずっと以前に来たことがある。当時、映画『菊次郎の夏』(1999年6月公開)を撮影中だった北野武監督のインタビューに来たのだ。ただしあの時は、タクシーだったのでどこをどう走ったのか全く分かってはいなかった。おまけに直接、撮影所の中に突入したため周りの様子も何も分からないまま。
今回は逆に、仕事ではなくただ来てみただけなので、中に入ることはできない。へぇ、外はこんな感じだったのかぁ、と思いつつ、入り口の写真を撮ることまでしかできませんでした。撮影スタッフか誰かなのでしょう。女性が2人、コンビニ袋をぶら提げて中に消えて行きました。
そう。ちょっと周囲をぶらついてみたけど、撮影場の近くにはそのコンビニを除いて、店と言えるものがない。何もない。これでは「バスグルメ」になりません。まだ何かありそうに思える、「角川大映スタジオ」前まで戻った方がよさそうです。
日活撮影所からちょっと南に行くと多摩川の土手に出る。どうせならこんな雄大な景色を眺めながら、のんびり歩くのが気持ちいい。バスで先に通って来たから、どう戻ればいいか位置関係はだいたい分かりますから、ね。途中、川岸を掘り込んだ釣り堀があって大勢が釣り糸を垂れてた。いやぁ、映画云々がなくたって、いい環境だよなぁ。
「大魔神」がポーズを取ってお出迎え
そんなわけで「角川大映スタジオ」まで戻って来ました。機能一辺倒だった日活の入り口と違い、こちらは変身する前と後の「大魔神」がポーズを取ってお出迎え。ただし素人は中に入れないことは一緒です。
ただこっちには、映画関連グッズを売っている「SHOP MAJIN」が併設されてました。せっかく来た記念に何か買って行くファンも多いでしょうね。私はと言うと中に入ってみると誰もいなかったし、撮影していいものかどうかよく分からなかったので、早々に出て来てしまいましたけど、ね。
さぁこのスタジオの前のバス通りを横切り、ちょっと細い道に入ると市立の小さな公園がある。小型の滑り台やブランコで子供達が遊んでいる、何ら変哲のない公園なんだけど、ここに大切なものが立ってるんです。「調布映画発祥の碑」と、スターの名前がずらり刻まれた「映画俳優之碑」。
さぁこのテーマで撮影すべきものと言えば、こんな感じでしょうか。そろそろ「バスグルメ」のメインテーマ、何か食事に行かなければなりません。
「ギャンブル飯」はおあずけ……
バス通り沿いにラーメン屋やお蕎麦屋が見えたし、スタジオの人達も利用する店だろうからそこに行ってみる、というテもあったけど、待て待て。調布には「映画」ともう一つ、町のシンボルがあるじゃないですか。
そう、競輪の「京王閣」。ギャンブラーの集うそちらへ行ってみれば、彼らの好む食がきっとある、筈。
「京王閣」を見に行くのも初めてだったんだけど、競輪場に併設して「大井競馬場」の場外馬券売り場、「オフト京王閣」なんてものもあった。考えてみればここと、府中の競馬場にボートレース場。多摩川沿いって公営ギャンブル施設の集積地でもあるんですね。
さて行ってみたら、「京王閣」の周りはがらんとしてた。今日は競輪は開催されていないみたい。他の競輪場での「車券」を買いに来たのであろう人達が、ぽつぽつと入って行くだけでした。
中に入って「ギャンブル飯」というアイディアもあったんだけど、これじゃ食堂が開いてるのかどうかも分からない。入場料50円がムダになってしまう恐れもあるわけだ(後に場外時は「無料」と知った)。それで取り敢えず、最寄りの京王多摩川駅前を歩いてみました。
「ギャンブラーの止まり木の店」
そしたらありましたよ、「お食事処 三上」。もうこのたたずまいを見たら、入らないなんて選択肢はあり得ませんわね。中はモロ、「昭和の食堂」。4人掛けのテーブルが4つだけで、奥は厨房という造り。1つだけテーブルが空いてたので、何とか座ることができました。お昼の1時過ぎだけど、もうお酒呑んでる人がいるよ、いいなぁ。またコップ酒が、こういう町には似合う似合う。
「真鯛塩焼き定食」750円。「豚ミソ定食」680円……。何にするか迷ったけど、「もつ煮込み定食」660円ナリ! を注文。出て来たのを見てもう笑うしかありませんでした。ご飯に煮込み、味噌汁に冷奴に刻みタクアン、とサービスよすぎでしょ!? これでこの値段でいいの、と言いたくなってしまう。
食べてみると煮込みは、もつやその他の具材に味噌が沁み込んでて、ほっこり優しい味。競輪で負けた帰り、なけなしの金で注文した客にとっては癒しの味なのに違いない。いやぁこういう店は、こういう町にはなくてはならない。ニーズに応えて、ずっとある店なんだろうなぁ。また一つ、町の味わいを堪能させていただきましたっ!!
店を出てふと見ると、「勝新太郎や市川雷蔵が愛したうなぎの味を、今に伝える店」なんてのもありました。でもやっぱり私には、「ギャンブラーの止まり木の店」の方が合うなぁ。
「映画とギャンブルのまち」調布。2つの顔を満喫する、今回も大正解の旅となってくれました。感謝―――
『お食事処 三上』の店舗情報
[住所]東京都調布市多摩川5-7-1
[電話]042-482-3373
[営業時間]11時〜20時
※新型コロナウイルス感染拡大の影響で、営業時間や定休日は異なる場合があります。
[休日]不定休
[交通]京王相模原線京王多摩川駅から徒歩1分
西村健
にしむら・けん。1965年、福岡県福岡市生まれ。6歳から同県大牟田市で育つ。東京大学工学部卒。労働省(現・厚生労働省)に勤務後、フリーライターに。96年に『ビンゴ』で作家デビュー。2021年で作家生活25周年を迎えた。05年『劫火』、10年『残火』で日本冒険小説協会大賞。11年、地元の炭鉱の町・大牟田を舞台にした『地の底のヤマ』で日本冒険小説協会大賞を受賞し、12年には同作で吉川英治文学新人賞。14年には『ヤマの疾風』で大藪春彦賞に輝いた。他の著書に『光陰の刃』『バスを待つ男』『バスへ誘う男』『目撃』など。最新刊は、雑誌記者として奔走した自身の経験が生んだ渾身の力作長編『激震』(講談社)。
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