3つ合わせてキリマンジャロだった モシの町から見えた雪をかぶった巨大なプリン型の山、それがキリマンジャロ。そう、私は思い込んでいたが、実は勘違いであることが判明した。 その山は今回、私たちが登る5895mのキボ峰といって…
画像ギャラリー穴の開いた靴下に煮込まれたバナナ、遊び人風のガイドに襲い掛かる高山病――。5895mのアフリカ最高峰、キリマンジャロ山頂を目指す、4泊5日の登山が始まった(書いているうちに長くなってしまったので、後編を2回に分けておおくりします)。
初めてのお大臣登山
世界一周旅行をスタートしたユーラシア大陸では、毎日、忙しく過ごしていたのだが、アフリカに入ったとたん、何をするにもポレポレ(スワヒリ語で「ゆっくり」の意味)な文化に私はどっぷり染まっていた。
朝、のんびり起きたらバナナを食べて、お茶をしてたら日が暮れる。明日こそは早起きしてバスに乗って南に向かおう。そう思っているのに、翌朝もバスは出発した後。まあ、いいか。そんな無限ループにはまってしまい、ちっとも旅が進まなかったのだ。もっとも、日本人よりものんびりしているとはいえ、アフリカの人たちは朝早く起きてきちんと働いているのだが。
このままではまずい。ひとつ気合を入れてキリマンジャロに挑戦することにした。登山道具は何も持っていないが、ふもとの登山ツアー会社でひと通りそろえてもらえる。おまけにガイドさんが引率してくれるので、自分で地図を読む必要はなく、ポーターさんが荷物を運び、コックさんがご飯まで作ってくれる。それがキリマンジャロ登山のスタンダードであった。
なんという至れり尽くせりのお大臣登山! そんな楽で……いや、人任せでいいのか? しかし、富士山より高い標高は未知の世界。黙ってツアー会社の山オヤジの言う通りに契約した。
山旅の相棒はニョロニョロ?
翌朝、あらかじめ選んでおいた登山靴に履き替えるために、ツアー会社の事務所に向かった。登山靴の裏もすり減り、靴下には穴が開いている。そして、毛糸のセーターと真っ赤なジャケットは日本のものと比べずっしりと重い。
「標高6000m近いでしょ? 寒くないかなあ?」
「山頂付近では氷点下だけど、歩いていれば暑いくらいだよ!」
「そう? 密林でレオパード(ヒョウ)とか出るの? 襲ってきたりしない?」
「ノープロブレム! こいつを姉さんに貸してやるよ。名前は『ジャンボのジャン』。あったかいから首に巻けるし、レオパードも怖がってこないから」
「図体がでかいから、ジャンボ?」
「スワヒリ語でジャンボって、『こんにちは』って意味だよ」
「う~ん、あんまり可愛くないなあ」
山オヤジは適当なことを言って、事務所の片隅に無造作に置いてあった長さ1mほどの大蛇のぬいぐるみのホコリを払って私の首に巻き付けた。ジャンというかっこいい名前よりジャンボのほうがしっくりくる。こんな大きなヘビがアフリカの密林にはいるのだろうか。
そこに登山服を着たさわやか青年が店に入ってきた。大蛇を首に巻いて振り返ったアジア女に一瞬、たじろいだようだが、「アヅサ、グッドモーニング!」と声をかけられた。
この人、誰だっけ? 私が訝し気に目を細めると、「俺だよ、ロビンだよ!」という。え、まさか、昨夜、会ったホスト風のガイドさん!? まるで別人ではないか。変われば変わるものである。
続いて、多国籍な即席パーティ(チーム)のメンバーも集まってきた。ルイスというスペイン人の陽気なおじさん、タンザニア在住のボランティアでイギリス人のニック、そして日本の女子大生3人組と、ガイドのロビンたちや山で待機しているポーターさん、コックさんなど総勢20人ほどいたのではないだろうか。
3つ合わせてキリマンジャロだった
モシの町から見えた雪をかぶった巨大なプリン型の山、それがキリマンジャロ。そう、私は思い込んでいたが、実は勘違いであることが判明した。
その山は今回、私たちが登る5895mのキボ峰といって、キリマンジャロ山を構成するひとつの峰なのだとか。両脇のマウェンジ峰とシーラ峰も合わせた3峰セットをキリマンジャロ山と呼ぶのだという。
そのキボ峰には富士山のように「お鉢」があり、その一角のギルマンズポイントまで登った後、そのお鉢をぐるっとまわって山頂のウフルピークを目指す。「ウフルとは、スワヒリ語で、フリーダム(自由)の意味だよ」とロビンに教えてもらいながら、ワゴンに乗りガタゴト道を走ること1時半半。標高約1800mの登山口のマラングゲートまで連れていってもらう。
ここで、入山手続きをして毎日、標高約1000mから1500mほどを1日4時間から6時間かけて登っていくのだ。初日は高所とは思えないほど、うっそうとした熱帯雨林のなかをゆっくり進んでいく。日本の山では見かけない真っ黒なサルの親子が顔を出したり、アフリカらしい大きな葉を揺らす木を見たりと飽きることがない。
しかし、赤道直下のため標高が高くても歩いていれば暑い。おまけに私は大蛇のジャンボを首に巻いている。はずしたいが、ジャンボはデカすぎて借りた小さいリュックに入れようにもシッポが飛び出してしまう。途中、私とすれ違うポーターさんや登山客が二度見するのだが、後で「さっきのヘビ女見た?」「見た、見た」などと言われているかもしれない。
4、5時間ほど歩くと、木々の中にかわいらしい三角屋根の山小屋が現れた。隙間風が吹き、クモが巣を張るようなトタン屋根のオンボロ小屋をイメージしていたので、私はちょっと感動した。日本の山小屋のように快適である。
むくんだ足をジャンボに乗せて、ごろんと横になっていると、日が西に沈むころ、先に到着して夕食を作ってくれていたコックさんの呼ぶ声が聞こえた。
煮込まれたバナナ
日本の山小屋では、食事の時間になると山小屋のスタッフが食事を提供してくれるが、キリマンジャロの小屋では食事が出ないので、ふもとからコックさんも同行してもらわないとならない。だから、各パーティによって食事が違うのだ。
ランチは甘くてパサパサのパン、砂糖たっぷりのジュース、ジャムクッキーといった虫歯まっしぐらなメニューであった。日本からの高額な登山ツアーは、おかゆも出るのだと登山道で一緒になった日本の方から聞いてうらやましかったが、私たちは、格安現地ツアーなのだから期待してはいけない。
茹ですぎのパスタにトマトケチャップを混ぜただけでも、ありがたいではないかと、皿を見たら、なんとホカホカのジャガイモやニンジンと肉の煮込みがよそられていた。ドロドロに煮崩してあったが、ひと口、食べた私は感激した。タンザニアの肉じゃがではないか!
トマトの皮が浮いていて酸味があるけれど、もし醤油をかけたら和風の肉じゃがっぽい味になるのかもしれない。ああ、ふもとの宿に置いてきた醤油瓶を持ってきたらよかった……そう後悔しながら、もう一度、フォークを突き刺したら、煮込まれたバナナが顔を出した。日本で売られている甘い種類のバナナとは違いイモのような食感だが、やっぱり醤油は合わないかもしれない。
酸素が足りない!
2日目は草原の中を、3日目には石が転がるなだらかな道を歩き通し、その日の午後に標高4700mにある山小屋キボハットにたどりついた。それまでは軽いハイキングだったのだが、いよいよ明日は、山頂にアタックである。巨大なキボ峰が間近に迫り、大迫力だ。
食堂にいた日本人の団体さんが、「高山病にならないように、尿がたくさん出る薬を飲んでいるからトイレが近くて」と話しているのが聞こえてきた。私たちも、ロビンから1日2リットル以上、水を飲むように言われているのだが、確かに今日もお腹がタプタプである。
山小屋で横になっている人の中には、すでに頭痛や吐き気などの高山病の症状に苦しむ人もいるようだ。ガイドさんに「あなたは下に降りねばならない」と言われ、ワーン! と泣き始めてしまった女性もいた。あっちこっちから、ため息や時折、唸り声が聞こえ、今までの陽気でにぎやかな山小屋の雰囲気が一変し、まるで映画で見た野戦病院のようである。
山には慣れているはずの私もなんとなく息苦しい。キリマンジャロの山頂ではふもとの半分しか酸素がないというから、すでにここもだいぶ薄いのだろう。おまけに寒い。まだ夕方だけど早めに布団にもぐる。着こめるだけ着こみ、首にジャンボをぐるぐると二重に巻いて目を閉じた。昨日までは、「ジャンボ、邪魔、暑苦しい、捨てたい」と悪態をついていたが、一緒にいるうちに愛着がわいてくるから不思議だ。
次回はいよいよジャンボと共にキリマンジャロの最高地点へ。お楽しみに。
文/白石あづさ
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