4団体制覇後はスーパーバンタム級へ 4団体制覇となれば次はいよいよ、スーパーバンタム級(55.3キロ)への挑戦が待っています。ドネア戦後に行われた会見で井上選手は「今の状態であれば、スーパーバンタム級はベストな階級になる…
画像ギャラリーボクシング世界3団体統一王者井上尚弥の食の秘密(3)
バンタム級(リミットは53.5キロ)の最強ボクサー、井上尚弥選手(29)が日本人初の主要4団体(WBA、WBC、IBF、WBO) 統一に向けて、 残すWBOのベルトを狙い王者ポール・バトラー選手(イギリス)と12月13日に東京・有明アリーナで対戦します。
日本ボクシング界に数々の快挙をもたらす最強ボクサーの「食」に、グルメをメインテーマとする「おとなの週末Web」も注目。どのような食事から究極の肉体を作り上げているのでしょうか? 最終回はボクシングの階級のお話です。
ボクシングの階級って?
そもそも、なぜボクシングに階級が定められているのでしょうか?
ボクシングは競技の性質上、打撃の力を体重に因る部分が大きいからです。階級ごとに体重設定をすることで、試合中の事故のリスクをできるだけ軽減できるようにしています。選手も自分の骨格に合わせて最適な階級で戦うため、試合前に減量するケースがほとんどです。
井上選手の平常時の体重は61~62キロ。 バンタム級の試合では試合に向けて8キロほど減量していきます。試合直前に体重を大きく減らすことができる「水抜き(体内の水分を短期間で抜き、体重を減らす方法)」には頼らず、 練習量と食事を数日単位で計算し、体重調整をしています。
水抜きは短期間で体重を減らせることから、行うボクサーも少なくありませんが、それゆえ体への負担も大きく、主たる減量法として推奨されるものではありません。
2014年から井上選手の栄養指導を担当する大手食品会社「明治」の管理栄養士の村野あずささんは、「水抜きや絶食をしてしまうと、内臓にダメージが残り、仮に計量をクリアしても戦える状態にない選手も見られます。そのような状態からでは試合までの体調のリカバリーがとても難しいです」と話します。
実際に井上選手が16戦目で戦ったジェイミー・マクドネル選手(イギリス)が、その状態でした。マクドネル選手は直前に水抜きを行った影響か、試合前日の計量会場に頬がこけ、ぐったりとした姿で現れました。計量の前日の記者会見とは全く違った様子に村野さんは「相手選手のことではありますが、自分一人で歩くこともできない様子を拝見し、試合をするには危険な状態だと感じました」と振り返ります。
減量へのこだわりとリミットで計量をクリアする美学
村野さんの指導を受ける以前は井上選手も、水抜きに頼っていたことがありました。しかし、試合前の体調不良と重なって、試合中に100%のパフォーマンスを発揮できなかったことがあったため、その反省を生かして、現在は計量前日の体重調整で行う程度で計画的に体重管理をしています。
井上選手は著書で「減量と練習はセット」と語り、そのプロセスも重要視しています。何日前の段階でリミットまであと何キロだったかという事を次の試合の減量に生かせるように、細かく記録します。
減量期間の食生活は試合日の約1か月前からスタート。朝はロードワークがあるため朝食はその前後の補食程度ですが、昼食と夕食は普通に食事をします。本格的な減量期に入ると、食事量は大きく減りますがたんぱく質やビタミン、ミネラルを維持するために夕食は減量食として、蒸し鶏や野菜、キノコ類などを混ぜたおじやを自分で作ったり、食物繊維の多いオートミールや高たんぱく低脂質のプロテインを活用して体重をコントロールしていきます。プロテインは明治の「ザバス」を回復や肉体作りなどの目的にあわせて数種類を使い分けています。
村野さんによると井上選手は当初、プロテインにはネガティブなイメージを持っていたそうです。「摂取すると体が大きくなりすぎる」という懸念を持っていたことが理由ですが、「飲んで急激に筋肉が大きくなりすぎるということはなく、トレーニングや目的に応じて適したものを選ぶことで、自分の理想の体づくりやコンディションへ近づけることができる」という村野さんの説明により、取り入れるようになりました。
「プロテインは大きく分けて牛乳由来の『ホエイ』や『カゼイン』と、植物由来の『ソイ(大豆)』があり、井上選手は、体をつくる時期と減量期間、その時の目的やコンディションなどに応じて使い分けをしています。スピードやパワーアップを目的としたハードワークの期間にはより消化吸収が優れたホエイプロテインをメインとしており、その中でも最近はたんぱく質含有量が90%でビタミンやミネラルも強化されたハイスペックのものを摂取しています。朝のロードワーク時や走り込みの時には、リカバリーに優れた糖質も併せて摂れるもの、減量期には腹持ちが良く、減量中に不足しがちなビタミンやミネラルも一緒に摂れるソイプロテインを夕食時に、といった具合に使い方も摂取タイミングも随時井上選手と相談しながら提案していきます」
食事に関しては、栄養素を網羅すべく多くの品数と、高たんぱく低脂肪、高ビタミン・ミネラルのメニューを中心に構成します。また、塩分の摂り過ぎは血中のナトリウム濃度を高めてしまうため、摂取量には細心の注意を払います。食事量は調整していきますが、ギリギリまで栄養を取り込むべく、試合の2日前(計量前日)まで固形の食事を摂っているそうです。
体重に対しては強いこだわりがあるそうで、「計量の際、自分の階級の規定体重ピッタリに仕上げて体重計の上でポーズを決めることを美学として貫いている」(村野さん)と言います。これまで23回戦った試合のうち、もちろん計量オーバーは一度もありません。6月に行われたノニト・ドネア選手(フィリピン)との試合にぴったり53.5キロで仕上げ、計量終了後には「(減量が終わってしまう事に対し)寂しい」と余裕を感じさせるコメントを残しています。
最近ではボクシングのみならず、格闘技全体で減量失敗のニュースも散見されますが、井上選手がそれとは無縁である理由は、最後の最後まで細部にまでこだわって徹底した準備を重ねているから。あのリングでの圧巻のパフォーマンスはそういった影の努力の賜物でもあるのです。
4団体制覇後はスーパーバンタム級へ
4団体制覇となれば次はいよいよ、スーパーバンタム級(55.3キロ)への挑戦が待っています。ドネア戦後に行われた会見で井上選手は「今の状態であれば、スーパーバンタム級はベストな階級になるのではないか」と発言しており、期待も大きく膨らみます。
12月13日のバトラー選手との試合はバンタム級での戦いの総決算となりそうです。減量や調整法など試合前の井上選手の様子にも注目しながら、歴史的な試合を見届けてはいかがでしょうか?
【メモ】ボクシングの階級について
現在、井上選手が主戦場とするバンタム級は17階級中5番目の軽さ。古くは「黄金のバンタム」と呼ばれたエデル・ジョフレ、そのジョフレを破ったファイティング原田、辰吉丈一郎、薬師寺保栄、山中慎介、長谷川穂積…(敬称略)など名選手が揃います。
プロボクシングでは最軽量のミニマム(47.6キロ)から最重量階級のヘビー(90.7キロ以上)まで17階級に分かれています。WBA、WBC(※ブリッジャー級が加わり全18階級)、IBF、WBOという世界主要4団体があり、それぞれの団体が各階級の王者にベルトを授与しています。軽量級ではスピード感、重量級は体重を生かしたパワフルなボクシングが特徴となるため、同じ競技でも違った魅力があります。
●井上尚弥(いのうえ・なおや)
1993年4月10日生まれ。神奈川県座間市出身。小学校一年でボクシングを始める。高校一年でインターハイ・国体・選抜の三冠獲得。勝利を重ね続け、高校生にして、ボクシング史上初の7つのタイトルを獲得。プロ転向後は4戦目で日本王座に。日本を舞台に戦う日本人選手が多い中、文字通り「世界」を舞台に戦い6戦目で世界王座を獲得。8戦目での2階級制覇は当時、世界最速。この年、世界ボクシング界にて年間MVPを獲得した。
2018年5月25日には国内最短で3階級制覇を達成。同年開催のWBSSでは圧巻の70秒KO劇を見せた。2019年5月18日英国グラスゴーでWBSS準決勝を259秒TKOで制し決勝へ。2019年11月7日さいたまスーパーアリーナで行われたWBSSバンタム級決勝で12R 3-0の判定勝ちを収めWBSSバンタム級初代王者に輝いた。(公式ホームページより)
文/山本孟毅、写真提供/明治
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