ローマの皇帝は、フランスの太陽王は、ベートーベンは、トルストイは、ピカソは、チャーチルは、いったい何をどう食べていたのか? 夏坂健さんによる面白さ満点の歴史グルメ・エッセイが40年ぶりにWEB連載として復活しました。博覧…
画像ギャラリーローマの皇帝は、フランスの太陽王は、ベートーベンは、トルストイは、ピカソは、チャーチルは、いったい何をどう食べていたのか? 夏坂健さんによる面白さ満点の歴史グルメ・エッセイが40年ぶりにWEB連載として復活しました。博覧強記の水先案内人が、先人たちの食への情熱ぶりを綴った面白エピソード集。第39話をお送りします。
作家の作品傾向は食の好みと深く関わる
文豪たちの食卓は、その作品と深く関わっているように思える。
たとえば『チャタレー夫人の恋人』や『てんとう虫』のロレンス、『魔の山』『ヴェニスに死す』のトーマス・マン、『断腸詩集』『お屋敷町』のアラゴン、『蠅の王』のゴールディングなどは、人目を引くほどの大食漢として知られている。巨大な肉塊や皿から溢れんばかりのシチューを苦もなく平らげながら、旺盛な食欲にふさわしい仕事をこなしている。
食の世界から分類すれば、こうしたタイプは「食肉派」というべきだろう。
『変身』『断食芸人』『城』のカフカ、『テレーズ・デスケール』のモーリアック、『黒いオルフェ』のサルトル、『侮蔑』のモラヴィア、『鐘』のマードックらは、どちらかというと白ワインの「魚介派」に属し、食事にゆっくりと時間をかけておしゃべりを楽しんだ長っ尻として有名である。
食と仕事は切っても切れない関係にある。その人の好物の一皿がわかっただけで、たちまち全人格が見えてしまうことだってある。それなのに、この分野の研究はいまだに不毛のまま、放置されている。
16世紀の英国では鹿肉は一番のごちそう
文豪といえば、シェイクスピアを素通りしていくわけにいかないのだが、残念ながらここでも食の研究は行われていない。そもそもシェイクスピアが本当に実在した人物なのかどうか、いまだにわが国の「写楽探し」みたいなことが盛んで、あれだけ膨大な作品を書いたのに直筆原稿の一枚も残っていないというミステリーが、さまざまな臆測を生む背景になっているようだ。
「シェイクスピア」は幻の人物だと主張する説によると、本物の作者の第一候補は哲学者のフランシス・ベーコン、次いで文芸愛好家の貴族オックスフォード伯エドワード・ド・ヴィア、大穴として同年輩の天才劇作家で、若くして不慮の死をとげたクリストファー・マーロー、この3人が“くさい”というのだ。
真贋さわぎはさておいて、通説の中のシェイクスピアは故郷を失踪した一青年、ロンドンの劇場で照明係をやりながら次第に天賦の才を現していくわけだが、故郷を追われた理由というのがふるっている。
仲間と共謀したシェイクスピア青年は、領主のところから鹿を盗み出して食べてしまった。16世紀の英国では鹿の肉は一番のごちそうだった。ところがこの一件がバレてしまい、着のみ着のまま一目散に故郷を脱走した。盗み食いが不世出の文豪を誕生させるきっかけになったわけである。
(本文は、昭和58年4月12日刊『美食・大食家びっくり事典』からの抜粋です)
夏坂健
1934(昭和9)年、横浜市生まれ。2000(平成12)年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。その百科事典的ウンチクの広さと深さは通信社の特派員時代に培われたもの。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。
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