音楽の達人“秘話”

「俺はとてもこいつにはかなわない」細野晴臣がそう思った相手 音楽の達人“秘話”・細野晴臣(1)

『おとなの週末Web』では、グルメ情報をはじめ、旅や文化など週末や休日をより楽しんでいただけるようなコンテンツも発信しています。国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、とっておきの秘話を交えて、昭和・平成・令和の「音楽の達人たち」の実像に迫ります。今回から登場するのは、細野晴臣です。1969年に「エイプリル・フール」でデビューしてから半世紀以上、「はっぴいえんど」や「イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)」などで活躍し、日本のミュージックシーンに大きな足跡を残してきた音楽家が、まだそれほど世間に知られていなかった時代のインタビューで語った印象的な話とは―――。

日本語ロックの祖「はっぴいえんど」

細野晴臣が「はっぴいえんど」を大滝詠一らと結成したのは1970年だった。当時は、ロックは日本語で歌われるべきか、はたまた英語で歌うのかという論争があった。

ロックのオリジナルはアメリカなのだから、英語で歌うのが当たり前という考え方。いや、日本人なのだから、ロックといえども日本語で歌うべきだという主張。両者は、音楽誌などで議論の対象となった。現在の主流、J-POPのファンには滑稽と思うかも知れないが、日本にロックが伝わり、その黎明期には、音楽ファンにとって大切な問題だったのだ。

日本語ロックの祖は、はっぴいえんどと頭脳警察だった。この二つのバンドが、現在のJ-POPの礎となる日本語ロックを築いたと言っていい。ただし、当時の音楽シーンの主流は歌謡曲。J-POP以前の歌謡曲以外のフォークやロックなどをくくった、ニュー・ミュージックという言葉も生まれていなかった。後に人気作詞家となる松本隆がドラムを担当していたはっぴいえんどは、1970年代初期の最先端をゆくバンドだったのだ

細野晴臣の名盤の数々。2021年2月リリースの『あめりか』は、2019年のアメリカ公演を収録したソロ名義では初のライヴ盤

「トロピカル」の言葉から伝わってきた「先鋭的」な感覚

たった3枚のアルバムを残して解散したはっぴいえんどの後、細野晴臣はファースト・ソロ・アルバムを発表。ソロと平行してキャラメル・ママ、ティン・パン・アレーというバンドを率いる。このバンドには、後に荒井由実と結婚し、彼女のプロデューサーとして大ヒットに貢献する松任谷正隆もキーボーデストとして加わっていた。

そして、1975年、セカンド・ソロ・アルバム『トロピカル・ダンディー』を発表する。それまで、はっぴいえんどのステージは数多く観て来たが、細野晴臣に正式にインタビューしたのは、このアルバム発表時だった。

当時、はっぴいえんどからのマニアックな細野晴臣ファンは少数いたが、YMOで誰もが細野晴臣を知る以前は、そんなコアなファンが中心のマイナーな存在だった。コアでマイナーと言うと何だか、しょぼく聞こえるが、あまりに創造力が高く、時代の先を行っていたので、よほど音楽を深く聴いていないと、細野晴臣を理解できなかったのかも知れない

例えば、現在では誰でも知っているトロピカルという言葉。当時はあまり一般的でない言葉だった。その頃、よく原稿を執筆していた小学館の”FMレコパル”にトロピカルという言葉が入った文章を送った。すると担当編集者から、トロピカルという言葉は一般的ではないので、熱帯地ふうと注釈を入れて欲しいという要望が入った。そんな時代に『トロピカル・ダンディー』というアルバムをリリースしていたのだから、タイトルだけでもいかに先鋭的だったかが伝わる

1975年リリースの『トロピカル・ダンディー』(左端)

天才は天才を知る

その第1回目のインタビューで印象的だったのが漫画の話だった。ぼくの3歳年上の細野晴臣は、ベンチャーズで起こったエレキ・ブーム、そして劇画、漫画世代でもあった。

“小さい頃から漫画好きでね。授業中とか、ずっと内職しているっていうか、漫画を描いていたんだ。音楽にのめり込む前は、漫画だったね。大学に入って、音楽活動に力を入れてても、漫画家になりたいというのは残った。同級生に西岸(さいがん)良平というのがいてね、彼はミュージシャンを目指しながら、漫画を描いていたんだな。ある日、西岸が漫画を見せてくれた。それを見て、あっ、俺はとてもこいつにはかなわない、もっと音楽をやろうと思った。西岸の方は、俺のベースを聴いて、漫画家を目指したって聞いたけどね

西岸良平とは映画『ALWAYS三丁目の夕日』の原作者。1974年に漫画の連載が始まっている。細野晴臣はいち早く西岸良平の才能を見抜いていたのだろう。天才は天才を知るというわけだ。

はっぴいえんど、あるいはそれ以前のアマチュア時代から、細野晴臣には時代の先を見抜く審美眼があった。その審美眼は音楽に対してだけでなく、いわゆるアート一般にまで及んでいた。彼の音楽の土台、アートの土台は並外れて強靭なのだ。

岩田由記夫

岩田由記夫

1950年、東京生まれ。音楽評論家、オーディオライター、プロデューサー。70年代半ばから講談社の雑誌などで活躍。長く、オーディオ・音楽誌を中心に執筆活動を続け、取材した国内外のアーティストは2000人以上。マドンナ、スティング、キース・リチャーズ、リンゴ・スター、ロバート・プラント、大滝詠一、忌野清志郎、桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、細野晴臣……と、音楽史に名を刻む多くのレジェンドたちと会ってきた。FMラジオの構成や選曲も手掛け、パーソナリティーも担当。プロデューサーとして携わったレコードやCDも数多い。著書に『ぼくが出会った素晴らしきミュージシャンたち』など。 電子書籍『ROCK絶対名曲秘話』を刊行中。東京・大岡山のライブハウス「Goodstock Tokyo(グッドストックトーキョー)」で、貴重なアナログ・レコードをLINN(リン)の約350万円のプレーヤーなどハイエンドのオーディオシステムで聴く『レコードの達人』を偶数月に開催中。

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