寿司屋の親父のひとり言

「寿司屋の親父のひとり言」第17回「平目のエンガワ」

東京の下町・門前仲町の『すし三ツ木』店主・三ツ木新吉さんは、2022年で74歳。中学入学と同時に稼業の寿司屋を手伝い始め、板前稼業もかれこれ60年。日本が大阪万国博覧会で沸いていた昭和45(1970)年に、深川不動尊の参道に開店した店は52周年を迎える。昭和の名店と謳われた京橋与志乃の吉祥寺店で厳しく仕込まれた腕は確かだが、親父さんのモットーは気取らないことと下町値段の明朗会計。昔ながらの江戸弁の洒脱な会話が楽しみで店を訪れる常連も多い。そんな親父さんが、寿司の歴史、昭和の板前修業のあれこれから、ネタの旬など、江戸前寿司の楽しみ方を縦横無尽に語りつくします。第17回は、前回に続いて、お寿司屋さんでの作法の話。今回は、お店のカウンターではやめておいたほうがいいことをアドバイスしてくれます。

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「平目のエンガワ」

常連さんにしか出せないネタ

「平目のエンガワください」

歳のせいとは思いたくありませんが、どうにも最近カチンと来ることが多くて困りものです。その最たるものがこの「エンガワ」。どうやら回転寿司に多くあるネタのようで、誤解している人が多いのでここで書いておきたいと思います。

回転寿司のエンガワは、油鰈(あぶらがれい)という大きな深海魚のエンガワを絞って脂抜きしたもので、どう贔屓目(ひいきめ)に見てもヒラメなんかじゃありません。そもそも本物のエンガワは、ヒラメ1匹から3、4人前しか取れないもの。昔から「エンガワは馴染みのお客さんにしか出さない」と言われています。それだけ貴重なものだから、私も常連さんにしか出しません。本来はメニューに載せる類のネタじゃないんです。

常連さんを大事にするというのは商売の基本なんです。どんな商売だって常連さんがついてくれているから続いているわけです。寿司屋だって同じで、ですから私も常連さんには一番旨いところを食べてもらいたいと思っています。

とはいっても、高価なものを他のお客さんには内緒で特別安く出す、というわけじゃありません。ヒラメのエンガワのように、少ししか取れないネタを常連さんに食べてもらうというだけの話です。

エンガワの他にも、白身の魚なら腹側の「砂摺り」というところも希少で旨い。マグロの中トロでも、「血合いギシ」という部分は筋がなくて一番旨い。店の馴染みになると、年に何度か珍しくて旨いものを食べることができるというわけです。

寿司屋では好きなものを好きなだけ、好きなように食べてくださいと書きましたが、これはやめたほうがいいと気になることはいくつかあります。

寿司屋のカウンターに座るというのは、見ず知らずの人と一緒に食事を味わうことになります。そこで、あたりかまわず大声を出す、したり顔で熱弁をふるう、聞きたくもない自慢話を延々と続ける、嫌がっている女性を下品に口説く……。一方で、一期一会の出会いで会話も弾んだのに挨拶もなくそそくさと帰る。

せっかく外食に出かけているのですから、お互い楽しく美味しく味わうための最低限のマナーはあるでしょう。

寿司屋でただのものは、お茶に醤油にガリ(生姜)。たまに、ガリを出すと寿司を出す前にいっぺんに食べてしまうお客さんがいます。

おそらくガリが大好きなのでしょうが、あれだけの量をいっぺんに食べてしまえば、そのあとのネタの味はわからなくなってしまうんじゃないかと心配になります。

握った寿司が渇いていくのを見るのは悲しい

寿司の食べ方で、板前がいちばん困るのは、付け台においた寿司をずーっと放っておかれることです。置きっぱなしにした寿司は、鮮度がすぐに落ちることはありませんが、どんどん乾いて美味しくなくなってしまいます。

3秒で食べろとは言いませんが、5分以内には召し上がってほしい。煮つめとかタレがついているものはタレが付け台に落ちないうちに食べたほうが美味しいと思います。

天ぷら屋さんやステーキハウスのカウンターでも同じでしょう。せっかくの揚げたての天ぷら、焼き立てのステーキが冷たくなってしまってはぜんぜん美味しくない。

なかには話に夢中になったカップルが「おまかせ」の寿司を付け台に10貫も並べてしまうことがあります。あるいは、「手巻きをくれ」と言われて、こちらは海苔がパリッとした状態で出しているのに、それを付け台や皿の上に置いたまま話を続けるお客さんもいる。

それじゃあ、せっかくの旨い海苔がしけっちゃいますよ。だったらカウンターに座る必要はない。話がしたいならテーブル席で食べればいいんです。食事の楽しみ方を間違えています。

鮨は握り立てのほうが旨いに決まってます。せっかく心を込めて握った寿司が乾いていくのを見ているのは悲しいものです。

板前のほうもお客さんのリズムを考えて、お客さんが寿司を口に運び咀嚼して飲み込むのを見てから次を握り始めます。わざわざカウンターに座るなら間合いというものを大事にしてほしいですね。

よく聞く話で、寿司屋のレベルを見るのに、まず、穴子、コハダ、玉子を頼むというのがあるようです。寿司屋の仕事の基本、煮る、つける、焼くを見るためにこの3種を頼むそうです。

私から言わせれば、そんなことで寿司屋を試すのはやめた方がいいですね。食材というものが身近で調理法にも詳しかった昔の人に比べて、ネタのこともよくわからない今の人がどれだけ判断がつくんでしょうか。

今は、玉子ひとつとったって、築地で旨い玉子焼きを仕入れている店も多いんです。それで、焼きの仕事ぶりを見ようったって無理な話です。

言いたい放題、きついことも書かせていただきましたが、あくまで、寿司を美味しく気持ちよく食べていただくためです。ここも、「江戸っ子は五月の鯉の吹き流し」ってことでご勘弁ください。

(本文は、2012615日刊『寿司屋の親父のひとり言』に加筆修正したものです)

お店は、永代通りから深川不動への参道に入り、最初の路地を左に曲がってすぐ。

すし 三ツ木

住所:東京都江東区富岡1‐13‐13
電話:03‐3641‐2863
営業時間:11時半~13時半、17時~22時
定休日:第3日曜日、月曜日
交通:東西線門前仲町駅1番出口から徒歩1分

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