弊誌『おとなの週末』をはじめ、様々な媒体で活躍中のカメラマン・鵜澤昭彦氏による、美味なるマグロ探訪記。第5回は「中落ち」の巻。幾度となくマグロを撮ってきた鵜澤さんも知らなかった“ホントの中落ち”について、豊洲市場の生マグロ仲卸で聞いてきました。
画像ギャラリー中落ち風にだまされがち……ホントのマグロの中落ちとは
『おとなの週末』の仕事をしている俺は、フリーのカメラマンだから実はいろいろな出版社の仕事をしている。
早大通り近くの事務所で某小○館発行のコミック『美味しんぼアラカルト』の表紙撮影のためのアイデアを「うんうん」言いながら考えていた時のこと、「ガチョーン!!」「ガチョ、ガチョーン!!」
次の撮影のお題が「マグロの中落ち」だったと、はたと気づき俺は零下45度の世界にいるかのごとく凍りついた。
豊洲市場に通う前の俺は、恥ずかしながら「中落ち」と「ネギトロ」の区別もつかなかったし「マグロ中落ち=脂肪たっぷり」のイメージだった。この理由はマグロのすき身に食用油などを混ぜ込んだものをじゃんじゃん食べていたせいだ。
実際の話、俺はこの「加工したマグロの中落ち風」も意外と好きなのだ(笑)。でも今回は⻤のように優しい薗田編集⻑が眼光を鋭くして俺の真後ろに鎮座し、撮影の完成画像を素晴らしく細かくチェックするのだからどうしても「混じりっけなし」の「マグロの中落ち」を用意しなければならないのは自然界の法則よりも必至だ。
マグロの中落ちは、魚を5枚おろしにしたあとの中骨の部分に残っている肉のことで、具体的に言えばマグロの骨と骨の隙間にある赤身だ。
マグロは断面を見るとわかる通り、皮目から背骨に行くほど身質は赤身になっていくのだ。だから中落ちはある意味「赤身の究極」である。問題は新鮮な中落ちはマグロを1匹解体しないことには手に入らないし、1匹から取れる量は背骨の裏表のごく少量、まさに希少部位なのだ。
「むむむむ〜っ」。俺は唸った。ビッグボスの厳しいチェックに耐えられる中落ちはどこにあるかと考えれば、それはおのずから日本最大、いや世界最大の魚マーケット・豊洲市場にしかないことは明らかだ。
俺はまず豊洲市場の生マグロ仲卸の『石司』(いしじ)を訪ねて若社⻑の貴(たか)さんに相談することにした。ちなみに市場の旦那衆にお願いごとをするとき、俺は極力電話ではお願いしない。「サシで勝負」の精神で店先に参上してお願いすることにしているのだ。
どの中落ちが好き? 生マグロ仲卸の質問にタジタジ
朝、店の仕事がひと段落した時間帯に『石司』に顔を出した俺は、貴さんを見つけて「今度マグロの中落ちの撮影があるんです。なかなか厳しい撮影で良い中落ちが必要なんです。申し訳ありませんが、撮影当日の朝に中落ちを分けてもらえませんか?」と言った。
「ヘ〜え、撮影かい」。「よし、身質の良い中落ちをとっとくから安心しなよ」
豊洲の男らしいきっぷの良さで貴さんは答えてくれた。「ダァ〜!!! よかった〜」。これでひと安心とホッとしている俺に彼はさらりと言った。
「ところでさ、ちょっと聞くけど、鵜澤さんはどのへんの中落ちが好きよ?」
「どのへんって? どのへんですか????」。あっけにとられた俺は「……………意味がわかりません」と首を振った。
貴さんはにやにや笑いながら「勉強が足りないな〜! もう少し、真剣にマグロを食べないと」。
「すみません。飲み込みが悪くて」 。普通の人よりマグロ食べてると思うけどなぁ〜、しょんぼり。「そしたら、もうすぐあっちで中落ち取り始めるから、浅沼さんに説明してもらって」。
浅沼さ〜ん!! 飲み込みの悪い俺に真実を教えてくださ〜い。
もともと和食の職人だった浅沼さんはカナダ、バンクーバーの和食店で働いていた人で、ひょんなことから市場で働くことになったのだが、その話はブラックコーヒーよりも濃いのでまた今度。
とにかく石司の社員で中落ちを取らせたら彼の右に出る者はいない。彼は本当に旨そうな手つきで巧みに血合いを避けて、手早く冷静に「中落ち」を集める作業をするのだ。準備を始めていた浅沼さんが俺の方を見てにやにやと笑って出迎えてくれた。
「今聞いてたよ! 意外と単純なことだからね!」。「マジか〜」。俺はぶっきらぼうに言った。
「そうしたらうーちゃん、はいはい、頭の中でイメージトレーニングね。マグロの部位を考えてみよ〜う。マグロは左頭で考えてね〜」「うーちゃんの頭の中には何が見えますか?」。浅沼さんは子どもに諭すように言った。
マグロなのにキンメの香りと味がする!?
「あ〜っ。人をおちょくってるでしょ〜! 浅沼さん! 俺だって少しはわかりますよ。左上から背上、背中、背下。左下にいってカマ、カマトロ、腹上、腹中、腹下でしょう。そんで尻尾」
「わかってるじゃ〜ん! そしたら考えてよ、部位によって脂のノリも違うでしょう」
「…………?????」
「あっ……わかったぞ。部位によって脂のノリが違うなら部位によって旨みも違ってくる。当然その部位の先端の骨と骨の隙間にある中落ちだって味が違う理屈だ!」
「御名答」
「人それぞれだけど、俺はさ、その魚の持っている味を知るなら尾っぽの方の中落ち、旨みを知るなら背上のほうの中落ちだと思うよ」
「は〜っ。奥深すぎ」
「ちなみに、今日のマグロは駿河湾近くで取れた魚体だから、キンメの香りと味がほんのりするね、ほら」と言って浅沼さんは1枚、尾っぽの方の中落ちを剥がして俺の手のひらに乗せてくれた。
「ムムム。キンメの味ですか??? するようなしないような」。すると言えば、口の中の余韻にわずかにキンメの香りがあるような。
「そしたら浅沼さん、冬の大間のマグロの味と香りってどんな感じですか?」
「基本は、サンマ、スルメ、ニシンの感じだね。他にイワシ、サバ、フクラギ(ブリの稚魚)のときもあるよ」
「あとさぁ、日本海から津軽海峡に入る前のマグロは、越前あたりでカニとエビを食べてるから甲殻類の香りがするね」と、さらりと言い放った。
「フヘーッ、恐れ入りました」。俺は浅沼さんの繊細な味覚に驚き、あきれて白いハンカチをポケットから出して目の前でひらひらさせながら言った。
「浅沼さん、俺、降参! 降参!」
その後、手配していただき、撮影した『石司』の中落ちはこのような写真になったのでした。
取材・料理撮影/鵜澤昭彦 写真提供/石司
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