寿司屋の親父のひとり言

「寿司屋の親父のひとり言」第22回「寿司ネタの旬 春夏編」

東京の下町・門前仲町の『すし三ツ木』店主・三ツ木新吉さんは、2022年で74歳。中学入学と同時に稼業の寿司屋を手伝い始め、板前稼業もかれこれ60年。日本が大阪万国博覧会で沸いていた昭和45(1970)年に、深川不動尊の参道に開店した店は52周年を迎える。昭和の名店と謳われた京橋与志乃の吉祥寺店で厳しく仕込まれた腕は確かだが、親父さんのモットーは気取らないことと下町値段の明朗会計。昔ながらの江戸弁の洒脱な会話が楽しみで店を訪れる常連も多い。そんな親父さんが、寿司の歴史、昭和の板前修業のあれこれから、ネタの旬など、江戸前寿司の楽しみ方を縦横無尽に語りつくします。第22回は、ネタの旬について、親父さんに聞いてみました。まずは春夏編。今時分は、あのにょろっとした江戸前のネタが美味しいそうですよ。

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「寿司ネタの旬 春夏編」

昨今は、食べ物の旬についての関心が薄くなっていると書きましたが、若いお客さんの中には、十年一日、「トロとエビと何か……」じゃあ面白くない、ネタの旬を覚えて、もっと寿司を楽しみたいという方もいらっしゃいます。

そんなリクエストにお答えして、寿司ネタの主立ったところの旬をご紹介していきましょう。とはいえ、魚については、産地によって獲れる時期もちがいますし、板前さんによっても意見は食い違うことがあります。ここはあくまで私の独断ということでご了承願います。

春の白身魚の代表は桜鯛

風情ってものをことのほか大切にするのが日本人の日本人たるゆえんですから、春の旬には「桜」をつけたものが多い。桜鯛、桜鱒、桜海老……名前を耳にしただけでソワソワと気持ちが浮き立ってくるのだから不思議なものです。春の白身魚の代表選手といえば、やはり桜鯛でしょう。産卵を控えて身が充実した真鯛は桜鯛と呼ばれて珍重されますが、関西の方では桜鯛のしゃぶしゃぶが春限定のご馳走だそうです。

貝ではトリガイ、アオヤギなどが春の旬で、これがじつに美味い。江戸前のトリガイといえば千葉の富津から木更津にかけてよくとれたものです。蛤(ハマグリ)は桃の節句あたりから味が落ちます。代わって夏までの間、主役になるのが浅蜊(アサリ)ですね。深川の名物といえば、浅蜊を使った深川飯ですから、当店でもオリジナルの浅蜊の握りを出しております。

貝類は基本的に春までと考えた方がいいのですが、冬が旬のホタテは基本的に養殖なので一年中美味しく食べることができます。

 桜の季節は魚も貝も子を産むために、味という点ではほかの季節に比べると見劣りがします。脂が抜けて味が落ちるからです。産卵の後は必死に栄養をとるので脂がのって美味しくなります。また、産み落とされた子のほうも、夏から秋が旬で、たとえば、コハダやその成魚コノシロが春から夏に産んだシンコや、同じころ産卵するスミイカの子などは柔らかくてじつに美味しいですね。

初夏は三陸沖の鰹に、シンコの季節

さて、6月から7月にかけては東日本大震災で大きな被害を受けた宮城の気仙沼港に脂の乗った鰹(カツオ)がたくさん上がります。鰹は、春先に土佐であがる初鰹からはじまり、太平洋沿岸を北上していって、この時期に三陸沖にたどり着きます。

身を炙ってニンニクと合わせ、ポン酢醤油でいただく土佐造り。腹側に虫がいたので、藁で巻いて焼き、そのカスを叩いて落としたことから「鰹のタタキ」と呼ばれるようになったとか。

「目に青葉 山不如帰(やまほととぎす) 初鰹」なんて句があるくらいで、江戸の昔、夏の到来を告げる初鰹はたいそうな人気だったそうです。そもそも初物食いを競うのが江戸っ子の見栄というもの。誰よりも早く旬のものを食べ、「初物の味はやっぱり違うよねえ」と通ぶるわけです。

江戸前では、旧暦の4月頃、相模湾から房総沖に北上してきたものを初鰹と言ったようです。料理屋では1匹1両、今の10万円もしたというのですから驚きで、「初物を食うと75日長生きする」と言われました。

古くは「鰹=勝男」ということで縁起のいい魚とされ、戦国時代には出陣のときに武将へ進物として贈られたとか。そういえば、鰹節も「勝男武士」ですね。ただ、私自身の好みを言わせていただくと、青臭い初鰹より、脂ののった戻り鰹のほうが好きですね。

前号でも触れましたが、当時の鰹はたいへんな高級魚でした。寿司ネタにするような魚ではなく、きちんとしたお店で刺身を和辛子で食べるものだったとか。いつの頃からか生姜醤油を使うようになりましたのは、生姜が持つ解毒作用のほか、上品なイメージが高級魚「鰹」にピッタリだったのでしょう。

鯵(アジ)なんかも初夏が美味しいですが、冬の生まれたばかりの小鯵(ジンタ)の身のやわらかさも捨てがたくて、フライにしたら最高です。まあ、鯵は四季折々、使い方を工夫すれば、1年中美味しくいただける魚ですね。

それから、シャコは4月から7月にかけての子持ちのものが旨いですね。

夏の初めの旬を言えば、なんといってもシンコ(新子)。いわゆる出世魚で、5〜6センチほどの大きさからはじまり、シンコ、コハダ、ナカズミ、コノシロと呼び名を変えていきます。初物好きの江戸っ子の見栄はここでも存分に発揮されます。昨年は初物のシンコがキロ9万円という高値で取引されて話題になりました。一貫3000円――とても庶民には手の出ない世界です。このシンコも、コハダになるとキロ2000円になります。コノシロともなればひと山数百円で、寿司ネタにする板前はいません。ちなみにですが、コノシロの語源は「飯(コ)」と「代(シロ)」から来ているそうで、「飯の代わりになるほどたくさん獲れた」ことからその名が付いたということです。独特の臭みはありますが、脂が乗っていて私は好きなんですがね。

夏は鰈の刺身が最高。そして、穴子に道産のウニ

夏の旬といえば、私のいちばんのオススメはやっぱり鰈(カレイ)。真っ白でさっぱりした刺身は最高です。鰈以外にも、白身魚の旨い季節です。シマ鯵、カンパチ、ヒラマサ、鱸(スズキ)……。

これも旬は夏といわれていますが、秋口まで旨いのが穴子(アナゴ)です。昼は海底の砂の中に潜り込んでいて、夜になると餌を求めて動き出します。そこを穴子筒という独特のもので獲るのが穴子漁です。昔から羽田沖の穴子といえば江戸前寿司の主役でしたが、今や漁獲量が激減して高級魚の仲間入りです。昔を知る者としちゃあ、呆れた時代になったものだと驚くばかりです。

ウニは、産地もさまざまで最近は輸入ものも増えていますから、1年中食べられますが、国産、とくに北海道産のバフンウニ、ムラサキウニは初夏からお盆の前までが旬です。我々が食べているのはウニの生殖巣ですから、美味しいのは産卵期の直前まで、これを過ぎるともうだめです。

当店での夏に人気メニューに蒸し鮑(アワビ)があります。旬は4月から10月まで。これを過ぎると3月まではトコブシになります。

それから、寿司ネタとしては人気が高い海老。最近は輸入ものの海老が増えてきましたが、江戸前のネタ、車海老の旬は夏です。とはいえ、この車海老も養殖ものが増えて、1年中美味しくなっています。

(本文は、2012年6月15日刊『寿司屋の親父のひとり言』に加筆修正したものです)

すし 三ツ木

住所:東京都江東区富岡1‐13‐13
電話:03‐3641‐2863
営業時間:11時半~13時半、17時~22時
定休日:第3日曜日、月曜日
交通:東西線門前仲町駅1番出口から徒歩1分

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