音楽の達人“秘話”

南佳孝と松本隆、同学年の2人の音楽以外の共通点とは

「PARADISO」映画『疵』のサントラ 極私的3曲の2曲目は東映映画『痴』(1988年)のオリジナル・サウンドトラックの中の「PARADISO」だ。『疵』は本田靖春原作の『疵-花形敬とその時代』を梶間俊一が監督した映画…

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国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、とっておきの秘話を交えて、昭和・平成・令和の「音楽の達人たち」の実像に迫ります。連載「音楽の達人“秘話”」のシンガー・ソングライター・南佳孝最終回は、いつものごとく筆者の極私的ベスト3を紹介しながら、これまでの計4回で語りつくせなかった挿話を振り返ります。

隠れた名曲が多い

南佳孝にはヒット曲のみならず、ファンだからこそ愛する隠れた名曲が多い。そして、すべてでは無いが、彼をアマチュア時代から知る元はっぴいえんどで作詞家の松本隆が手掛けた作品も多い。デビュー・アルバムで1970年代屈指の名盤『摩天楼のヒロイン』(1973年)のプロデューサーは松本隆だった。2023年、デビユー50周年を迎えた南佳孝の新作は『南佳孝 松本隆を歌う~Simple Song 夏の終わりに』と題されている。

『南佳孝 松本隆を歌う~Simple Song 夏の終わりに』は、2022年9月10日、東京は大手町三井ホールでライヴ録音された。ゲストに松本隆も出演し、24曲の松本作品が歌われている。 ふたりが作曲と詞の世界で描いてきた都会のカップルの物語のようなコンセプト・アルバ ムとも言える。

「避暑地の出来事」松本隆がひとりの映画少年として描いた世界

松本隆とのコンビで作られた『LAST PICTURE SHOW』という1986年のアルバムがある。このアルバムがリリースされる直前、南佳孝にインタビューした。東京の比較的裕福な家庭 に育った同学年のふたり(南佳孝、松本隆)には、音楽以外にも大の映画好きという共通の趣味があった。

“映画の話をしている内に、映画のようなアルバム、映画愛にあふれたアルバムを作ろうと いうことになった”

そう南佳孝は制作のきっかけを教えてくれた。「ダイナー」「理由なき反抗」「華麗なるギャツビー」などそれぞれの曲のモチーフに有名な映画が用いられていた。松本隆はこのアルバムのライナーノーツ代わりにショートストーリーまで記していた。

南佳孝の極私的名曲を選ぶとしたら、このアルバムの中の「避暑地の出来事」(映画は1959年のアメリカの作品)をまず選びたい。

すごくロマンチックで甘過ぎるくらい の詞の内容なのだが、当時、職業作詞家として大成功していた松本隆が、“職業”の部分を少し除いて、ひとりの映画少年として、この詞が描かれている気がする。詞の中に主演のトロイ・ドナヒューのことが少し出てくるが、1950年代末の甘い空気が、南佳孝の見事なヴォーカルで心のスクリーンに浮かび上がってくる。

南佳孝の名盤の数々。右下が「モンロー・ウォーク」を収録したアルバム『SPEAK LOW』(1979年)。左下が『南佳孝 松本隆を歌う~Simple Song 夏の終わりに』(2023年)。左上が『LAST PICTURE SHOW』(1986年)。右上が映画『疵』のサントラ盤(1988年)

「PARADISO」映画『疵』のサントラ

極私的3曲の2曲目は東映映画『痴』(1988年)のオリジナル・サウンドトラックの中の「PARADISO」だ。『疵』は本田靖春原作の『疵-花形敬とその時代』を梶間俊一が監督した映画だ。ベースはヤクザ映画なのだが、単なる任侠ものに仕上げていないのが素晴しかった。陣内孝則、藤谷美和子、加藤治子など役者も良かった。

サウンドトラックは日米共同制作でエヴァン・ルーリー、マーク・リボーなども参加して、サントラ盤は1988年に発売されている。主題歌「PARADISO」の作詞は松本隆、作曲とヴォーカルが南佳孝だった。

愛しているけど自分は幸せに出来ないから 自分を振って陽のあたる場所へ戻るように悟す男の心情がたまらなくロマンチックでハードボイルドだ。“PARADISO 天国への階段の 真下で俺達は抱き合い眠り夢の無い夢見る”という歌のエンディングの部分が強く心に残 る。南佳孝はあえて熱唱せず、押さえながらも歌の熱さを引き出した。本当にこの人のヴォーカルは凄味がある。

「眠れぬ夜の小夜曲」ショートフィルムのような曲

極私的南佳孝の名曲3曲目は1973年のデビュー・アルバム『摩天のヒロイン』に収められた「眠れぬ夜の小夜曲」(作詞・松本隆)。3分に満たない短いレゲエを取り入れたサウンドだ。父親は交際に反対し、娘に見合いさえすすめている。さらに悪いことに、その彼女は主人公の彼を置いて出て行ってしまった。だから彼はベッドの中で眠れず、眼を閉じて小羊を数えている。そして、明日が今日と違って天気になることを祈っている。天気になったら、いっちょうらいの服でめかし込んで、別れそうな恋人に会いに行くと決める。

本当に短いショートフィルムのような曲なのだが、自分が今よりずっと若かった頃、失恋するとこの曲を聴いていたのを思い出す。さり気無いのにいつも心に届かせる南佳孝というヴォーカリストらしい名曲だ。

南佳孝の名盤の数々。中央上が、ライヴ・アルバム『1973.9.21 SHOW BOAT 素晴しき船出』で、左下が『摩天楼のヒロイン』

岩田由記夫
1950年、東京生まれ。音楽評論家、オーディオライター、プロデューサー。70年代半ばから講談社の雑誌などで活躍。長く、オーディオ・音楽誌を中心に執筆活動を続け、取材した国内外のアーティストは2000人以上。マドンナ、スティング、キース・リチャーズ、リンゴ・スター、ロバート・プラント、大滝詠一、忌野清志郎、桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、細野晴臣……と、音楽史に名を刻む多くのレジェンドたちと会ってきた。FMラジオの構成や選曲も手掛け、パーソナリティーも担当。プロデューサーとして携わったレコードやCDも数多い。著書に『ぼくが出会った素晴らしきミュージシャンたち』など。 電子書籍『ROCK絶対名曲秘話』を刊行中。東京・大岡山のライブハウス「Goodstock Tokyo(グッドストックトーキョー)」で、貴重なアナログ・レコードをLINN(リン)の約400万円のプレーヤーなどハイエンドのオーディオシステムで聴く『レコードの達人』を偶数月に開催中。最新刊は『岩田由記夫のRock & Pop オーディオ入門 音楽とオーディオの新発見(ONTOMO MOOK)』(音楽之友社・1980円)。

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