洞窟に棲むコウモリのフンから集めたミクロの強壮剤 2皿目。 雲南省の洞窟に棲息するコウモリのフンを集めてきて、それを絹の布にくるみ、土砂から砂金を選び出すように丹念に洗い続ける。やがて余分なものは流され、あとに黒ゴマより…
画像ギャラリーローマの皇帝は、フランスの太陽王は、ベートーベンは、トルストイは、ピカソは、チャーチルは、いったい何をどう食べていたのか? 夏坂健さんによる面白さ満点の歴史グルメ・エッセイが40年ぶりにWEB連載として復活しました。博覧強記の水先案内人が、先人たちの食への情熱ぶりを綴った面白エピソード集。第22話をお送りします。
9たび桃源郷をさまよってなお衰えず
考えても考えつくものでもなければ、発見できるものでもない。だが、良く効きそうな演出の数々、これが効く秘訣なのである。
さて、清の豪傑・江儀の好色ぶりは、香港あたりで売っている春本にくわしく紹介されているが、彼のケタ外れのスタミナを支えた食べ物というのがちょっと信じられない珍味奇味なのである。
この2皿を食してから女人に接すると、男は9たび桃源郷をさまよってもなお衰えず、女人のほうは99回も天国を往復したあげく、3日間は失神したままになると、そう江儀がいっているのである。
その1皿目。
ほどよく太った生きてる鵞鳥を用意して、やや熱くした鉄板の上に放ち、金網をかぶせて下からトロトロと一昼夜ほど火を燃やし続ける。足の裏の熱さに鵞鳥はとんだり跳ねたり大騒ぎ。
自然の摂理は不思議なもので、全身の脂肪がみるみる足の裏に集まって、一昼夜もたったころには5センチ以上の厚みになる。そこで足をチョン切り、全エネルギーが集結している足の裏を食べる。
金網の中には、ときどき器に梅仁醤をたっぷり満たして差し入れる。強精力のある醤油みたいなものだ。熱さでノドがカラカラになっている鵞鳥は、むさぼるように梅仁醤を飲み続けるから、肉に味がついてくる。
この肉を江儀は毎日1匹分、平らげていた。
洞窟に棲むコウモリのフンから集めたミクロの強壮剤
2皿目。
雲南省の洞窟に棲息するコウモリのフンを集めてきて、それを絹の布にくるみ、土砂から砂金を選び出すように丹念に洗い続ける。やがて余分なものは流され、あとに黒ゴマよりも微小な点々がこびりついている。この点々こそ、前夜コウモリが夜空を飛び回って食べまくった蚊の大群の、消化されなかった目玉である。
なんと、蚊の眼球ですゾ。眼球は消化されずに排泄される、これが猛烈な強壮剤になるというミクロを発見した人もすごいが、その超微粒を集めて、ミンクの生殖腺から採れるわずかな油で細心に妙め、塩をふり、カナッペにして常食していた江儀の執念のほうが、もっとすごい。
足の裏といい、蚊の目玉のキャビアといい、千鳥の卵といい、バレバラスのひと振りが絶対だという。男たちの強さに対するあこがれと涙ぐましい努力の数々。
(本文は、昭和58年4月12日刊『美食・大食家びっくり事典』からの抜粋です)
夏坂健
1936(昭和9)年、横浜市生まれ。2000(平成12)年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。その百科事典的ウンチクの広さと深さは通信社の特派員時代に培われたもの。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。
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