谷村新司の名曲に込められた「孤独」 50歳の時にインタビューで答えたその真意とは

谷村新司の作品の数々

国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、とっておきの秘話を交えて、昭和・平成・令和の「音楽の達人たち」の実像に迫ります。連載「音楽の達人“秘話”」シンガー・ソングライターの谷村新…

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国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、とっておきの秘話を交えて、昭和・平成・令和の「音楽の達人たち」の実像に迫ります。連載「音楽の達人“秘話”」シンガー・ソングライターの谷村新司最終(第5)回は、恒例の筆者が選ぶ3曲です。どれも名曲。作者本人の言葉も交えて、その創作背景を眺めます。

「チャンピオン」サイモン&ガーファンクルへのオマージュ

アリス、ソロの活動で、谷村新司は名曲を数多く残した。アリス時代はすべて谷村新司の作詞・ 作曲でなく、メンバーの堀内孝雄、矢沢透も作詞・作曲に係わった。また3人の曲だけでなく「地図にない町」「二十歳の頃」などは作詞がなかにし礼、作曲が都倉俊一だった。

名曲の多い谷村新司なので極私的3曲を選ぶのはなかなか難しい。アリス時代でぼくが好きなのは「チャンピオン」だ。1978年12月に発表された「チャンピオン」は、アリスのシングルとしては唯一オリコンのNo.1となっている。

“サイモン&ガーファンクルが大好きでね。この曲は彼らの名曲「ボクサー」(1969年)からイメージをもらってます。倒れても立ち上がるボクサーって孤独ですよね。そのイメージが大好きだった。歌詞の最後の「ライ、ラ、ライ…」という部分はサイモン&ガーファンクルへの完全なるオマージュです。アリスと言えば、どちらかというとフォーク寄りの曲が多かったので、「チャンピオン」はロック・サウンドっぽいアレンジを編曲の石川鷹彦さんにお願いしました”

1979年のインタビューで、そう谷村新司は話してくれた。

見た目は柔和な谷村新司だが、その心の底には昭和ならではの男らしさがある。何度もインタビューすると、そのことが伝わってきた。これは人間を励ます名曲、「チャンピオン」を聴き返すたびにぼくも励まされた。

アリスの作品の数々

「いい日旅立ち」歌詞に埋め込まれた“希望”

極私的谷村新司の名曲その2は山口百恵に提供した1978年リリースの「いい日旅立ち」 だ。谷村新司は28歳でこの曲を作り、歌唱した山口百恵は19歳だった。ふたりがいかに早熟の天才だったかが伝わる。

「チャンピオン」と同じく、この曲も孤独がひとつのテーマとなっている。

“今日から一人きり旅に出る”とか“砂に枯木で書くつもり/さよならと”など深い孤独が伝わってくる。

では「チャンピオン」と「いい日旅立ち」が孤独のみにフォーカスしているかというと必ずしもそうでない。「チャンピオン」の主人公のボクサーには“もう一度その足で立ち上がれ/命の炎燃やせ”とその人生を応援している。

「いい日旅立ち」でも“日本のどこかに私を待ってる人がいる”と希望を詞に埋め込んでいる。孤独な人を切り捨てないのが谷村新司の歌なのだ。

「いい日旅立ち」は谷村新司自身もお気に入りで、山口百恵が歌ってから30年後、2008年に41枚目のシングルとしてセルフカヴァーしていた。

ソロ時代の名曲を新録音した『21世紀BEST OF THE BLUE1982』(右)と、アリス時代の名曲を新録音した『21世紀BEST OF THE RED1972→’81』(いずれも1997年にリリース)。“BLUE”には「いい日旅立ち」を収録

「昴」大好きな石川啄木のことが心の底に

極私的谷村新司3曲は名曲中の名曲「昴」だ。1980年4月にソロ2枚目のシングルとしてリリースされた。日本のみならず、中国を始めとしたアジアでも大ヒットした。「昴」も孤独をテーマにした曲だ。歌い出しの部分には石川啄木の歌集『悲しき玩具」の冒頭の二首にインスパイアされたという説がある。

“呼吸(いき)すれば、胸の中(うち)に鳴る音あり。凩(こがらし)よりもさびしきその音!”というのが啄木の原首だ。

これは確かに「昴」の2番の歌詞と似ている。実際に谷村新司にそのことを訊ねたことがある。1990年代中期のことだ。

“石川啄木は大好きなので、どこか心の底に残っていたのは事実です。サイモン&ガーファンクルの「ボクサー」とアリスの「チャンピオン」、そんな関係に近いかも知れないです”と教えてくれた。

「昴」は「チャンピオン」、「いい日旅立ち」より、もっと孤独な曲かも知れない。その孤独について谷村新司と語ったことがある。

アリスや谷村新司などの作品の数々

“人間は誰でも孤独なんです。ぼくはそう思ってます。孤独だからこそ、他者との関係が大切になる。孤独だからこそ、他者に優しくなれる。現代の人は孤独は淋しいだけみたいなイメージがあるけど、孤独だから他者と仲良くし、それで社会が成立しているんじゃないかな”

谷村新司50歳の時の言葉だ。きっと天国でも孤独に曲を作り、陶芸をし、テニスの壁打ちをしているだろう。その一方で彼より先に逝ってしまった人たちとも孤独ゆえの優しさで接していると思う。また昭和の星がひとつ、 地上から消えた。

「アリス」のファーストアルバム「アリスI」(1972年)と、アリスの前に谷村新司がリーダーを務めたグループ「ロック・キャンディーズ」のファースト・アンド・ラストアルバム『讃美歌』(1971年)

岩田由記夫
1950年、東京生まれ。音楽評論家、オーディオライター、プロデューサー。70年代半ばから講談社の雑誌などで活躍。長く、オーディオ・音楽誌を中心に執筆活動を続け、取材した国内外のアーティストは2000人以上。マドンナ、スティング、キース・リチャーズ、リンゴ・スター、ロバート・プラント、大滝詠一、忌野清志郎、桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、細野晴臣……と、音楽史に名を刻む多くのレジェンドたちと会ってきた。FMラジオの構成や選曲も手掛け、パーソナリティーも担当。プロデューサーとして携わったレコードやCDも数多い。著書に『ぼくが出会った素晴らしきミュージシャンたち』など。 電子書籍『ROCK絶対名曲秘話』を刊行中。東京・大岡山のライブハウス「Goodstock Tokyo(グッドストックトーキョー)」で、貴重なアナログ・レコードをLINN(リン)の約400万円のプレーヤーなどハイエンドのオーディオシステムで聴く『レコードの達人』を偶数月に開催中。最新刊は『岩田由記夫のRock & Pop オーディオ入門 音楽とオーディオの新発見(ONTOMO MOOK)』(音楽之友社・1980円)。

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