早く振る人間に未来はない。 「この世に存在する理論の中で、ゴルフ理論ほど矛盾に満ちたものはない。何しろ、地面に対して斜めに振られるスウィングから、ストレートボールを打てというのだから無理がある。それほど難解な物理をハンデ…
画像ギャラリー今から20数年前、ゴルフファンどころか、まったくゴルフをプレーしない人々までも夢中にさせたエッセイがあった。著者の名は、夏坂健。「自分で打つゴルフ、テレビなどで見るゴルフ、この二つだけではバランスの悪いゴルファーになる。もう一つ大事なのは“読むゴルフ”なのだ」という言葉を残した夏坂さん。その彼が円熟期を迎えた頃に著した珠玉のエッセイ『ナイス・ボギー』を復刻版としてお届けします。
夏坂健の読むゴルフ その38 「スウィング」の名言
頭上にボールがあるわけじゃなし
「ゴルファーならば、誰だってスウィングについて悩むのが当然。わしが知る限り、ウォルター・へーゲンもボビー・ジョーンズも、パーマーもニクラウスも、みんなスウィングのことばかり考えながらトシをとったものさ。そこで最初に誤解だけは解いておきたい。クラブの素材は金属、ボールはゴム質、それほど力まなくても勝手に飛ぶのが物理の法則。要領としては、少しだけ水が入ったバケツを振るように。しかも、中の水がこぼれない程度のゆったりしたスピードで大きく振るように。これがスウィングにおける不滅の秘訣だろうね」(ハービー・ペニック)
「ゴルフの基本はグリップだが、正しく握る方法を学ぶ前に、まず柔らかく握るコツを習得すべきである。多くの人は渾身の力でグリップしすぎるように思う。もし両手に持つのがナイフとフォークならば、大抵のゴルファーは手が動かせずに餓死するだろう」(サム・スニード)
「アドレスからフィニッシュまで、まったく頭が動かないチャンピオンがいたら、わしの前に連れてきて欲しい。どだい『頭を動かすな』とは無理な話、テークバックでは少し右方向に動くのが正しい。インパクトの瞬間、元の位置に頭があれば、それでなんの問題もない」(ハービー・ぺニック)
「アメリカ人は、判で押したように同じ型で打とうとする。いまだ例外など見たこともない。われわれイギリス人は、数え切れないほど多くの型を持ち、ほとんど二つとして同じものはない。もちろん、どの型にも必ずなんらかの欠陥はあるが、少なくともアメリカ人より自由闊達にゴルフを楽しんでいることだけは事実だ」(バーナード・ダーウィン)
「スウィングで本当に力が必要とされるのは、使ったクラブをバッグに戻すときだけ」(バイロン・ネルソン)
「なぜ早くクラブを振り上げようとするのか。頭上にボールがあるわけじゃなし」(ベン・ホーガン)
「番手の大きなクラブを使って、完璧なまでにストレートボールが打てるなんて、私に言わせればマグレ当たりだ。大きなクラブは少し曲がって不思議ないのに」(J・H・テイラー)
「長いゴルフ人生の中で、あれほどおかしな出来事はなかった。最終ラウンドを迎えて、私のスウィングはガタガタに崩れていた。もうこれ以上駄目にならないと思った私は、一緒に回っていたハリー・バードンのスウィングを真似し始めたわけだ。そのときバードンは首位に躍り出ていた。アドレスからスウィング全体のテンポまで、私は彼の物真似に徹しながらプレーを続けているうちに、万事がうまくいくように変化した。こいつは本当に驚きだった。そして、ついに奴さんに追いつき追い越したのだから、あの物真似は最高だった。もちろん、全英オープンに優勝したのは、この俺様だ」(ウォルター・へーゲン)
「未熟なプレーヤーほど、自分のスウィングについて語りたがる」(ヘンリー・ピアード)
早く振る人間に未来はない。
「この世に存在する理論の中で、ゴルフ理論ほど矛盾に満ちたものはない。何しろ、地面に対して斜めに振られるスウィングから、ストレートボールを打てというのだから無理がある。それほど難解な物理をハンディ20とか15とかいう連中が、どう説明するのだろう。聞かされる側からすると、小学生がアインシュタインの本のカバーを読み上げているようなものだ」(ジミー・デュマレ)
「フォロースルーにこだわってはいけない。打つための動作のすべては、インパクトのためにある。正しく打てたときだけ、結果としてフォロースルーが美しくなる」(アーノルド・パーマー)
「右手、左手、それぞれ別の動きを教えるレッスンプロがいたならば、彼こそゴルフ界における最悪のウソつきである。ゴルフは右手のゲームでもなければ左手のゲームでもない。バランスのとれた左右均等の動きこそ究極なのだ」(ヘンリー・コットン)
「18ホールを回るのに、120打ほど必要とする人でも、素振りだけは限りなくプロに近いもの。なぜ、素振りと同じように振れないのか? この疑問と取り組んで、あなたの一生は終わる」(アンドリュー・カーカルディー)
「真剣に学ぶ気持ちさえあれば、ゴルフの基本は1週間以内に身につくはずだ。ところが多くの初心者は、スウィングのABCもわからないうちにスコアをつけようとする。これは歩き方を覚えるまえに、走ろうとするようなものである。これは私見にすぎないが、少なくとも1年くちいはスコアカードを持たず、スコアの話も控えるべきだと思う」(ジーン・サラゼン)
「山ほどのゴルファーを見てきたが、クラブを遅く振りすぎる者はいなかった。しかし、ミスショットの99・9パーセントは早振りに原因があるのだから、ゆっくり振る実験を試みたらどうだろう」(ボビー・ジョーンズ)
「トップ・オブ・スウィングに至った瞬間、クラブの重さが実感できなければ、それはスウィングが早すぎるということだ」(トミー・ボルト)
「早口の人は、スウィングも早い」(ボブ・トスキ)
「早く振る人間に未来はない。ゆっくり振れば、めしのタネになる」(ゲーリー・プレイヤー)
「あれは、マスターズの試合前日、練習場で球を打っているときだった。彼方の森の奥かち電動ノコギリがゆったりと低く高く唸り始めた。すると口の悪いファジー・ゼラーがやって来て、こう言ったものだ。
『おや、相変わらず目にも止まらぬ早さで振ってるね。俺はまた、あの音を聞いた瞬間、きみがスウィング改造でも始めたのかと思ったよ』
もちろん、これまでにも何度か早振りのクセを直そうとした。ところがある日、私のスウィングをビデオに撮って見せてくれた奴がいる。初めて見たときは、あまりの早さにびっくりした。もう一度見て、吐きそうになった。それ以来、スウィング改造はやめにしたよ」(ヒューバート・グリーン)
「若者は、大いに飛ばすべきだ。やがて間違いなく、正確には1年に1ヤードずつ、飛距離が落ちるだろう。私の経験によると、ティショットのあと、フェアウェイから4番アイアンでグリーンを狙うよりも、まずぶっ飛ばして、ラフから8番アイアンで狙うほうが楽なゲームになるからである」(ジャック・ニクラウス)
「もし無菌室の中で育ったゴルファーがいたとしても、彼はスウィングについて多くを悩むだろう。ところが周囲を見回すと、1キロ四方に10冊ものレッスン書が売られている。読むたびに苦悩が深まり、悩みも増え、すべてが混沌として立ち方さえわからなくなる。それでもレッスン書を買うのは、ウブな吸血鬼がドラキュラ伯爵に血の分け前を求めるようなものである」(ジョン・アップダイク)
「完璧なスウィングが出来たとする。寸分たがわず狙い通りのボールが飛んで、旗の根元に白球がピタリ密着したとする。その瞬間こそ、人生におけるオルガスムスだ。日常のマンネリズムに浸ったそれは、ひと眠りしたあと忘れてしまうが、ゴルフのオルガスムスだけは、生涯忘れることが出来ない」(ピーター・アリス)
(本文は、2000年5月15日刊『ナイス・ボギー』講談社文庫からの抜粋です)
夏坂健
1936年、横浜市生まれ。2000年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。毎年フランスで開催される「ゴルフ・サミット」に唯一アジアから招聘された。また、トップ・アマチュア・ゴルファーとしても活躍した。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。