天皇家の食卓

天皇陛下と雅子さまの「ワイン物語」 和食に込められた思いとは

大手門

「このワインはお客さまにお出しできますか」 浩宮さまと雅子さまが、ふだんに高価なワインを飲むことは決してなかった。大膳(天皇家の料理担当)が、ご夕食とともに5000から6000円ほどのワインをおすすめすると、浩宮さまは、…

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皇室は外国との友好親善に大きな役割を果たしている。なかでも、外国からの国賓をもてなす宮中晩餐会は大きな行事である。宮中晩餐会では、プロトコル(国際儀礼)にのっとったフランス料理のフルコースが供される。その際の飲み物は、シャンパンやワイン、日本酒などから選ばれる。浩宮さま(今の天皇陛下)が雅子さまとご結婚されたころ、東宮御所ではお客さまにお出しするワインをお二人で選ばれていたこともあった。勉強熱心な雅子さまは、ワインについてもかなり勉強されたという。どんなワインを選ばれるのか。今回は、浩宮さまと雅子さまのワインにまつわる物語である。

クリントン大統領夫妻を迎えた宮中晩餐会のワイン

浩宮さまと雅子さまがご結婚されて3年たったころのこと。1996年4月、来日中の米国のクリントン大統領夫妻(当時)を歓迎する宮中晩餐会が、皇居宮殿「豊明殿(ほうめいでん)」で開かれた。

915平方メートルの広さを持つ豊明殿は、饗宴のための部屋である。手織りの絨毯が敷き詰められ、天井には32基のクリスタル製シャンデリアが輝く。綴れ錦が貼られた正面の壁を背にして横長のメインテーブルが据えられ、その中央に天皇陛下と美智子さま、国賓のクリントン大統領夫妻、両脇に皇族方が着席される。

平川濠

宮中晩餐会の献立は、このような内容であった。

清羹(せいかん/玉子豆腐の浮かし)、小鮃巻煮(こびらめまきに)スープライスつき、牛繊肉(ぎゅうせんにく/フィレ)の冷製、羊腿肉(ようたいにく)の蒸焼(むしやき)白芋・クレソン添え・野菜つき、サラダ、冷菓(葛切り・黒砂糖)、果物(メロン・いちご)

ちなみに「スープライス」は、昭和天皇の御代に考案された料理である。にんじん、玉ねぎなどの野菜をみじん切りにしてバターで炒め、洗い米を加えてさらに炒める。野菜とともに炒めた米をコンソメスープに浸して一緒に炊き上げる。いわば洋風炊き込みご飯だ。

この日に供されたワインは、コルトン・シャルルマーニュ1985(白ワイン)、シャトー・ラフィット・ロートシルト1981(赤ワイン)、モエ・エ・シャンドン1983(シャンパン)、ドン・ペリニヨン(シャンパン)であった。フランス料理のもてなしに、ワインは不可欠なのだ。

北桔橋門(きたはねばしもん)

雅子さまは専門書を購入されてワインを勉強

ご結婚前、雅子さまはアルコールをほとんど口にされなかったという。ところが、各国からのお客さまをお招きするからには、料理やワインを知らなければならないと気づかれるようになった。欧米の上流社会では、コックが料理をつくり給仕がサービスをしても、メニューを決めて飲み物を選ぶのは、その家の奥様の役割である。

天皇家では、海外からの賓客をもてなすことが多いため、ふだんはワインを飲まれなくても、料理に合うワインの知識が必要なのである。そこで、雅子さまはワインの専門書を購入されて勉強された。驚くことに、短期間で多くのワインの名前を覚えてしまわれたという。

高価や有名なワインが、かならずしもその場に合うわけではない。料理に合うことはもちろん、お客さまのお国のことを配慮し、お家柄との所縁などに気を配ってワインを選ぶと、お相手からも心から喜んでもらえるもてなしができる。そういった意味でも、ワイン選びは奥が深いという。浩宮さまも、ご一緒にワインの勉強をされた。やがて、東宮御所でお客さまにお出しするワインは、浩宮さまと雅子さまがご自分たちで選ばれるようになった。

皇居周辺の風景

そのころ、東宮御所の貯蔵ワインは、浩宮さまが選ばれていた。浩宮さまは、ワインリストの脇に数字を書き込んでおかれる。そのワインを数字の本数購入してほしいというメッセージであった。浩宮さまが頼まれるのは、有名ではなくても特徴のあるワインだった。例えば、フランスのロマネ・コンティの隣村のエシェゾーやジュヴレ・シャンベルタンといった生産量の少ないワインである。

お客さまが来訪する予定は、一年先くらいまで決まっていることもあるため、そのお客さまのお好みを考えてワインをリクエストされるのである。お客さまと食事をともにされるのは浩宮さまと雅子さまだから、お客さまの好みもよくご存じなのだろう。

初めてのお客さまのときには、その日の料理の内容を詳しくお聞きになり、お客さまの考えや好みを踏まえて、ワインを選ばれた。そうして、ご自分たちもご一緒に召し上がって楽しまれるのである。

インスタグラムの宮内庁公式アカウント

「このワインはお客さまにお出しできますか」

浩宮さまと雅子さまが、ふだんに高価なワインを飲むことは決してなかった。大膳(天皇家の料理担当)が、ご夕食とともに5000から6000円ほどのワインをおすすめすると、浩宮さまは、必ずこうおっしゃったという。

「このワインは、お客さまの時に使えませんか」
「じゅうぶん対応できます」
「では、そのときのために取っておきましょう。ほかに何かありますか」

こんな時には、東宮御所のワインセラーにある献上ものやお土産でいただいたワインを召し上がる。お二人でボトル3分の1くらい飲まれると、「あとは皆さんでテイスティングしてください」と大膳に分けられるのが常だったという。

平川橋

初めての和食、初めて日本酒で乾杯

やがて浩宮さまは天皇に即位され、雅子さまは皇后になられた。和食の魅力が見直されるにつれ、長らく不動であったフランス料理の伝統も、少しずつ変わってきている。

2023年11月17日のキルギスの大統領夫妻を招いての宮中午餐会(ごさんかい)では、前菜として初めて和風オードブル(蒸し海老やホタテ貝の手まり寿司)が登場した。

同28日に行われた、ベトナム国家主席夫妻との宮中午餐会も、和食の前菜が出された。飲み物は、シャサーニュ・モンラッシェ1999とシャトー・マルゴー1994というワインと、日本酒が供された。乾杯は、初めて日本酒で行われた。

海外からの賓客からも、和食は好評だという。これからお二人は、ワインとともに、日本酒の銘柄にも詳しくなられることだろう。(連載「天皇家の食卓」第22回)

参考文献/『宮中 季節のお料理』(宮内庁監修、扶桑社)、『美智子さま 貴賓席の装い』(渡辺みどり著、ネスコ/文藝春秋)、『昭和天皇のお食事』(渡辺誠著、文春文庫)、『殿下の料理番 皇太子ご夫妻にお仕えして』(渡辺誠著、小学館文庫)

文・写真/高木香織
たかぎ・かおり。出版社勤務を経て編集・文筆業。皇室や王室の本を多く手掛ける。書籍の編集・編集協力に『美智子さま マナーとお言葉の流儀』『美智子さまから眞子さま佳子さまへ プリンセスの育て方』(ともにこう書房)、『美智子さまに学ぶエレガンス』(学研プラス)、『美智子さま あの日あのとき』、『日めくり31日カレンダー 永遠に伝えたい美智子さまのお心』『ローマ法王の言葉』(すべて講談社)、『美智子さま いのちの旅―未来へー』(講談社ビーシー/講談社)など。著書に『後期高齢者医療がよくわかる』(共著/リヨン社)、『ママが守る! 家庭の新型インフルエンザ対策』(講談社)。

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