「マスクを届けろ」 全国民と向き合った経験と手に残ったかすかな希望【シャープさんの「家電としあわせ」第12回】

 さいきん「結局なんだったんだろう」と思えるようになったことがある。コロナ(禍)のことだ。もちろんその影響はまだ進行形であり、終わったものとして完了形で語られる存在ではない。それは頭でわかっている。しかしようやく、私たち…

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 さいきん「結局なんだったんだろう」と思えるようになったことがある。コロナ(禍)のことだ。もちろんその影響はまだ進行形であり、終わったものとして完了形で語られる存在ではない。それは頭でわかっている。しかしようやく、私たちにとってあの年月はなんだったのかを、個人的に振り返ることができる程度には、閉塞と生活が切り離されて、しばらくの時間が経過したのではないか。

■スマホひとつでマスクを求める「社会」と向き合うことに…

 私はあの時、押し寄せる課題の対処に奔走した当事者でもないし、ましてや医療に携わる人間でもなかった。だから「結局なんだったんだろう」という疑問をいま実感できること自体が、あの時の科学や倫理によってもたらされた、人類の奮闘の賜物だとやっとわかる。同時に私たちはあの時、幸運とか奇跡としか言いようがないギリギリの分岐をたどったのであろうことも、なんとなく想像がつく。

 あの時われわれは、あれよあれよといううちに、自分をとりまく空気に絶えず緊張する生活に突入した。それは、ひとり残らずといえるくらい例外なく、全員である。そしてわれわれはなかば強制的に家の中へ閉じこもる選択をし、これから先いつまで、だれもどうなるか断言してくれない、予断が許されぬ時間を過ごすことになった。コロナとか感染症という言葉が耳に入り出した時に、ちょうど子どもが生まれた私はあの頃、二重の緊張感に人生が覆われた気がしていた。

 それは、自分の息を詰めながら子どもの呼吸の深さを確認するような、自分の世界を極限まで狭めながら子の世界が無限に広がることを祈るような、静かで強張った生活だった。その分厚い未知しかなかった数年間を、いまいくら振り返ってみても、私には「結局なんだったんだろう」という大雑把な感慨しか出てこない。とにかく状況を見ながら行った手探りと心配と、かろうじて無事だったという安堵以外に、実はほとんど記憶がないのだ。

「結局なんだったんだ」という感慨を持つ人は、私のほかにもいるだろう。家に残されたテレワークの残骸や使いきれなかった消毒用アルコールを見た時、いつのまにか元に戻った満員電車に乗った時、あるいはアクリル板を立てた跡が残されたカウンター席に座った時、「結局なんだったんだ」と気持ちがわきあがる人は多いと思う。あれを境に社会は変わった気もするし、なんら変わらなかった気もして、考えるほどによくわからなくなるというのが正直なところではないか。

 一方で私は静かでこわばった生活とは別に、コロナ禍の比較的はやい段階で、いささか特殊なかたちで、コロナと社会に対峙する経験をすることになる。例によって企業のSNSアカウント担当者として、行きがかり上に向きあうことになった、きわめて職業的かつ個人的な経験である。私はなぜか「マスクを作る家電メーカー」という、特殊に変貌した企業の窓口として、マスクを探し求める社会とスマホひとつで向き合うことになった。

■「シャープでマスクを作って売るから」と聞かされたのは発表前日

 いまとなっては、国から配布されたあのマスクを通して「結局なんだったんだ」と振り返られがちなマスクだが、コロナやウイルスという言葉に深刻さが増していった4年前の春を思い出してほしい。あの時点ではマスクがコロナに立ち向かえる唯一の手段として、それをいかに確保するか、日本中が躍起になっていたはずだ。

 勤める先が、畑違いのマスクを製造することを決めたと聞かされたのは、たしかそのことを発表する前日だった。まったく急な知らせだったので、私は面食らってしまった。たぶんマスクを作ると決めた当事者たちも、面食らいながら早々に算段と決心をしたのだと思う。メールの端々に、使命感のような製造業の自負が感じられて、かっこいいなと思ったことを覚えている。

 マスクの製造に乗り出しますと公表すると、私と同じように世間も面食らったようで、暗い雰囲気の社会ながら拍手喝采とまではいかないまでも、ニュースでは期待と歓迎をもって好意的に報じられた。企業の発信はことごとく無視かただの宣伝として消費される中、あそこまで企業の社会性と意思を感じて受信されるケースは、おそらく後にも先にもないと思う。

 問題はそのあとだった。いくら企業が全力でマスクを製造しようとも供給能力は早々と限界を迎えるため、まずは公平に「マスクを購入する権利を抽選」しようとしたのだ。そしてそのために、マスクを買うための抽選を受け付けるサイトを公開したが、応募者が殺到したため、早々とサイトがダウンしてしまった。そのダウンは何日にもわたって続くことになる。

 サイトがダウンすると人が押し寄せるのは電話窓口か、SNSにいる私である。それは承知の上だったが、この時はダウンの規模が違った。あまりに多くの人が訪れ、あらゆるページが見られないのだった。どれくらい見られないかというと、社内の人間である私も一切を見ることができないほどである。

 かくして私の元へ、「見られない」という苦情と対処の問い合わせが押し寄せた。その数は千という単位では足りなかったと思う。しかし私も社内とコンタクトが取れないのだ。ただひたすら謝りながら、ページ更新ボタンを繰り返してヒステリックになっていく、押し寄せる声のトーンの変化に、さすがに恐怖を覚えた。それはもはや苦情ではなく、悲痛な叫びだった。そうやって夜通しページをリロードさせてしまう、未知の病気への不安を、私は身をもって感じていた。

 もちろん、いまとなってはの話ではある。いまとなっては「結局あれはなんだったんだろう」という話であることは、ここを読むみなさんも同意してくれると思う。しかしあの時の私はたしかに、スマホとSNSを介して全国民と向き合う行為に限りなく近づいたのだ。その規模はまさに、私たちの生活を不安で覆い尽くした「日本の空気」そのものだったと思う。

 ふだんは蛸壺化したり、年齢や趣味嗜好で閉じてしまいがちなSNSで、文字どおり「老若男女全員」と受発信を繰り返せた感触だけは、「結局なんだったんだろう」と振り返るいまも私の手に残っている。その感触は、私を変えてしまった。きっかけは社会の不安とお叱りというネガティブなものだったが、たとえSNSとスマホだけであっても全国津々浦々を範囲にコミュニケーションができるのだという経験は、SNSの限界を思い知らされてきた私にとって、逆説的にポジティブなものだった。

 SNSだって全員に届くという可能性は、未知と不安ばかりだったあの数年の中で、唯一たしかな希望だったと思う。マスクを手にする機会はすっかり減ったけど、その可能性だけはスマホを手にした私の中に、いまもしっかり息づいているのだ。

文・山本隆博(シャープ公式Twitter(X)運用者)
テレビCMなどのマス広告を担当後、流れ流れてSNSへ。ときにゆるいと称されるツイートで、企業コミュニケーションと広告の新しいあり方を模索している。2018年東京コピーライターズクラブ新人賞、2021ACCブロンズ。2019年には『フォーブスジャパン』によるトップインフルエンサー50人に選ばれたことも。近著『スマホ片手に、しんどい夜に。』(講談社ビーシー)

まんが・松井雪子
漫画家、小説家。『スピカにおまかせ』(角川書店)、『家庭科のじかん』(祥伝社)、『犬と遊ぼ!』(講談社)、『イエロー』(講談社)、『肉と衣のあいだに神は宿る』(文藝春秋)、『ベストカー』(講談社ビーシー)にて「松井くるまりこ」名義で4コママンガ連載中

■シャープさんの「家電としあわせ」シリーズ

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