今回紹介するのは、亡くなった両親とよく食べに行った、私にとって思い出深い店。 たまたまSNSで店主と繋がって取材することができたのである。 その店は、1989(平成元)年、愛知県岩倉市に開店した『うなぎ亭 不二』。 私の両親はうなぎが大好物だった……。
画像ギャラリーうなぎ好きの両親が教えてくれた、私たち家族の思い出の店『うなぎ亭 不二』
いきなりで申し訳ないが、私の両親は7年前に亡くなった。
今回紹介するのは、よく両親と食べに行った、私にとって思い出深い店。
たまたまSNSで店主と繋がって、取材することができたのである。
その店は、1989(平成元)年、愛知県岩倉市に開店した『うなぎ亭 不二』。
私の両親はうなぎが大好物だった。
2人でいろいろな店を食べ歩いていたようで、ここも両親が見つけた。
連れて行ってもらった店のなかで、ここがいちばん旨いと思った。
私と妻も一緒に行くようになったのは、平成6年に結婚してからのことだ。
「当時はたしか『うな丼』が1000円でした」と、伊藤さんは振り返る。
うなぎは今ほど高価ではなく、2~3ヵ月に1回くらいのペースで通っていたと思う。
父は「白焼き定食」(3600円)、母は「うな丼」(2850円)、私と妻は「ひつまぶし」(3400円)と、いつも注文するメニューも決まっていた。
(※価格は現在のものです)
これは単品の「白焼き」(3200円)。
ふんわりと焼き上げた身にワサビとネギをのせて、醤油でいただく。
昔は白焼きにまったく魅力を感じなかったが、五十路を迎えた今は、とても美味しく感じる。
うなぎは産地にこだわらず、質の良いものを厳選しているとか。
うん、たしかに身は肉厚で、皮と身の間の脂がとても上品だ。
こちらは「ひつまぶし」。
ご飯が見えないどころか、おひつからはみ出るほど、うなぎがたっぷり。
まずはそのまま食べてみる。
おおっ、口の中で香ばしさが広がる。
パリッとした皮とふんわりとした身の食感もたまらない!
たれの味付けも甘すぎず、辛すぎず、バランスが秀逸。
薬味をのせても、だし汁をかけても旨い。
うなぎの焼き加減の好みは人それぞれだが、私はこの「ひつまぶし」のように、焦げ目が少ない方が好きである。
焦げるほどカリカリに焼くと、苦味が出て、鰻そのものの美味しさを損ねてしまうからだ。
「皮のほうだけパリッと香ばしく焼いて、身は焦げるギリギリのところまで。
すると余分な脂が落ちて、より美味しくなるんです」と、伊藤さん。
店内は花や緑があしらわれていて、とても居心地が良い。
ここで「ひつまぶし」を食べていると、いろんな情景が頭を過ぎる。
まだ幼かった長男と次男。
そして元気だった父と母。
子どもと孫に囲まれて、大好物のうなぎを食べる父と母はきっと幸せだったと思う。
こちらは、最近メニューにくわえられた「不二の特製丼」(3700円)。
蒲焼き4切れと5匹分の肝焼き、そしてたっぷりのネギがのる。
「お客さんから、うな丼の上に肝焼きをのせてほしいとの要望があったんです。
ネギを添えることで富士山(不二)の麓を表現してみました」(伊藤さん)
こんなの、旨いに決まっている。
蒲焼きと肝焼き、ご飯を同時に食べると、身震いするほど旨い。
全身の細胞が喜んでいるのだ。
これを母にも食べさせたかった。
母は入院中も「鰻が食べたいなぁ……」と呟いていた。
当時はすでに固形物を飲み込む力もなく、流動食になっていた。
それでも鰻食べたいと思っていたのだ。
私は鰻を食べるたびに母を思い出す。
私の身体を通して、母に美味しい鰻を味わってもらいたいと願いながら食べることが供養になると信じている。
伊藤さん、ありがとうございました。
また、食べに行きますね。
[住所]愛知県岩倉市旭町1-29 [TEL]0587-37-1927 [営業時間]11時~13時半、17時~20時半、日曜日・祝日11時~13時半、17時~20時 [定休日]水曜日 [アクセス]名鉄犬山線岩倉駅から徒歩6分
永谷正樹(ながや・まさき)
1969年生まれのアラフィフライター兼カメラマン。名古屋めしをこよなく愛し、『おとなの週末』をはじめとする全国誌に発信。名古屋めしの専門家としてテレビ出演や講演会もこなす。
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