『おとなの週末Web』では、手作りの味も追求していきます。なかでも酒とともに味わう肴にはこだわりたいものです。手作りだからこそ味わえる、市販のものとは天と地ほどの別物の味が魅力です。そんな「おとなの週末」を楽しんでいる手作り好きから、季節の自慢の酒肴を、「季節の目印」ともいえる二十四節気にあわせて紹介してもらう企画。「週末手しごと 酒肴二十四節気」と題した、食の歳時記2回目です。
画像ギャラリーちょい隠居ジジイの週末手作り あわびが街中の魚屋に並ぶ「旬」は年末から年明け
66歳のオイラ。血圧高めの年金生活ジジイは、ものの値段に敏感です。だから、デパ地下や、有名店の豪華かつ、高価なおせちとはあまり縁がありません。
ところがですよ。数年前、某有名料亭の超高級おせちのカタログで、「蒸しあわび様(クロアワビ使用)」2つが丸ごと鎮座しているお重を発見。
蒸しあわびのお隣には「焼き伊勢海老様」もおられ、値段は8万円を超えていたと記憶しています。8万円の”ワングレード下”のお重は5万円でしたが、そちらには、あわびも伊勢海老の姿もなし。
ざっくりと値踏みすれば、このあわび様らは+3万円の価値があるのであろう。
「いつか、食ってやる……」
そう思い始めたことで、魚屋に行くと丸ごとのあわびの姿を探し求めるようになりました。
しかし、東京の街中の魚屋で、丸のあわびを置いてある店はめったにありません。デパ地下のテナント魚屋の「中島水産」や「魚力」などの活けもの水槽でたまに見かける程度ですが、その高値と同時に、「そこにいつからいるのかな……?」との思いがもたげ、買うまでには至りません。
豊洲に行けば、きっとゴロゴロいるのでしょうが、そもそもあわびは業務用の需要が高い品らしく、寿司屋さん、料理屋さんなどが主たる得意先。したがって、本来の旬の時季である夏から秋にかけても街中にはあまり出まわらないらしい。
見かけたとしても、丸ごとのあわびではなく、刺身として切って盛り付けられたものを見かける程度なのです。
ただし、例外の時期があるという。なじみの魚屋の店主によれば、
「正月前と、正月明けは魚屋の店先にも、丸ままで多少は並ぶよね」
とのこと。縁起物として古来から重宝されてきたあわびなので、正月前に欲しい人は当然いる。そこはわかるのだが、さて、正月明けにもなぜ並ぶのかがいまいちわかりにくい。
理由を尋ねると、先の魚屋店主から納得の答えがありました。
「卸のアワビ屋さんが正月用に仕入れたものをさばききれず、残っちゃうからさ。それで、年明けに出てくるの」
なるほど、なるほど、わかりやすい。需要と供給の理由からなのですね。
味つけは、日本酒と昆布のみ。蒸しあわびを手作りする
実際、東京都中央卸売市場の統計月報によれば、例年クロアワビの卸値は夏から秋にかけて高く、キロ当たり7000~8000円という高値。この高値を支えているのが、きっと高級おせち用の蒸しあわび需要……ではないかと、オイラはにらんでいます。
11月~12月に加工するためには、その頃に仕入れておかないと間に合わないはず、という読みです。まぁ、はっきりしたエビデンスはございませんが……。
しかも、12月になるとクロアワビの卸値は一気に下がり、キロあたり6000円台を推移し、1月から2月が最安値となるのです。
二十四節気によれば、ちょうど小寒(しょうかん=1月6日頃からの2週間)。魚屋に出まわるクロアワビに限らず、あわび本来の旬は夏から秋、なかでも6月から、産卵前の9~10月がいちばんうまいらしい。
ただし、値段も高いのでオイラは「旬」の意味を拡大解釈しています。旬本来の意味は、「よくとれて、味がもっともよい時」というもの。入手のしやすさから旬をとらえると、まさに小寒が現代版の「あわびの旬」となるのです。
そんなことから、ここ数年、年末から正月のはじめは、あわびを「おとな買い」して、蒸しあわびを楽しんでいます。味つけは、日本酒と昆布のみ。それでいて、市販の蒸しあわびとは別物の、いぶしたような滋味あふれる深い味に仕上がります。
そうなんです。市販の蒸しあわびや、あわびの煮貝は、ほとんどが醤油の味が強いのです。昔ながらの伝統食ゆえ、保存のためにも濃い味でなければならいのでしょう。ただし、高血圧(加療中)のジジイとしては、遠慮したくなるしょっぱさなのです。
蒸しあわびの作り方。蒸す時間は6時間以上。かなり大きな蒸し器が必要
蒸しあわびの作り方はいたって簡単。下ごしらえも、あわびを洗って、日本酒をふり、昆布をのせるだけ。
ただし、時間はかかります。オイラのやりかたでは、最低6時間は蒸します。そのため、かなり大きめの蒸し器(蒸し鍋)でないと、すぐに水が蒸発してしまい、空焚きとなってしまうのです。そのため、何度も水を補給しなければなりません。
注意点はそこだけ。あとは、あわびが時間をかけておいしくなってくれるのです。
ざっくりとした作り方をご紹介いたします。
●蒸しあわび、仕込み編
1)あわびは水洗いしてから、タワシやブラシで身の汚れをゴシゴシ落とす。とくにあわびの身の大きな吸盤部分と、周囲のエンペラ(ヒダの部分)の黒い部分は念入りに汚れを落とす。
2)再度水洗いしたら、殻側を下にしてバットに入れ、身の上から日本酒をふる。※オイラの場合は、辛口の日本酒をあふれるほどふりかけています。
3)あわびの身の上に、同じくらいの大きさにカットした昆布をのせ、ラップで巻く。中の日本酒がごぼれないように注意して、ラップは二重、三重に巻く。
4)ラップを巻いたあわびを、ステンレス製のバットに入れ、バットの上からさらにラップを二重、三重にかける。下ごしらえはこれで完了。
●蒸しあわび、蒸し編
5)蒸すあわびの個数にもよるが、蒸し器の下に置く鍋には水3リットル以上が入る大きなものを使いたい。蒸し器にラップをかけたバットごと入れる。※バットは二つ重ねても大丈夫です。
6)蒸し器を加熱する。蒸気が出始めたら、やや弱火にし、あとはひたすら蒸すのみ。30~40分ごとに蒸し器の下に置いた鍋の水の残量を確認する。水が半分ほど減っていたら、水を足し、蒸気が立つまで火加減を上げ、蒸気が出始めたら、やや弱火にし、再び蒸す。
7)蒸し続けて6時間以上たったら加熱を止める。これで蒸し上がり。
●蒸しあわび、食べる直前編
8)蒸し上がったら、すぐにも食べられる。ただし、蒸し上がった直後は相当な高温のため、取り出す際はキッチンミトンなどをはめ、とくに注意する。
9)あわびを殻から取り出す。大き目のスプーンか、しゃもじを使い、貝柱の部分から身をはがす。肝をはずし、周囲のエンペラの部分は、キッチンバサミでカットし、「あわびの口」の部分もキッチンバサミで切りとる。
※オイラは、まず1つを蒸したてで食べ、残りのあわびは火を止めた蒸し器の中で、そのまま冷めるまで放置しておきます。さらに味わい深くなる気がします。
10)あわびの身を食べやすく切って、皿に盛る。※オイラは、しょうゆも何もつけずにいただいていますが、わさびを薬味にするのもよいと思います。
文・撮影/沢田浩
さわだ・ひろし。書籍編集者。1955年、福岡県に生まれる。学習院大学卒業後、1979年に主婦と生活社入社。「週刊女性」時代の十数年間は、皇室担当として従事し、皇太子妃候補としての小和田雅子さんの存在をスクープ。1999年より、セブン&アイ出版に転じ、生活情報誌「saita」編集長を経て、書籍編集者に。2018年2月、常務執行役員パブリッシング事業部長を最後に退社。
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