音楽の達人“秘話”

父親の下で旋盤工をしながらバンド活動…そしてシャネルズへ 音楽の達人“秘話”・鈴木雅之(1)

町工場を営んでいた父親の存在  1981年のある夏の夜、彼の生家を訪ねたことがある。工場に隣接した住居だった。世話好きという表現が似合う母親は何度も冷たい麦茶を運んでくれた。父親は無口な職人タイプの人だった。帰り際に“息…

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国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、とっておきの秘話を交えて、昭和・平成・令和の「音楽の達人たち」の実像に迫ります。今回からは、1986年にソロ・デビューし、35周年を迎えた歌手の鈴木雅之を取り上げます。ソロ以前には「シャネルズ」で80年にメジャーデビューし、デビュー曲「ランナウェイ」がミリオンセールスを記録。83年に「ラッツ&スター」とグループ名を変えてからも、「め組のひと」などヒットを連発しています。同曲は2021年末のNHK紅白歌合戦出場時にも歌われました。第1回は、筆者が約40年前に鈴木雅之の自宅を訪れた時のエピソードを……。

ソロ・デビュー35周年記念作『DISCOVER JAPAN DX』

2022年2月下旬に発売された鈴木雅之の新作『DISCOVER JAPAN DX』が好調なセールスを続けている。このアルバムは鈴木雅之~マーティンが2011年からスタートさせた日本の名曲をカヴァーするアルバム・シリーズの第4弾となり、これまでのDISCOVER JAPANシリーズの総集編といえるCD3枚組32曲入りとなっている。

ただ懐かしの名曲をカヴァーするのではなく、YOASOBIの「怪物」、キリンジの「エイリアンズ」など現代のヒット曲も取り上げているのが特徴だ。そして、名匠服部隆之をサウンド・プロデューサーに迎え、アレンジ面でもマーティンらしさを出している。CD3枚組¥4500と価格も良心的だと思う。

『DISCOVER JAPAN DX』は、マーティンのソロ・デビュー35周年記念作だ。音楽ファンなら御存知なように、マーティンがシャネルズとしてデビューしたのは1980年。そのシャネルズを結成したのは、さらに遡って1975年。グループで10年、ソロで35年という長いキャリアとなる。

マーティンは「リーダー」 昭和の大田区の匂い

4歳年上で後にシンガーとしてデビューする姉鈴木聖美の影響で幼いころから音楽には親しんでいた。だが10代のころのマーティンはかなりやんちゃな少年だった。工業系の高校に入ったものの中退している。1970年代に盛んだった暴走族もどきの集団ではリーダーだった。今でも古くからマーティンを知る人たちは彼をリーダーと呼んでいる。シャネルズ結成のきっかけも“このまま遊んでいるより何か、音楽でもしようぜ”というリーダー~マーティンのひと言だった。

マーティンが生まれ育ったのは東京都大田区。大田区と言っても広く、田園調布や久が原のような高級住宅地がある一方、京浜工業地帯のど真ん中でもある。マーティンの父親はその京浜工業地帯で町工場を経営していた。実はぼくも生まれも育ちも大田区でマーティンの実家から私鉄で3駅だった。

日本全国どんな町でもその土地ならではの匂いがある。マーティンが同じ大田区の出身とあって初めて逢う時、一方的な親近感を持っていた。昭和の大田区の匂いはそこに生まれ育った者しか分からない独特のものだった。数多くの中小工場から聞こえる機会の音、工業油の匂い、工員さんの吸う煙草の香り、汗の匂い、高度経済成長の足音…。それが昭和の大田区だった

ぼくの友人もそんな大田区の匂いが好きで今も数多くそこに住んでいる。マーティンも大田区好きで今もそこに居を構えている。現在の彼の住まいは偶然にもぼくの中学時代の親友の隣だ。ミュージシャンとして大成したからと言ってタワーマンションに住まず、大田区を愛し続けるマーティンをぼくは好きだ。自分のルーツに忠実であること、それはジャパニーズ・ソウルを唄い続けるマーティンの信条とも通じていると思う。

町工場を営んでいた父親の存在 

1981年のある夏の夜、彼の生家を訪ねたことがある。工場に隣接した住居だった。世話好きという表現が似合う母親は何度も冷たい麦茶を運んでくれた。父親は無口な職人タイプの人だった。帰り際に“息子をよろしくお願いします”とお父さんは言った。

高校を中退して親父の下で、旋盤工をしながらバンド活動をしていて、それがシャネルズになったんだ。親父には根っこのところで信用されているというか。男として認められちゃうと、人間、そんなにいつまでもやんちゃに生きられないよね”。マーティンはそう父親のことを語っていた。

マーティンはソウル・シンガーであることに誇りを持っている。自分でも曲が作れるのにあえてそこに拘わらず、ソウルを感じる他人の作品を中心に歌い続けている。そしてデビュー以来、恋人同士の愛というテーマも不変だ。そんな彼がそのスタイルを崩した曲がある。父親が他界した時だ。その曲は「もう一度生まれ来るならば」。1993年のアルバム『Perfume』のラストナンバーとして収められた。作詞・作曲は鈴木雅之。マーティンの父親はミュージシャンでは無かったが、人間の心意気は親から子へと伝えられる。それが続くのが人間の営みなのだと分かる名曲だ。

岩田由記夫
1950年、東京生まれ。音楽評論家、オーディオライター、プロデューサー。70年代半ばから講談社の雑誌などで活躍。長く、オーディオ・音楽誌を中心に執筆活動を続け、取材した国内外のアーティストは2000人以上。マドンナ、スティング、キース・リチャーズ、リンゴ・スター、ロバート・プラント、大滝詠一、忌野清志郎、桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、細野晴臣……と、音楽史に名を刻む多くのレジェンドたちと会ってきた。FMラジオの構成や選曲も手掛け、パーソナリティーも担当。プロデューサーとして携わったレコードやCDも数多い。著書に『ぼくが出会った素晴らしきミュージシャンたち』など。 電子書籍『ROCK絶対名曲秘話』を刊行中。東京・大岡山のライブハウス「Goodstock Tokyo(グッドストックトーキョー)」で、貴重なアナログ・レコードをLINN(リン)の約400万円のプレーヤーなどハイエンドのオーディオシステムで聴く『レコードの達人』を偶数月に開催中。

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