八代海の夕陽に次の旅の始まりを予感する 入店すると、バーテンダーの木場さんを含め、スタッフは全員アロハ姿。分かりやすいメニューもあり、一見でも寛げる雰囲気だ。熊本の柑橘や薬草を使ったジンベースのシグネチャーカクテル「夜香…
画像ギャラリーホームでかき込む一杯に、飲んだ後の一杯。旅先で食べる麺は、なぜ強く印象に残るのか。あのほっこり、しみじみとする味わい。筆者の場合、その記憶はいつも鉄道の旅とある。あのホッとする味と、人々の笑顔に出会いに。今回はローカルな鉄道を乗り継いで、西九州をゆるり、ゆらゆらと旅してみた。最後は熊本県へ向かいます。
火の国の美味が詰まった麺とカクテル
鳥栖を出た鹿児島本線の普通列車は、熊本を目指して夏の筑紫平野を縦断する。途中まで九州新幹線の高架と並走するが、独走を始めると、グッと視界が開ける。
どこまでも続く田園風景。県境を越える頃には有明海が目に飛び込み、夕陽の時間はとくに美しく映る。実はこの区間が私の一番のお気に入り。乗り鉄でなくとも、ぜひ一度は普通列車に乗って、じっくり眺めてほしいと思うパノラマだ。
人口70万を誇る都市、熊本に着く。この地で麺といえば、圧倒的にラーメン。だが目指すは、熊本の繁華街の北端にある『醤(ひしお)』のちゃんぽんで、これも私に九州の麺の奥深さを教えてくれた一杯だ。
”ちゃんぽん”の言葉が、「さまざまなものを混ぜる」の意であるとは知っていた。しかし『醤』の「天草大王醤油ちゃんぽん」のボリュームを見て、その概念が吹き飛んだ。
いくらなんでもこれは混ぜすぎ、いや載せすぎではないだろうか。熊本の地鶏・天草大王の炭火焼きやその他の具材に隠れ、なかなか麺に到達できない。「白飯のおかずになる麺を作りたいから、ついつい具が多くなってしまいます」とは、店長の田中さんの弁。
そう言われると、あごやいりこのだしが香る醤油ベースのスープも、ご飯が進む味わいだ。そしてスープを中太のストレート麺に絡めると、このおいしさ、口福以外の何物でもない。
今回、店を営む田中さん夫婦(素敵、おしどり夫婦!)と初めて話す。ご子息が東京でフォトグラファーの修業中だそうで、「いつか仕事でご一緒できるかも〜」なんて盛り上がって店を出る。
そしてこの旅の最後の夜は、バーで締め括り。東京で活躍する熊本出身の料理人さんから勧められた、『夜香木(やこうぼく)』の扉を開けてみる。
『熊本醤油ちゃんぽん 醤(ひしお)』 @藤崎宮前
田中成佳さんのちゃんぽんのお手本は、昔勤めていた今はなき食堂だそう。「やっぱり自分も、ご飯に合う醤油スープが好きなんですよね」。
天草大王醤油ちゃんぽん 1650円
天然水が沸く・熊本県旭志の農家から取り寄せるお米も美味しい。
[住所]熊本県熊本市中央区坪井2-1-5 Nビル1階
[電話]096-346-5235
[営業時間]11時半~19時半LO
[休日]日
[交通]熊本電気鉄道藤崎線藤崎宮前駅出口から徒歩3分
八代海の夕陽に次の旅の始まりを予感する
入店すると、バーテンダーの木場さんを含め、スタッフは全員アロハ姿。分かりやすいメニューもあり、一見でも寛げる雰囲気だ。熊本の柑橘や薬草を使ったジンベースのシグネチャーカクテル「夜香木」は、甘い香りが魅惑的。旅先の感情の高ぶりも手伝って、ついスタッフと話し込んでしまう。
海外のバーでの勤務経験がある木場さん。「外に出て、故郷の良さを痛感しました」。地元素材を使ったカクテルは観光客のみならず、地元民にも評判だ。その美酒を楽しむうちに、夜は更ける。
翌朝目覚めたら、熊本駅から鹿児島本線に乗って八代に向かう。肥薩おれんじ鉄道に乗り換えたら、一路水俣へ。単線の一両編成に揺られていると、窓外の八代海が、ことさら穏やかに凪いで見えてくる。
水俣名物・水俣チャンポンは、かん水少なめの白い麺が特徴的。「コシはありませんが、スープをよく吸います」と、『喜楽食堂』店主・三牧さんは話す。「戦後の水俣は漁業・林業・工業で栄えたため、外の人との交流が盛んでした。そのなかで多様な麺文化が伝わり、水俣チャンポンの礎となったとされています」。
ゆえに交流の数だけ味わいがあり、和風スープや魚介スープのチャンポンもあるそう。ここ『喜楽食堂』は豚骨100%で、しっかりとした旨みのスープが五層六腑に染み渡る。次に来たら、違うフレーバーのチャンポンを食べよう。街への再訪を誓って、水俣を後にする。
東京へ戻る前に訪れたのは、肥薩おれんじ鉄道・上田浦(かみたのうら)駅。ここでなら八代海の夕陽が眺められる、と思ったからだ。
旅の最後の橙(だいだい)の空はいつも切ないが、しかし終わりは始まりでもある。「待ってろよ〜、東九州!」。まだ乗らぬ九州の路線を思い浮かべながら、私は次の旅の予定を立てるのだった。
『夜香木』 @上乃裏通り
国際的なバーテンダーコンペティションの日本代表に選ばれた経験がある木場進哉さん。地元の果物やハーブ、焼酎を使ったカクテルを得意とする。
夜香木 1500円
またスタッフの気さくな対応が心地いいと評判の店だ。
[住所]熊本県熊本市中央区南坪井町5-21 1階
[電話]090-8408-5211
[営業時間]18時~24時半(24時LO)
[休日]不定休
[交通]熊本電気鉄道藤崎線藤崎宮前駅出口から徒歩2分
『喜楽食堂』 @水俣
1950年の開業以降、地元民に愛される食堂。名物の「チャンポン」は、店主の三牧さんの祖母・初代女将が天草の漁師や海運業者から教わった味だそう。他にもボリューム満点の日替わり定食が人気。
ちゃんぽん 600円
[住所]熊本県水俣市浜町1-2-9
[電話]0966-62-2629
[営業時間]11時~15時(14時半LO)、17時~20時半(20時LO)
[休日]土
[交通]肥薩おれんじ鉄道線水俣駅出口から徒歩10分
撮影/大谷次郎、取材/岡野孝次
※2022年9月号発売時点の情報です。
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