「スピーカーちゅうのはその上にレコードを置きたいんだね」いかにも鮎川誠らしい発想 対談はとても楽しかった。ふたりであれこれと話をしていたら、予定の2時間はあっという間に過ぎた。そしていかにも鮎川誠らしい発言もあった。オー…
画像ギャラリー国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、とっておきの秘話を交えて、昭和・平成・令和の「音楽の達人たち」の実像に迫ります。今回から鮎川誠のシリーズが始まります。1948年、福岡県久留米市生まれ。九州大学在学中の70年にロックバンド「サンハウス」を結成し、ギタリストとして活躍。75年にはレコードデビューを果たしました。78年からは妻のシーナ(悦子)がボーカルを担当するロックバンド「シーナ&ロケッツ」の活動がスタート。「ユー・メイ・ドリーム」や「レモンティー」などのヒット曲を世に送り出し、日本のロック界に大きな足跡を残してきました。2015年にシーナが子宮頸がんのため61歳で亡くなったあとも、「シーナ&ロケッツ」としてライブを続けていましたが、2023年1月29日午前5時47分に膵臓(すいぞう)がんのため死去。2月4日には東京都内で“ロック葬”が営まれ、関係者やファン計4000人以上が参列して故人を偲びました。
2023年1月下旬、虫の知らせが……
2023年1月29日、シーナ&ロケッツの鮎川誠が膵臓がんのため死去した。74歳だった。ぼくは虫の知らせといったことは余り信じないが、今回だけは何故か予感のようなものがあった。
鮎川誠には2015年に他界した妻シーナとの間に3人の娘がいる。次女の純子さんが鮎川誠のマネジメント関係を担当していた。その純子さんに1月下旬、ぼくは何回か電話をした。近況の確認と、時間があればどこかで逢えないだろうかと訊ねたかったからだ。
普段ならすぐに電話に出るか、留守電を聞いて連絡をくれたのに、数回電話したのにレスポンスが無い。鮎川誠の身に何かあったのではないか。嫌な胸騒ぎがした。その数日後、公式ツイッターでその死が発表された。嫌な予感が的中して、ぼくの心にポカンと穴が開いた。
JBLとB&Wのスピーカーで、鮎川誠とレコードを視聴
時間があればどこかで逢いたいと思ったのは、2022年7月中旬に発売された拙著『岩田由記夫のRock & Pop オーディオ入門』(音楽之友社)の視聴ページに、ゲストとして鮎川誠が登場してくれ、その御礼をしたかった。また、その対談がとても楽しかったので、またそういった対談を企画して登場願えるか、あるいはぼくがDJを務めるポッドキャスト・ラジオ、Voicyに出演して頂けないだろうか相談したかったのだ。
拙著の取材は2022年6月、音楽之友社の視聴室で行われた。がんで余命の告知をされたのが5月と報じられているので、ぼくと対談した時には鮎川誠はもう自分の死を覚悟していたのかと思うと愕然とする。とてもそんなことが信じられないほど鮎川誠は元気だった。いや、本当は体力的には辛かったのだろうがそんな気配は微塵も感じさせなかった。
鮎川誠とのその対談はアメリカを代表するJBLの99万円のスピーカー、イギリスを代表するB&Wの約73万円のスピーカーを用意して、イギリスのロックはイギリス産のスピーカー、アメリカのロックはアメリカ産のスピーカーで聴くのが本当に適しているのだろうかという趣旨で行った。
鮎川誠にはアメリカ、イギリス、それぞれ2枚ずつ好きなミュージシャンの音源を持ってきて欲しいとお願いした。彼はボブ・ディランとマディ・ウォーターズをアメリカ用に、レッド・ツェッペリンとザ・ローリング・ストーンズをイギリス用に持参してくれた。
その他、シーナ&ロケッツのアルバム『真空パック』、A面が「テル・ミー」、B面が「かわいいキャロル」というザ・ローリング・ストーンズの日本デビュー・シングルなど、いずれも良く聴き込んできたのが分かる発売当時のレコード盤だった。
「スピーカーちゅうのはその上にレコードを置きたいんだね」いかにも鮎川誠らしい発想
対談はとても楽しかった。ふたりであれこれと話をしていたら、予定の2時間はあっという間に過ぎた。そしていかにも鮎川誠らしい発言もあった。オーディオ好きの読者なら御存知のようにB&Wのスピーカーの多くは天板の上にツイーター(高音を受け持つスピーカーのパーツ)が配されている。それに対し、JBLの天板は平らだ。
“スピーカーちゅうのはその上にレコードを置きたいんだね。だからJBLのように上(天板)が平らな方が好きやね”といった感想はいかにも鮎川誠らしい発想と思ったものだ。
JBL、B&W共にアンプ類など総額約300万円のシステムを組んで用意したので再生音はそれなりに素晴らしい。対談が終わるといつもならそこでお別れになるのだが、その日は少し異なった。対談終了後、もう少しレコードをこの素晴らしいシステムで聴きたい。そう鮎川誠が言い出した。そして、ザ・ローリング・ストーンズのシングルB面「かわいいキャロル」、マディ・ウォーターズのLPなどを目を瞑って、しばし聴き入っていた。
“岩田さん、やっぱりロックというのはいいね。皆がロックを聴いてれば平和になる。戦争など起こらないね”
そう、ポツンとぼくに語りかけた。あのひと言はロックを後の世に伝え続けて欲しいという、彼なりの遺言だったと今は思える。
岩田由記夫
1950年、東京生まれ。音楽評論家、オーディオライター、プロデューサー。70年代半ばから講談社の雑誌などで活躍。長く、オーディオ・音楽誌を中心に執筆活動を続け、取材した国内外のアーティストは2000人以上。マドンナ、スティング、キース・リチャーズ、リンゴ・スター、ロバート・プラント、大滝詠一、忌野清志郎、桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、細野晴臣……と、音楽史に名を刻む多くのレジェンドたちと会ってきた。FMラジオの構成や選曲も手掛け、パーソナリティーも担当。プロデューサーとして携わったレコードやCDも数多い。著書に『ぼくが出会った素晴らしきミュージシャンたち』など。 電子書籍『ROCK絶対名曲秘話』を刊行中。東京・大岡山のライブハウス「Goodstock Tokyo(グッドストックトーキョー)」で、貴重なアナログ・レコードをLINN(リン)の約400万円のプレーヤーなどハイエンドのオーディオシステムで聴く『レコードの達人』を偶数月に開催中。最新刊は『岩田由記夫のRock & Pop オーディオ入門 音楽とオーディオの新発見(ONTOMO MOOK)』(音楽之友社・1980円)。