社交辞令はなく、忖度せず、完結した毒舌の水丸さん 掲載した6本のエッセイを読むと、語られる素材としての水丸さんが面白いからなのか、書き手の方々がエッセイの手練れだからなのか、おそらくその両方が相まって、ユニークな安西水丸…
画像ギャラリー比類なき個性で日本のイラストレーション界をリードし、小説家、絵本作家、漫画家、エッセイスト、翻訳家としても多くの作品を残した異才にして多才の人・安西水丸さんが亡くなって9年が経つ。いまだに人気は衰えず、世田谷文学館等で開催された展覧会は、コロナ禍にもかかわらず連日行列ができるほどで、没後に刊行された著書は10冊を超えた。
村上春樹さんのエッセイをきっかけに
その水丸さんは、晩年、小説現代に読み切り漫画を連載していたが、急逝されたためシリーズは4本で中断してしまった。4本とも、いまだ伝説となっている水丸さんの漫画デビュー作『青の時代』の流れを汲み、抒情的で独特のエロティシズムに溢れる作品である。
担当編集者として、この作品をなんとか単行本にまとめたいと思うも、16ページの漫画が4本、合計64ページでは単行本としては成り立たない。本にするアイデアは浮かばないまま、いたずらに時は過ぎ、自らの定年が迫り、心は焦るばかりだった。
そんなある日、後輩が、購読している世田谷文学館友の会の会報を見せてくれた。水丸さんの盟友ともいうべき作家の村上春樹さんによる「安西水丸さんのこと」というエッセイが掲載されていたのだ。
その瞬間、この漫画集のイメージが決まった。水丸さんの漫画の間に、水丸さんと関係が深かった方々のエッセイを挟み込み、漫画を楽しみながら、安西水丸というクリエーターの個性と魅力が感じ取れる本にしようと。
村上春樹さんにエッセイの転載を許可いただき、企画は一気に進んだ。
水丸さんをよく知る漫画家、作家、イラストレーターの方々が、安西水丸さんについて語るエッセイの執筆を快諾してくれたのだ。
社交辞令はなく、忖度せず、完結した毒舌の水丸さん
掲載した6本のエッセイを読むと、語られる素材としての水丸さんが面白いからなのか、書き手の方々がエッセイの手練れだからなのか、おそらくその両方が相まって、ユニークな安西水丸像が鮮やかに浮かび上がってくる。
村上春樹さんは、お二人がまだ若かった頃のなれそめから生涯続いた交流を語り、そして猫をめぐる微笑ましくも可笑しいエピソードも紹介してくれる。
学生時代から水丸さんと交流があった漫画家・柴門ふみさんは、衝撃的だった水丸さんの漫画デビュー作と独特の表現技法を語り、つかみどころがないがゆえに魅力的な水丸さんの個性について振り返る。
イラストレーターの木内達朗さんは、「正直に告白すると、僕は水丸さんのイラストレーションの良さが全然わからなかった」という一文から始まり、水丸さんがいかに優れたイラストレーターであったかを技術面からわかりやすく解説してくれる。
水丸さんが部長を務めたカレー部の部員として交流があった作家の角田光代さんは、水丸さんの「社交辞令がない」、「忖度しない」、「完結した毒舌」といった個性から、安西水丸という男の美学を語る。
水丸さんが挿絵を担当した食を哲学するエッセイの著者・平松洋子さんは、水丸さんが愛し、平松さんが幼少時から親しんだ民藝品の魅力を語りながら、淡くて濃かった水丸さんの存在感について語る。
大学在学中から水丸さんの薫陶を受けてイラストレーターとなった信濃八太郎さんは、震え上がるほど厳しくて、さりげなく優しく、そしてユーモアを忘れない師の姿を活写する。
6人それぞれの視点から、「何よりも人が生来持つ個性を大事にして、ごくごくシンプルなのに誰にも似ていない」安西水丸の魅力を活写していただいた。
ペン1本を武器に、ジャンルという垣根を軽々と飛び越え、二刀流どころか五刀流、六刀流で活躍した水丸さん。その魅力を多面的に味わうことのできる一冊。ぜひオススメです。
画像ギャラリー