夏坂健の読むゴルフ「ナイス・ボギー」

「天国にいちばん近い島」ニューカレドニアで見た善意溢れる“オープン競技”ゴルフの原点

今から20数年前、ゴルフファンどころか、まったくゴルフをプレーしない人々までも夢中にさせたエッセイがあった。著者の名は、夏坂健。「自分で打つゴルフ、テレビなどで見るゴルフ、この二つだけではバランスの悪いゴルファーになる。…

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今から20数年前、ゴルフファンどころか、まったくゴルフをプレーしない人々までも夢中にさせたエッセイがあった。著者の名は、夏坂健。「自分で打つゴルフ、テレビなどで見るゴルフ、この二つだけではバランスの悪いゴルファーになる。もう一つ大事なのは“読むゴルフ”なのだ」という言葉を残した夏坂さん。その彼が円熟期を迎えた頃に著した珠玉のエッセイ『ナイス・ボギー』を復刻版としてお届けします。

夏坂健の読むゴルフ その27 南の島の「プチ・マスターズ」

優勝賞金はわずか180万円程度だが

全英、全米オープンのように、国名が冠に乗る試合は「ナショナル大会」と呼ばれて、厳密に一線が画される。競技はゴルフ協会の管轄下、威厳と名誉が両輪となっていかめしく運営されるのが普通である。

出場する選手にしても、まるで意気込みが違うのだ。何しろ一つの国家の頂点に立つ名誉、これにまさるものはない。勝者の名はトロフィーに刻まれて永遠に輝き続けると同時に、クラブが握れる限り、そのナショナル大会での永久出場権まで約束される。

言うまでもなく、これは私たち草ゴルファーにとって無縁の出来事、テレビで見る高嶺の花にすぎないと思っていたところに、向こうから果報が飛び込んできた。

実は半年ほど前、南太平洋に散在する直径10.8センチの穴ボコめがけて球打ちに熱中する道すがら、ニューカレドニアの観光大臣とお目にかかる機会があった。

「天国にいちばん近い島」のコピーは、あまりにも使い古されて口にするのさえ憚るが、自然の美しさ、民情の温かさは依然として比類なく、島内にある3つのコースも野趣と景観に恵まれて申し分ない。大臣は私に熱っぽく訴えた。

「ゴルフもまた、大切な観光資源と考えております。そのためには、過去5回開催のニューカレドニア・オープンを一層充実させて、世界各国から広くプロとアマの参加を促したいのです。私どもでは隣国オーストラリアに住むイアン・べーカーフィンチ選手にも、これから接触するつもりです。そこで、日本からもトッププロとアマチュア選手団を送り込んでいただけないでしょうか?」

「プロの優勝賞金は、いかほど?」

「日本円で180万円程度です」

「正直に申し上げます。日本のトッププロは銭ボケがひどく、100万、200万など私たちの1万、2万円以下にしか感じません。その証拠に、マスターズに出場した某プロは、有名ブティックにぶらりと入ってズボンの布地だけ150万円も衝動買いしたそうです。そうした連中が180万円の賞金目当てに、赤道を越えるとは思えません」

「無理ですね」

「しかし、ハングリーな若手プロなら大丈夫、何人か声を掛けてみます。それからアマ選手チームですが、こちらは佃煮にするほどたくさんいます。とりあえず10人ほど見つくろってお邪魔しましょう」

観光大臣の思惑とは裏腹、1991年度全英オープン・チャンピオンのべーカーフィンチは、クラブの上げ方がわからないと呟くほどの大スランプに陥り、先ごろの全英オープンでも2日間で20オーバーの屈辱的スコアに泣いたばかり。あれほどの名選手が短時間で壊れるところがゴルフの残酷な部分、文豪ジョン・アップダイクも次のように喝破した。

「5人の間男と乳繰り合う淫蕩な人妻よりも、ゴルフのスウィングはさらに性悪!」

アマにやさしくプロにきびしいシステム

さて、紺碧の南太平洋に浮かぶエメラルドさながらの島は、ご存知の通りフランス領である。従って「ニューカレドニア・オープン」といっても、実際には準ナショナル大会と呼ぶのが正しいように思うが、しかし、どうあれ人口19万7000人の堂々たる自治島であり、気分としてはナショナル大会なのである。

事前にエントリーだけは済ませておいたが、いざ試合会場のダンベア・ゴルフクラブに赴き、申し込み金を支払う段になって、あまりの安さによろめいてしまった。

「1万5000パシフィックフラン(邦貨約1万8000円)ちょうだいします」

「それは1日分ですか?」

「いいえ。まずプロアマ戦の出場料、前夜祭の飲食、ホテルとコースの往復専用バス5日分、全試合中のサンドイッチと飲み物、そして5日間のグリーンフィーも含まれています」

「つまり、最初から最後まで一切の費用が含まれて1万5000?」

「はい。選手の皆さんは手ぶらでお越しください」

ウワォ! 日割りにして3600円ではないか。変態ゴルフ狂国ニッポンだったら1回の練習代にすぎない金額。さらにやさしいのがトーナメントの仕組みである。

「最初の3日間が予選ラウンド、といってもプロは別格、全員最終日までプレーが約束されます。予選ラウンドはアマの上位10人を選ぶためです」

つまりプロからすると、3日間もアマと組まなければならない。7ヵ国から集まった約100人のアマは、各自のハンディに応じてプレーすればいいわけだから、これは楽である。一方のプロにしてみると、連日チョロ、ザックリ、スライスにフック、果ては川底の球拾いまでつき合いながら、スコアメイクにも励む必要がある。

これはプロにとって迷惑千万、気が散ることおびただしい話である。極論すると、このトーナメントはアマにやさしくプロにきびしいシステムだが、これこそ「オープン競技」の原点、稀に健全な思想がニューカレドニアに生き残っていたのだ。

ゲームの運営もまた、特筆すべき善意に溢れていた。主催コースのダンベアGCはむろんのこと、他の2コースからも会員が応援に回り、たとえば早朝7時のスタートに合わせて、大勢のボランティアが「フォアキャディ」の位置につく。そうした場所の多くは水辺と深い森の界隈であって、蚊の襲撃も半端ではない。

あるいはゲームの進行係、通過チームのチェック係、レフリー、スコア集計係、各方面のオフィシャル、誰もが汗まみれのボランティア活動だ。

ここには営利目的の「トーナメント屋」が1人も存在しない、そう思うだけで吹く風、広大な緑、流れる雲が一層新鮮に感じられる。

近隣諸国は言うに及ばず、遠くはアメリカから一昼夜かけて馳せ参じた何人かの若手プロもいて、その賑やかなこと。彼らにしてみると、そこにトーナメントがあれば地の果ても厭わない覚悟であり、チャンスをつかんで次の飛躍の芽にしようと虎視眈々、涙ぐましいばかりの努力が感じられる。

経済的に恵まれた日本のプロなんぞ、ぬるま湯につかる隠居みたいなものだ。

一方、われらアマチュアにも苦労がないわけではない。1番ティに待ち受けるのは日本語の通じない巨漢ばかり。お互いに簡略な愛称を告げ合って握手したあと、延々18番まで国際親善も重要なテーマ、それなりに気を使うのである。

このとき、グリーン上に立ち止まってスコアの記入に熱中する行為は、国際的な恥というもの。これは世界のいたるところで耳にする風評だが、日本人はスコアにしか関心がないと見られている。

「いくらスコアに固執しても、アマチュアの場合、80から100のあいだに決まっている。スコアの99パーセントがここに集中するのがトーナメントのキマリ。だとしたら、もっと雰囲気を楽しむなり、新しい友人を作るなり、スコアカードから顔を上げて欲しいと思うね」

現地のジャーナリストから、胸に刺さる忠告を頂戴した。わが国に蔓延する「スコア至上主義」が、瘦せたゴルファーを量産する。

さて、私の成績だが、もちろんキマリに従って99パーセントの範疇に納まり、満足が手土産、気分は来年に飛んでいる。

(本文は、2000年5月15日刊『ナイス・ボギー』講談社文庫からの抜粋です)

『ナイス・ボギー』 (講談社文庫) Kindle版

夏坂健

1936年、横浜市生まれ。2000年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。毎年フランスで開催される「ゴルフ・サミット」に唯一アジアから招聘された。また、トップ・アマチュア・ゴルファーとしても活躍した。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。

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