早く構えて早く振る。これがゴルフというもの 1947年に、「ゴルフ・イラストレイテッド」の記者がジョージの家を訪ねたことがある。そのとき食卓に兄弟とその息子たち9人がいた。インタビューの最後に、記者が一座全員のハンディを…
画像ギャラリー今から20数年前、ゴルフファンどころか、まったくゴルフをプレーしない人々までも夢中にさせたエッセイがあった。著者の名は、夏坂健。「自分で打つゴルフ、テレビなどで見るゴルフ、この二つだけではバランスの悪いゴルファーになる。もう一つ大事なのは“読むゴルフ”なのだ」という言葉を残した夏坂さん。その彼が円熟期を迎えた頃に著した珠玉のエッセイ『ナイス・ボギー』を復刻版としてお届けします。
夏坂健の読むゴルフ その37 早打ちにて早漏!
さながら芝の上の居合抜きのような早さ
ゴルフが誕生した瞬間から、人々は渾身の力でクラブを振り回したに違いない。何しろ地べたに静止したボールに息吹きを与え、可能な限り遠くまで飛ばすのがわれらの使命、力むなと言うほうが無理である。
興味深いことに、史上最初に早振りを戒めたのがスコットランド王、ジェームズ6世だった。のちにイングランド王、ジェームズ1世に就任したこのゴルフ狂の王様は、政治こそ最悪だったが、ゴルフとなると目の色が変わった。
ロンドン郊外に広がるブラックヒース公園のゆるやかな丘陵が、王様には気になって仕方がない。臣下に命じて調べさせたところ、そこは国有地。そこで即座に接収して自ら設計図を引くと、途方もない労働力を注入して2ヵ月後には5ホール完成に漕ぎ着けた。1604年には王子ヘンリーとチャールズの尻を叩いてコースに日参、英才教育に余念がなかった。
「ゲームに際して、以下に述べる金言を忘れてはならない」
王様は、先祖伝来の座右銘をスコットランド訛りで伝えた。
「Slow bawk’ Slow doon.」(ゆっくり上げて、ゆっくり降ろせ)
「Keep your e’e on the ba’.」(ボールから目を離すな)
かくもスコットランド訛りはすさまじく、かつ難解であり、正統なゴルフ用語はズーズー弁によって伝えられたのである。このときの言葉が臣下によって広められ、以後こんにちまで400年近く、スウィングの至言として燦然と輝いている。にもかかわらず、なぜかゴルファーは振り急ぐのだ。
「早い!」
「ヘッドアップ!」
周囲からのお節介、飛び交う罵声にまみれて終わるのがわれらのゴルフ。もちろん、早振りが諸悪の根源と承知しているので、ついに生涯自分のスウィングに自信が持てない。
と、ここに登場するのが救世主ジョージ・ダンカン。早いのなんのって、さながら芝の上の居合い抜きだ。ボールに近づいてクラブを抜き放つまでに3秒、一切素振りせず、構えて打ち終わるまでが3秒。これは「ザ・タイムズ」の記者が2名、ストップウォッチ片手に終日密着して計った数字であり、しかもその日のゲーム終了後、当のダンカンは次のようにコメントしている。
「全英オープンの最終日ともなると、ついプレーが慎重になったよ」
それでいて1920年度のチャンピオンに輝くと、2年後の全英オープンでもウォルター・へーゲンと凄絶な一騎討ち、最終ホール「4」で上がれば優勝という局面で「5」。
「惜しかった。おもしろかった。それではまた来年!」
ゴルフ迷語録集に残るセリフを吐いて、颯爽と引き上げていった。なんとも小気味のいい男である。
1883年、彼はスコットランドのアバディンシャーに警察官の子として生まれた。何しろダンカン一族は3代続くゴルフの名門。彼の父親、つまり警察官ジョン・ダンカンはウェールズ・チャンピオンに輝くこと2回、彼の妻エミリーは女子の部で優勝すること5回。その姉のブランチも5回。ジョンの弟ヒューはイギリス国内の主要タイトル総なめの17勝。早打ちジョージの兄トニーも強くて、ウェールズ選手権に優勝すること4回、1939年の全英アマでは準優勝、1953年のウォーカー・カップではイギリスチームの主将もつとめた。
ほかにもゴルフのうまい親族が26人ほどいて、わかっているだけでもダンカン一族が獲得したビッグタイトルは170個以上。最近では1974年の全英シニア選手権に優勝したマイケル・イボ・ジョーンズが、ブランチの末っ子である。
早く構えて早く振る。これがゴルフというもの
1947年に、「ゴルフ・イラストレイテッド」の記者がジョージの家を訪ねたことがある。そのとき食卓に兄弟とその息子たち9人がいた。インタビューの最後に、記者が一座全員のハンディを尋ねたところ、9人の合計が「5」だった。
「ダンカン一族は、むかしから揃って早打ち。何か家訓のようなものがあるのですか?」
質問にジョージが答えて、
「うちの一族が早いわけではない。他が遅すぎるのだ。現場に行ってから考えると、どうしても遅くなる。俺たちは歩きながら観察し、現場に着いた瞬間、閃いたクラブで歯切れよくスウィングすることだけを心掛ける」
「プレーの遅い人に対して、何かアドバイスを」
「個人の能力の問題だね。考えをまとめるのに時間のかかる人もいる。かのトム・モリス翁は、頭の悪い人ほどプレーが遅いと言った。ウィリー・パーク・シニアも、臆病な人間ほどプレーに時間を要して、しかも自分の決断に最後まで疑いを持つと語った。全英オープンに3連勝したジェームズ・アンダーソンなど、もし時間をかけて最高のショットが約束されるなら、自分はボールの前に1時間でも立つ用意があると笑ったものさ」
「つまり、名選手は揃ってプレーが早いというわけですね」
「アメリカの連中は違うようだが、スコットランド出身者はスピードもゴルフの重要なテーマだと考えている。それというのも、他のプレーヤーを待たせるのは悪いことだからだ。人に迷惑をかけまいとするならば、自ずとプレーも早くなる。自分のことしか考えない奴は、好きなだけ時間を浪費して、いつしか仲間に嫌われる」
「あなたは、パットも早いですね」
「普通だよ。息子のジョンは俺より早い」
「それでいて、たとえば1918年のアイリッシュ・オープン最終日、優勝したあなたの18ホールのパット数が27。電光石火のパッティングがウソのように入ると、当時の新聞に書かれています。一体、どうしたら早く打って入るのか、そのコツを教えてください」
「パッと見た瞬問の、それも最初に浮かんだラインの上を打つこと。あれこれ考えたところで、結局は最初に閃いたラインに従うのがゴルファーの性というもの。だから、パッと見て閃いたラインが消える前に打つ。あっさり打ったショットは、たとえミスしても、あっさり忘れることができるだろ? 反対に時間をかけた上でのミスは、試行錯誤した分だけ重くのしかかって、次のショットまで狂わすのがオチだ」
「するとゴルファーは、あまり早打ちを気にしなくていいわけですね」
「早く振るのが自然なのさ。人はゆっくり振れと忠告するが、いかな名人でもインパクトからフォローにかけて、途方もないスピードで振ってるよ。ゆっくりしたテークバックにだまされてはいけない」
「多くのアマチュアは自分のスウィングが早すぎると考え、悲観しているものです」
「早すぎる? 笑わせちゃいけない、俺から見たら遅すぎるよ。ヘッドの抜けが遅いからスライスになるのさ」
「では、自信を持って早く振れと断言しますか?」
「もちろん! 早く構えて早く振る、これがゴルフというものよ」
1964年、ジョージ・ダンカンは81歳で亡くなるが、生涯に儲けた子供が14人、ゆえに人は彼を「上から下まで早打ちダンカン」と呼ぶ。
(本文は、2000年5月15日刊『ナイス・ボギー』講談社文庫からの抜粋です)
夏坂健
1936年、横浜市生まれ。2000年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。毎年フランスで開催される「ゴルフ・サミット」に唯一アジアから招聘された。また、トップ・アマチュア・ゴルファーとしても活躍した。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。
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