消えてしまうからこそ抱きしめたい「音楽」と「再生機器」の思い出【シャープさんの「家電としあわせ」第7回】

■空気中に溶けて消えていく音を鳴らすモノの宿命  ところで音楽の容れ物の変遷は、音楽の再生され方の変遷でもある。そして音楽の再生は、記録メディアの形状と、それを再生する機器と密接に関係する。つまり音楽の変遷は、オーディオ…

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 音楽ほど、記録メディアがくるくると変遷してきたコンテンツもないのではないか。78回転のSPレコードから33/45回転のレコード、カセットテープ、CDそれからMD、そしてMP3を経由してストリーミングへと、空気の振動を鼓膜がキャッチする営みは同じでも、音楽を再生する手段は幾度も変化を遂げている。音楽を作ったり演奏する人にとっては、カセットテープにはさらにDATやメタルテープ、CDにはさらに8cmCDやCDRがあったことも馴染みの記憶とされているかもしれない。

■さびしかったのか満たされていたのか

 おどろくべきことは、上記すべての歴史的変遷を体験してきた人が、私たちといまもふつうに社会を共にしていることだ。塩化ビニールによるレコードの普及が1960年代だとしても、いま70代の人たちは次々に新しいメディアを手にしながら音楽を聴き、あるいは音楽を所有してきたわけである。あなたの親や祖父母に聞けば、その曲の思い出を「なにで聴いたか」というメディアの手触りとともに語ってくれるかもしれない。

 これが文学やマンガだったらそうはいかないだろう。それを読む時の手触りも、せいぜい紙と電子書籍の移り変わりである。映画やアニメといった映像コンテンツも、ビデオテープからディスク、そしてストリーミングだ。ゲームだって、ハードはさまざまな進化を遂げてきたが、ゲームを遊ぶ時の身体的な動作は、両手の指それぞれで複数のボタンを押すということに、いまもあまり変化はない。

 そう考えると音楽は、いかに短期間ごとに音楽の容れ物が変わっていったか、音楽をたのしむ時の行動が様変わりしていったかという点において、ちょっと特異なコンテンツに思えてくる。人生のさまざまな時点で好きだった曲が、聴かれ方も所有のされ方も、それぞれまったく違う場合がありえるのだ。

 ある世代の人にとっては、カセットテープが擦り切れるように聴いた曲と、CDプレーヤーに入れっぱなしでいつも聴いていた曲と、MDで歩きながら口ずさんだ曲の記憶が、なんの違和感もなく記憶の棚に並ぶ。

 それにしたって音楽は、そのメロディや詞だけでなく、その曲をいつどこでだれと聴いたか、どんな天気だったか、どういう心境だったか、つらい時代だったのか幸福な時代だったのか、さびしかったのか満たされていたのか、私たち個人のあらゆる心象や情景と紐づいて記憶されやすい。ちがう言い方をすれば、ある曲を聴くと芋づる式に当時の記憶が浮かびあがってきたり、ある特定の記憶が決まったBGMとともに思い出される経験はだれにでもあるはずだ。

 音楽は放っておいても、記憶を纏う。翻れば、音楽を熱心に聴かなくなると、思い出と化す記憶も減っていくのかもしれない。若い頃の記憶が鮮烈なのは、それが音楽とともに暮らす時期だからで、大人の記憶が平板になりがちなのは、その後音楽から離れていく人が多いことと無関係ではないかとさえ思えてくる。

■空気中に溶けて消えていく音を鳴らすモノの宿命

 ところで音楽の容れ物の変遷は、音楽の再生され方の変遷でもある。そして音楽の再生は、記録メディアの形状と、それを再生する機器と密接に関係する。つまり音楽の変遷は、オーディオ機器の変遷の歴史でもあるのだろう。

 ターンテーブル、カセットデッキ、ラジカセ、CDプレーヤー、コンポ、ポータブルMD、MP3プレーヤーからパソコン、スマホへ。音楽を再生する機器もわずか60年あまりの間に、これほど移り変わったのだ。ここを読むあなたも、そのいくつかに深い思い入れのある機器があるにちがいない。そして私が勤める企業は、ころころと変遷してきたオーディオ機器のすべてを、その時々で多種多様に作ってきた。

 社員しか見られないのが残念なのだが、社史のように、かつて製造してきた製品を画像でアーカイブする資料がある。そこを覗けば、音楽を再生する機器がいかにめまぐるしく移り変わってきたかがよくわかる。中にはヒップホップの名盤に登場したラジカセや、私が通学中に使っていたポータブルプレーヤーもあったりして、いまさらの所有欲や当時の思い出がよみがえり、いつも私は落ち着かないことになる。

 それと同時に、私は微笑む。音楽が個人の思い出と濃密に結びつくのであれば、音楽を鳴らすモノだって、いたるところでだれかの記憶に登場しているにちがいないとうれしくなるのだ。音楽と記憶の間に、自社製品がある。自社製品が思い出のメディアになる。便利や苦労に結びつくモノは数あれど、音付きの思い出に結びつくモノはオーディオ製品以外にあまりないだろう。音楽の変遷すべてに関わってきたという事実は、メーカーにとって得がたいほどの光栄だと、私はしあわせに思う。

 ラジカセも、コンポも、ポータブルプレーヤーも、オーディオ機器のそのほとんどは、すでに私たちの生活の場にいない。もう消えてしまった製品だ。だが消えたオーディオという事実が、そもそも空気中に溶けて消えていく音を鳴らすモノの宿命のように感じてしまうのは、私が音楽に肩入れする人生を送ってきたせいだろうか。音も、記憶も、いずれ消えてしまうという点で、もとより両者は相性がよかったのかもしれない。

文・山本隆博(シャープ公式Twitter(X)運用者)
テレビCMなどのマス広告を担当後、流れ流れてSNSへ。ときにゆるいと称されるツイートで、企業コミュニケーションと広告の新しいあり方を模索している。2018年東京コピーライターズクラブ新人賞、2021ACCブロンズ。2019年には『フォーブスジャパン』によるトップインフルエンサー50人に選ばれたことも。近著『スマホ片手に、しんどい夜に。』(講談社ビーシー)

まんが・松井雪子
漫画家、小説家。『スピカにおまかせ』(角川書店)、『家庭科のじかん』(祥伝社)、『犬と遊ぼ!』(講談社)、『イエロー』(講談社)、『肉と衣のあいだに神は宿る』(文藝春秋)、『ベストカー』(講談社ビーシー)にて「松井くるまりこ」名義で4コママンガ連載中

■シャープさんの「家電としあわせ」シリーズ

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