店主家族のお人柄、重ねた年月の粋な味、麺に丼とお腹いっぱい庶民の味方。おいしいだけじゃない、漂う空気さえ楽しめる下町の名店をふらり訪ねてみませんか。 上野『翁庵』 町場の蕎麦屋は心のオアシスのような存在かもしれない。店主…
画像ギャラリー店主家族のお人柄、重ねた年月の粋な味、麺に丼とお腹いっぱい庶民の味方。おいしいだけじゃない、漂う空気さえ楽しめる下町の名店をふらり訪ねてみませんか。
上野『翁庵』
町場の蕎麦屋は心のオアシスのような存在かもしれない。店主家族のお人柄、重ねた年月の粋な味、麺に丼とお腹いっぱい庶民の味方。おいしいだけじゃない、漂う空気さえ楽しめる下町の名店をふらり訪ねてみませんか。
威風堂々たる日本家屋は、一歩入れば昭和の薫りに満ちている。今は珍しい船底天井に飴色の柱……「翁庵」は町蕎麦の鑑のような店だ。創業は明治だが建物は昭和初期の面影を残したもの。粋な風情も“味”となる。
品書きがまた清々しい。酒は松竹梅1種、つまみは少数精鋭。一方、食事は蕎麦にうどんに丼物と気取らぬ味が勢揃い。中でもツユに長ねぎとイカのかき揚げが入る「ねぎせいろ」は店の看板だ。
戦時中、高値で手に入らなかったエビの代わりにイカを使って揚げてみたらそれが評判になったとか。ツユがしみた衣も乙で、上品な色と細さにこだわる二八は喜んでもらえるようにと盛りもすこぶるよし。加えて通し営業。いつでも誰でも受け入れてくれる、懐の深さがある。
浅草橋『生蕎麦 すぎ栄』
店前には使い込まれた出前用バイク。丼を乗せたお盆を何段も積んで運ぶ店主を見ていれば、地元で愛される店だとすぐわかる。「小学生の頃からエビの殻剥きなど手伝っていて、出前は中学から」と笑うのは2代目だ。先代がこの地に店を構えて54年。名物は多いが、手仕込みのカレールウを使った蕎麦はぜひ試して。
小麦粉をラードで炒る作業から手間暇かける昔ながらの手法で、和ダシの奥からスパイシーな香りが花開けば心地いい陶酔。自家製蕎麦は企業秘密の割り粉を2種用い、のど越しとコシを大事にするそう。
王道なら天ぷら蕎麦。熱々のエビ天をのせるやジュッ。音と共に運ばれると皆喜ぶとか。ちなみにご近所への出前は1品からでも。「高齢の方も多いですからね」。下町人情に泣けてくる。
日暮里『そば処 大宝家』
ビルが建ち並ぶ日暮里駅すぐ近くに、こんな居心地のいい町蕎麦があったとは。創業は昭和32年。現在の店を仕切る3代目は継ぎ足しのかえしなど代々継承する味の原点を守りつつ、新しい挑戦も日々続けてきた。
そのひとつが香り蕎麦。柚子切りは秋~初春まで登場する季節物で、同じく時季を迎えた牡蠣と味わう天もりは今まさに光を当てたい名作だ。
高知産の柚子の皮をすり、更科粉に加えて打つ蕎麦は実に上品で爽やか、三陸や広島など厳選した牡蠣はふくよかな旨み、旬を味わう喜びがある。またうれしいことにつまみも多彩で、自家炊きにしんや国産の鴨焼きは秀逸。厨房に目をやれば数年前から共に働く4代目の熱心な姿もあり、歴史が続くうれしさについつい杯も進むのだ。
谷中『松寿庵』
谷中七福神のひとつ、長安寺の並びにあるこちらの人気は「七福神そば」。
丼に神様大集合とは何とも縁起がいいですな。40年以上前の創業時、他にない目玉を作ろうと思い付き、地元七福神に「店で出していいか」と聞いて回って誕生したんだそう。
恵比須様がエビ、大黒様は背負ってる袋にちなみ袋茸、と各々を見立てた具は肉に野菜と盛りだくさん。店内に貼ってある説明を見ながら巡る、いや食べるのも楽しい。やさしい旨さは80代の店主夫婦と娘さんの地道な仕事から。
長野産蕎麦粉で毎朝仕込む蕎麦はするする吸い込まれていく細さが特長だ。ツユもカツオ節を節のまま茹でて削って丁寧にダシを取る。七福神も家族の努力も集結したこの一杯、食べればほっこり福を呼ぶ。
本所吾妻橋『手打ちそば処 言問やぶ』
昼下がりに訪れるとご主人が蕎麦打ちの真っ最中。「朝仕込んだ分が出ちゃって。週末は1日3~4回打つこともあるんです」。無駄が出ないよう少量ずつを誠実に。「お待たせすることもあって申し訳ないけど」。いやいや逆に常に打ちたてとはありがたや。実は昔は機械打ちだったが、よりおいしくと手打ちに替えたそう。
二八の蕎麦はやや太め、噛み締めれば香り膨らむ素朴な味だ。天ざるはたっぷりの刻み海苔もうれしくて、上質な胡麻油で揚げたエビも風味抜群。すると女将さん「油がいいからたぬきもおいしいのよ」。
そのたぬきも選べる人気のカツ丼セット、大満足の量と旨さにじーん。つまみは女将さん担当で、店は二人三脚で明るく切り盛り。下町の蕎麦屋は仲良し夫妻の名劇場だ。
…つづく「東京のうまい「最強の町寿司」ベスト7軒…高コスパ、一貫《110円》からで一見さん、ソロ活でも大丈夫「覆面調査隊が実食」」では、庶民価格の美味しい町の寿司店を紹介します。
『おとなの週末』2023年12月号より(※本内容は発売時のものです)