東京路線バスグルメ

浅草橋で見つけた町中華の名店は“居心地のいい味” 東京路線バスグルメ(1)

小説『バスを待つ男』や、講談社の「好きな物語と出会えるサイト『tree』」で連載したエッセィ『日和バス 徘徊作家のぶらぶらバス旅』など、作家生活25周年を迎えた西村健さんは、路線バスをテーマにした作品の書き手としても知られています。「おとなの週末Web」では、東京都内の路線バスを途中下車してふらり歩いた街の様子と、そこで出会った名店のグルメを紹介します。

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500円で1日乗り放題

都バス「東42-1」=東京駅八重洲口

町を縦横無尽に動き回る。その際、何より適した交通機関は路線バスでしょう。大通りだけでなく細い道にもズンズン入って行く。車窓から、町を歩く人の表情が垣間見える。

途中下車を繰り返し、その地の美味いものを見つける。これ以上の贅沢があるだろうか。

バスを何度も乗り降りするなら、重宝するのは一日乗車券だ。PASMOなどのICカードを持っていれば、乗車する際「これ、一日券で」と頼むと運転手さんが操作してくれる。チャージしてる中から都バスなら500円が差し引かれ、後はそれで1日、乗り放題になる。バスってどっかからどっかに1回、乗るだけで運賃210円なのに、ね。3回、乗ればもう元は取れる、どころか既に得してる。これは使わないテはない、でしょ?

本日は東京駅八重洲口から、都バス「東42-1」系統に乗る。連載の初回ですもの。まずは我が国の鉄路の中心から旅立つ、というのは相応しいんじゃないか、と思ったのだ。

鉄路の中心から出発して道路の元点を通過

都バス「東42-1」系統最初の乗車区間

またこの系統、とっても興味深いルートを走るんですよ。駅前のロータリーを出て外堀通りを走り出すが、すぐに右折と左折。日本橋を渡る。ご存知、江戸の時代から街道の拠点ですね。今も日本国道路元標がある。鉄路の中心から出発して、道路の元点も通る。とっても象徴的だと思いません?

日本橋を渡ると基本的に、旧日光街道沿いに走る。浅草など、有名な観光地を走り抜けるかと思えば労働者の町“山谷”も通ったり、東京の様々な顔を見せてくれる。最終的にはJR常磐線の南千住駅前でゴール、となる。

小伝馬町(こでんまちょう)や馬喰町(ばくろちょう)など、歴史ある地名のバス停を見るだけで楽しいけど、何と言っても最初の目玉は浅草橋だ。神田川に架かる橋の名がそのまま町名や駅名になったものだが、ここの特徴は人形の専門店が並んでること。テレビCMでお馴染みの「人形〜の久月(きゅうげつ)」と、「顔が命の、吉徳(よしとく)〜」の両本店の間を走り抜けるんですよ。これがワクワクせずにいられようか、ってなものです。

ところがここで、ハタ、と車窓に注目。通り沿いに、古くていかにもよさげな中華屋が見えたんですよ。これからいくつか町を歩いてみて、店を探すつもりなんだけど、もし上手く見つからなかったら戻って来てあそこに入るのもいいな。決めて、再びバスの揺れに身を委ねました。

隅田川の水運の中心地だった「蔵前」

最初に途中下車したのは「蔵前駅前」のバス停。江戸時代、幕府の御米蔵があったことからついた地名ですね。私が大学に入って上京した頃までは、国技館は両国ではなくこっちにあった。

名前の示す通り、隅田川の水運の中心地だったわけで倉庫が立ち並んでたんだけど、陸運がメインになった現在では使われなくなった蔵も多かった。そこをリノベーションしてお洒落なショップにしているところが増え、新たな人気スポットに様変わりしている。町歩きしていて楽しいエリアなんです。

ただ蔵前と言えばもう一つ、玩具の問屋さんが並んでることでも有名ですね。玩具メーカーのあのエポック社の本社もあったりする

白雉2年(651年)の創立と伝えられる鳥越神社=東京都台東区

とにかく古い町だから、面白い食事処もあるんじゃないかと踏んだ。町を一回り、ぐるりと歩いて鳥越神社にも来た。ここ、日本武尊(やまとたけるのみこと)に由来する歴史あるお宮だし、門前町にきっと、ぐっと来るお店もあるだろうと思って。

ところが上手いこと見つけられなかった。

まぁ、しょうがないですね。探し方が悪いんでしょう。ちょっと戻った位置の、「蔵前一丁目」バス停から再び「東42-1」系統に乗り込んだ。

そしたらふと車窓を見ていて気づいたんだけど、ここ「トランセンド」の日本法人もあったんですね。半導体メモリのグローバル企業。新旧に関係なく物作りの精神に満ちた町なんだなぁ、と改めて実感する

「招き猫発祥の地」に猫が寝ていた!

都バス「東42-1」系統「蔵前一丁目-花川戸」間
縁結びの御利益で有名な今戸神社=東京都台東区

さて、浅草はあまりに有名だから今回はスルーして、「花川戸」のバス停で下車。今戸(いまど)神社までぶらぶら歩いてみた。こっちも古い町ですもんね。きっといいお店が見つかることでしょう。

神社に来てみたら、平日にも関わらず女性の参拝客がたくさんいた。何でこんなに来てるんだろうと思ったら、「縁結びのパワースポット」とされているんですね。納得。豪徳寺(東京都世田谷区)が有名だけど、ここも「招き猫発祥の地」とされていて、縁起物のお土産が売られてた

私はこの歳だから今更、「縁結び」でもないけど女性客に混じってお参り。ふと見ると拝殿では本物の猫が、我が物顔で寝ていた。やっぱりここ、猫に所縁のあるとこなんですねぇ

本物の猫がスヤスヤとお昼寝

近くには、待乳山聖天(まつちやましょうでん)もある。『鬼平犯科帳』で有名な池波正太郎先生が生まれたのは、この寺院に近接する待乳山聖天公園の南側。浅草裏のこんなところで幼少時を過ごしたからこそ先生、あんな粋な時代小説をいくつも物することができたんでしょうなぁ。これにも、納得。

ただ、やっぱりこっちでも「これは」というお店が見つからず。仕方がないですね。さっき決めた通り、浅草橋に戻りましょう。

蝶ネクタイの店主がお出迎え ラーメンの深い味わいに感服

水新菜館=東京都台東区

来たルートをバスで引き返し、「浅草橋駅前」で下車。さっき見つけた店が、これです。
「水新菜館」。料理店に「水」なんて屋号をつけるのは珍しいですよね。それにしてもこの店構え、どうです。絶対「美味いよ」と言ってるみたいじゃないですか

そろそろ午後2時近かったのに店内はまだまだ混んでいた。ますます期待が高まる。

入店する時、店主(しかも蝶ネクタイを締めてる!)が手をアルコール消毒してくれたんだけど、「はい、お手を拝借〜」だって。これだけで楽しくなってしまう。

張り出されたメニューに多彩な料理が書かれていたが、まぁ最初だしオーソドックスに「ラーメン」(税抜き600円)と「ギョーザ」(同520円)を注文。そしたら出て来たのが、これですよ〜!

もう見ただけで、美味い、って分かるじゃぁないですか。

水新菜館の「ラーメン」と「ギョーザ」

実際、スープをひと啜りしたらすごくあっさりな中に、深い味わいが舌に残る。これは、タダモノではない。

中細の縮れ麺はモチモチの食感で、あっさりスープに合う、合う。肉厚のチャーシューは表面の焼き目が香る。食材の全てがそれぞれの味を醸し出しながら、互いに主張し過ぎて相殺することなく、逆に溶け合って一つの完成品を作り上げている。こんだけ本格的な昔ながらのラーメン、今時なかなか味わえるものじゃないですよ。言うなれば「居心地のいい味」って奴。戻って来て大正解! でした。

スープを全部、飲み干して完食。餃子もあっという間に平らげました。きっとこういう店、池波先生も大好きだったろうなぁ、と勝手に想像も膨らむ。ご馳走様〜

帰り掛けに店の人に聞くと、スープのダシは鶏ガラ中心に、豚と煮干しもちょっと加えている、とのこと。だからあんなに深い味わいになっていたんだなぁ。

店の名前についても教えてくれました。何と「すいしんさいかん」じゃなくて「みずしん」と読むんだって。元々は水菓子(果物)屋をやっていて、店主が「新次郎」さんだったからこの屋号となったらしい

ただ、ラーメンも出すようになってからもう、50年以上。町にすっかり定着したお店なんですね。2時を過ぎてもお客がどんどん入って行くのも道理、でした。

いやぁ、初っ端からムチャクチャいい店に巡り会ってしまった。幸運に感謝、です。

ただし気になったのが、来る客来る客「あんかけ焼きそば」を注文していたこと。美味いんだよ、絶対。みんな、分かってるんだよ。ここの名物なんだよ!

だからもう、決めました。緊急事態宣言が解除されたら今度は夜にここに来て、「あんかけ焼きそば」をつまみにビールと洒落込もうっと。最高な筈だよ、絶対。

「水新菜館」の店舗情報

[住所] 東京都台東区浅草橋2-1-1
[電話]03-3861-0577
[営業時間]11時半~15時(LO)、17時半~20時45分(LO)
※新型コロナウイルス感染拡大の影響で現在は20時(LO)まで。営業時間や定休日は異なる場合があります。
[休日]日曜、第2・4土曜
[交通] 地下鉄都営浅草線浅草橋駅A4出口から徒歩約1分、JR総武線浅草橋東口から徒歩約3分

西村健

にしむら・けん。1965年、福岡県福岡市生まれ。6歳から同県大牟田市で育つ。東京大学工学部卒。労働省(現・厚生労働省)に勤務後、フリーライターに。96年に『ビンゴ』で作家デビュー。2021年で作家生活25周年を迎えた。05年『劫火』、10年『残火』で日本冒険小説協会大賞。11年、地元の炭鉱の町・大牟田を舞台にした『地の底のヤマ』で日本冒険小説協会大賞を受賞し、12年には同作で吉川英治文学新人賞。14年には『ヤマの疾風』で大藪春彦賞に輝いた。他の著書に『光陰の刃』『バスを待つ男』『目撃』など。最新刊は、雑誌記者として奔走した自身の経験が生んだ渾身の力作長編『激震』(講談社)。

※写真や情報は当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。必ず事前にご確認の上ご利用ください。

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