村上春樹さんの世界観を体感できる「村上春樹ライブラリー」はこんな場所 蔵書の展示、オーディオルーム、カフェ、そして書斎……「新しい文化の発信基地に」(前編)

作家の村上春樹さんから寄託・寄贈された蔵書やレコードなどの資料を展示し、「村上ワールド」を間近に体感できる「早稲田大学国際文学館」(通称・村上春樹ライブラリー)が2021年10月1日にオープンする。村上作品や国際文学などの研究をはじめ、文化交流の拠点ともなる。国立競技場の設計でも知られる建築家の隈研吾さんが手掛けた館内は木の温もりが感じられ、やわらかな雰囲気が漂う。資料の閲覧だけでなく、村上さんの書斎が再現されたほか、ハイエンドなオーディオでLPレコードを聴くことができ、カフェではコーヒーや料理も味わえる。ジャズ喫茶の店主から世界的な作家となり、膨大なレコードの収集でも有名な村上さんの魅力を五感で楽しめる殿堂だ。

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作家の村上春樹さんから寄託・寄贈された蔵書やレコードなどの資料を展示し、「村上ワールド」を間近に体感できる「早稲田大学国際文学館」(通称・村上春樹ライブラリー)が2021年10月1日にオープンする。村上作品や国際文学などの研究をはじめ、文化交流の拠点ともなる。国立競技場の設計でも知られる建築家の隈研吾さんが手掛けた館内は木の温もりが感じられ、やわらかな雰囲気が漂う。資料の閲覧だけでなく、村上さんの書斎が再現されたほか、ハイエンドなオーディオでLPレコードを聴くことができ、カフェではコーヒーや料理も味わえる。ジャズ喫茶の店主から世界的な作家となり、膨大なレコードの収集でも有名な村上さんの魅力を五感で楽しめる殿堂だ。

学生時代に通っていた演劇博物館に隣接 隈研吾さんが設計、費用をファストリの柳井正会長兼社長が全額寄付

早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)の開館記者会見に出席した村上春樹さん(中央)。右から、建築家の隈研吾さん、ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長、村上さん、早稲田大学の田中愛治総長、早稲田大学国際文学館の十重田裕一館長=9月22日、東京・早稲田大学早稲田キャンパスの国際会議場井深大記念ホール

9月22日、早稲田大学早稲田キャンパスの国際会議場井深大記念ホール。村上春樹ライブラリーの開館記者会見に出席した村上さんは「早稲田大学の新しい文化の発信基地みたいになってくれれば。大学の中での、フレッシュで独特なスポットになってほしい」と、母校に開設された施設について思いを語った。

村上春樹ライブラリーは、東京・西早稲田の早稲田キャンパス内にある。坪内博士記念演劇博物館に隣接する4号館が、隈研吾さんによって改装された。地上5階、地下1階の構成。5階が館長室や事務所で、3~4階は研究エリア、地下1~地上2階が一般に開放されたエリアとなる。入館無料で、今年度は新型コロナウイルス感染対策のため事前予約制。この演劇博物館は、村上さんが学生時代によく通って「古いシナリオを読んでいた」(2018年11月の記者会見より)という縁の深い場所でもある。

東京オリンピック・パラリンピックの開会式や閉会式などが開催された国立競技場をみてもわかるように、隈さんは木材を生かした設計でも知られる。村上春樹ライブラリーの内装には木が多用され、入り口から周囲にも独特の流線形が美しい木と金属のトンネルが配置されている。外観、内観とも温かみのある印象だ

改装の費用約12億円は、ユニクロを展開するファーストリテイリングの柳井正会長兼社長の寄付によって全額賄われた。早大OBでもある柳井さんが、ライブラリーの意義に賛同したという

「早稲田大学国際文学館」(通称・村上春樹ライブラリー)

階段の読書スペース、両壁面が地下1階から地上2階まで高さのある「階段本棚」

階段本棚。ステップに座って読書もできる

記者会見に先立って先週行われた内覧会で、ライブラリーの一般エリアを見学することができた。順を追って紹介していこう。

入り口のトンネルの庇を抜け、館内に足を踏み入れると、地階に続く美しい木の階段が目に入る。地下1階から2階まであるアーチ型の吹き抜けの形状が開放的な雰囲気を醸し出す。まるで外観のトンネルが続いているような感覚にもなる構造。しかも、壁面が両側とも書棚という構成だ

来館者は、まずこの「階段本棚」に出迎えられる。ライブラリーの顔とも言うべき、最も象徴的な空間だ。書棚は階段を下りた両側の壁面にも続いている。約1500冊が現時点で並んでいるという

階段をよく見ると、下に向かって右と左では、ステップの“数”が違う。実際の上り下りは右側で、左は腰を下ろして読書をするスペースとなっている

「階段本棚」は2階まで続いている
2階から入り口方向を見る

ジャズ喫茶「ピーター・キャット」のグランドピアノ

そのまま下りて、右に曲がると、「ラウンジ」だ。テーブルと椅子が配置され、読書も飲食もできるスペース。置かれているヤマハのグランドピアノは、村上さんが早大在学中から都内で経営していたジャズ喫茶「ピーター・キャット」でライブ演奏の際に使われていた実物だ

「ピーター・キャット」で使われていたグランドピアノ

他にも貴重な展示物がある。階段突き当りには、舞台「海辺のカフカ」の2つの舞台美術装置。ひとつは、土星を想起させるネオンサイン、もうひとつは水槽だ。どちらも印象的なシーンで登場するという。

ラウンジの奥に進むと、「カフェ」が現れる。ラウンジ、カフェとも、什器や調度品はこだわりのものばかり。例えば、建築家・デザイナーとして活躍したデンマークの巨匠アルネ・ヤコブセン(1902~71年)による「アントチェア」や、同じくデンマークを代表する家具デザイナーで椅子の巨匠としても知られるハンス・J・ウェグナー(1914~2007年)の椅子など。眺めているだけでくつろいだ気分になれるインテリアが魅力だ

舞台「海辺のカフカ」の舞台美術装置

栗原はるみさん“監修”の「季節野菜のドライカレー」をカフェで

カフェは、早大生らが運営。店名は「オレンジキャット」(橙子猫)だ。村上さんが早大生の時に夫妻でジャズ喫茶「ピーター・キャット」を開業したことをふまえた試みで、同大学としても学生運営の学内喫茶店は初めてとなる。

代表社員の教育学部3年、市原健(けん)さん(21)に、“村上春樹ブレンド”と称したオリジナルブレンドのハンドドリップコーヒーを淹れてもらった。「しっかりとしたコクを感じられる深煎りのコーヒーです。華やかさもあり、複雑な味わいが特徴です」(市原さん)

たしかに、コクがある。舌の奥にしっかりとした苦味が感じられ、同時に酸味も広がる。華やかな香りが鼻に抜けていく。うん、美味しい

学内喫茶店の「オレンジキャット」
“村上春樹ブレンド”。カップ側面に、「橙子猫」と「ORANGE CAT」の文字が見える

カウンターには、トマトをはじめ野菜の彩りが鮮やかなドライカレーがディスプレイされていた。市原さんによると、村上さんの妻と料理研究家の栗原はるみさんらが以前見学に訪れた際、栗原さんから「ドライカレーが作りやすいですよ、季節の野菜を入れて変えていくのもいい」とアドバイスを受けてできたメニューという

栗原はるみさんの助言を受けた作った「季節野菜のドライカレー」

現在の書斎を再現 村上さん寄贈のレコードプレーヤー「DENON DP-3000」も展示

カフェの奥、階段本棚を挟んでラウンジの反対側が「村上さんの書斎」だ。家具などの一部は異なるが、現在の仕事場が再現されている。椅子は書斎と同じ製品で、机の素材やソファ、絨毯は似たものを用意したという。椅子の一部は、やはりウェグナーのものだった。

壁面には、レコード棚が設えられており、村上さんのレコードが今後、順次並べられる。

再現された「村上さんの書斎」

通常は室内に自由には入れないが、内覧会では中の一部を確かめることができた。気になったのが、置かれていたオーディオだ。3種類あって、これも書斎と同じ製品。アンプはマランツ、CDプレーヤーもマランツ製だが、今となっては珍しいMDも再生できる。ランニング時などにMDを愛聴していた村上さんらしいセレクトだ

レコードプレーヤーは、「DENON DP-3000」。これが、一番興味深かった。個人的なことを明かすと、自分もモデルは違うが、40年近く「デンオン」(現在はデノン)のレコードプレーヤーを買い換えながら使い続けている。DP-3000の発売は1972年で、当時の価格は4万3000円。大卒初任給並みの高級品だ。デノンの公式ブログによると、「納品まで何ヶ月もお待たせしたという伝説があるほどの大ヒットを記録」とある。オーディオファンの間で今も語り継がれる銘機の中の銘機だ

銘機「DENON DP-3000」

2階展示室では「建築のなかの文学、文学のなかの建築」

見学の順序に沿って、地下1階から地上2階へ。階段本棚を挟んだ片側が展示室となっており、10月1日の開館日から始まる「建築のなかの文学、文学のなかの建築」(2022年2月4日まで)がすでに用意されていた

ライブラリーの100分の1模型のほか、設計図などが掲示され、「旧4号館」が「村上春樹ライブラリー」にリノベーションされていく過程やコンセプトが、わかる構成だ。

説明文によると、「外部トンネルは当館にとって大切な顔。現在の金属と木を組み合わせた案の前には、金属のみのバージョンも案にあがっていました」という。

2階展示室の「建築のなかの文学、文学のなかの建築」展

隈研吾さんが考える「トンネル」 「村上さんの小説を読み始めると、僕はトンネルの中に吸い込まれていくような感覚を味わう」

設計者の隈さんのコンセプトは、地下1階の本棚に掲示されてあった。「トンネルとしての建築」と題されたメッセージには、次のように記されている。

村上春樹さんの小説によって、どれだけ多くの人が救われたのだろうか。そういう僕も、村上さんの小説で救われた一人である。村上さんの小説を読み始めると、僕はトンネルの中に吸い込まれていくような感覚を味わう。その体験は突然にやってきて、そのトンネルの入り口は、この見慣れた日常の世界の中に、突然にぽかんとあいている。トンネルは、奥へ奥へといざない、最後のページを閉じると、また突然に日常に放り出される。その時の僕は、穴に吸い込まれる前の僕とは全く別の人間になっている。そんなトンネルのような建築を作りたいとずっと考えてきたが、いつも建築がトンネルになれるわけではない。しかし今回は本物のトンネルができた。何しろ春樹さんとの共同作業だからである

この言葉を反芻した後で、トンネルや階段本棚を改めて眺めてみる。それらは、当初と違った色彩を伴って心に迫ってくる。

(後編に続く)

文・撮影/堀晃和

「早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)」の情報

[住所]東京都新宿区西早稲田1-6-1 ※早稲田大学早稲田キャンパス内
[開館時間]10時~17時
※新型コロナウイルス感染対策のため2021年度は事前予約制
※事前予約は同館サイトから https://www.waseda.jp/culture/wihl/
[休館日]原則水曜日 ※最新の開館日程は、同館サイトでご確認ください
[入館料]無料
[交通]JR山手線・西武新宿線高田馬場駅から徒歩20分、地下鉄東西線早稲田駅から徒歩7分、地下鉄副都心線西早稲田駅から徒歩15分

※写真や情報は当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。必ず事前にご確認の上ご利用ください。

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