シャリをマグロに合わせた握り 渋谷区宇田川町『鮨 敦士』/素晴らしきマグロの世界(4)

シャリをマグロに合わせた握り 渋谷区宇田川町『鮨 敦士』/素晴らしきマグロの世界(4)

シャリをマグロに合わせた握り 渋谷区宇田川町『鮨 敦士』/素晴らしきマグロの世界(4)

弊誌『おとなの週末』をはじめ、様々な媒体で活躍中のカメラマン・鵜澤昭彦氏による、美味なるマグロ探訪記。第4回は渋谷区宇田川町にある『鮨 敦士』。マグロに傾倒するあまりシャリの特性もマグロに合わせてしまった寿司職人の遠藤敦士氏。そのマグロ愛に迫るの巻。

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敦士! 君だけのマグロ握りを極めるのだ!

午前8時過ぎ、俺が久しぶりに豊洲市場に顔を出し、生マグロ仲卸の『石司』さんで(勝手に)マグロの勉強をさせていただいていると若社⻑の貴さんから声がかかった。

「鵜澤さんちょっと良いかな?」

いつもウルトラお世話になっている生マグロ仲卸『石司』の大黒柱、貴さんから呼ばれるのは珍しい。

「どうしましたか。貴さん」
「いや、ちょっと紹介したいんだよ(笑)」

「はい?」。俺は緊張した、一体誰を紹介されるのか??

『石司』に通うお客さんは和食界の錚々たるメンツが並ぶ。以前紹介された方もあっという間に星付きのお店になった鮨職人だった。

マグロ愛が強すぎて

「彼、最近自分のお店をオープンさせた遠藤敦士君。今時、なかなかいない見所のある鮨職人なんだよ」

「はじめまして、遠藤敦士です。渋谷宇田川町にカウンターだけのお店を出しました。ぜひ食べに来てください」

貴さんの後ろから「にょろり」と出てきて俺に挨拶をした彼を見て少し驚いた。なかなかの若さなのである。

「わぉ………」。おそらく30歳前後だ。見かけの若さに驚かされたが、カメラマン業界の深い沼に⻑く浸かっている俺は年齢の観念が一般人とは少し違う。

写真業界は基本腕が良ければ年齢は関係ないし、優秀で若い人もたくさん存在する。なので俺は人を年齢で判断することはない。人生をどこまで濃密に過ごしてきたかが大切なのだし、人を惹きつける魅力があることも人間としては大事なポイントだと思う。「まぁ、ちょっと気にしておいてよ」と貴さんは俺に言った。

気にするも何もマグロのプロの貴さんに「気にしておいてくれ」と言わせる敦士! 君はすごいぞ(呼び捨てでごめんなさい)。だが俺は敦士を知らない、敦士お前は何者だ。マグロの探訪を自負する俺が、ここで引き返すわけにはいかない。

“敦士の握り”いただきます。

そして数日後、「本当に旨いマグロの握りを食わしてくれるんだろうな?」、などとぼやきながら俺は渋谷宇田川町のオルガン坂を上り、無国籍通りを少し入ったところにある『鮨 敦士』のドアを叩いた。

『鮨 敦士』

ある晩の偶然は必然だった

話は前後する。

ある晩、四谷の『寿司金』の秋山は親友が営む『焼肉ゆうじ』から出てきたとき、入れ違いに入ってきた若い職人の姿に目が止まった。

『寿司金』といえば四谷荒木町で極上のマグロ握りを出す江戸前のお店として超有名店である。某漫画家の大御所が寿司はこちらの赤身しかいただかなかったのは出版界では有名な話である。遅れて店から出てくる店主のゆうじに秋山は言った。

「ゆうじ、今日もごちそうさま。相変わらずゆうじのところは旨いよな〜!」
「おー。ありがとう秋山」

ひと通り挨拶を交わし秋山はゆうじに聞いた。「あいつ何者?」

「彼か? 彼は、ほら、うちの横のビルの一階。いや違うよ、そっちじゃなくて、左側面に最近できた寿司屋さんの主人でさあ、時々刺身の差し入れをしてくれるんだよ」
「へぇー、俺も寿司職人かな〜て思ったんだよ」
「彼と話しても良い?」
「ど〜ぞ」

秋山は「ちょっと良い?」と声をかけた(以下、秋山:秋、敦士:敦)。

秋:俺、四谷の『寿司金』の秋山だけど。
敦:寿司金の若旦那?
秋:そう、四谷の寿司金。
敦:はぁ、なんでしょうか?
秋:その若さで、店出したんだって?
敦:はい。
秋:説教じみたことを言うようだけど、東京はマグロだよ。マグロに力を入れるんだぜ。
敦:はい、僕もそう思っています、本当に東京では鮨ネタにマグロは大事だと感じています
秋:そう思っているのなら、豊洲仲卸の『石司』さんに行ってみれば。本当に良いマグロが並んでいるから。
敦:はぁ、しかし……しかしですよ、僕も『石司』さんの存在は伺っていますが、『石司』さんに紹介なしで飛び込むのはちょっと相手にされないような……

「あのさぁ」。秋山はぶっきらぼうに言った。
「俺が紹介してあげるよ」

敦:………。
秋:コロナ禍で鮨屋開店って、半端じゃないよな。
敦:……。
秋:何かの縁だよ。話しておくから。
敦:ありがとうございます、今度豊洲に行った時に『石司』さんに伺ってみます。

そこから『石司』と『鮨 敦士』の付き合いが始まった

摩擦がなければ熱は生まれない

引き戶を開けて店の中に入るとカウンターの中で敦士がにっこり笑って俺に言った。

「こんにちは」。

俺は第一印象で「おっ、旨そうな顔して笑ってるな〜」と思った、笑顔は料理に大事だと俺は頑なに思っている。

『鮨 敦士』店主 遠藤敦士さん

さっそく俺は敦士に向かって言った(以下、鵜澤:鵜、敦士:敦)。

鵜:ひと通りいただきたいのだけど、マグロの握りから出していただける?
敦:大丈夫です、任せてください。
鵜:ありがと〜う。

はけで醤油をつける

鵜:ところで敦士くん、俺はカメラマンだから寿司はよく撮影するけど、寿司の記事を書くのは初めてなんだよ。ちょっと反則なんだけど、敦士くんの握りをひと言で表現すると特徴ってなにさぁ。
敦:鵜澤さん、めっちゃ反則ですね!(笑)。味わってから自分で感想を考えるんじゃないんですか!!
鵜:いやぁ、面目ない美味い不味いしかわからないよ、俺。
敦:それでいいですよ、思ったままで。ただ、僕がお伝えしたい言葉は「摩擦がなければ熱は生まれない」ですね。
鵜:おいおい、哲学的になってきたね。
敦:解釈はご自由に。

敦士はやさしい声で言った。

赤身
中トロ
大トロ

俺は沈黙しながら敦士の握ったマグロの握りを口に入れた。途端、赤身、中トロ、大トロが口の中で暴れ出した

「あれ〜旨いよ! 旨い!! 石司さんのマグロ、貴さんの選んだマグロが旨みが強くてやさしい酸味の極上鮨に! 最初は酢がが強く感じられたのに、バクバク」

こりゃいかん! 「申し訳ない、急いで食べてしまってよくわからなくなっちゃったよ。ごめん!! もう一度、赤身、中トロ、大トロちょうだい」

「鵜澤さん、そんなに焦らなくても。落ち着いて食べてください」
「落ち着いてられないよ。赤身のしっとりとした酸味、中トロのさっぱりした脂身、大トロのこってりと濃厚な旨み、どの部位の味もバッチリ受け止めてるじゃないか、このシャリ!

マグロの握り。手前から大トロ、中トロ、赤身

「でも喉は乾くな〜(笑)。強めのブレンドされた酢と塩、米で摩擦を作りマグロを口の中で昇華させている……そんな解釈で良いのかな〜」と俺は言った。

それを聞いて、敦士はただ微笑んで言った。「美味しかったですか?」
「うん」
「それなら良かった」

「まだ食べますか、マグロ」
「おぅ!! こうなったら食べるだけ食べちゃうもんね、マグロ別会計でお願いしま〜す。」
「はいはい」

爽やかな若者の爽やかな鮨だった。

追記

料理の世界では旨い料理を出すのは基本中の基本だが、次に大事なのは客に愛されることだと俺は思う。その点、敦士は間違いなく人に愛される。

良い客との出会いは若い料理人が成⻑する上でとても大切だ。辛辣な意見、同情、哀れみ、賛同、絶賛。逆説的に言えば、客に愛される店は料理も旨いし、 居心地も良い。俺は『鮨 敦士』の握りの中にマグロにかける情熱と若さ、そして爽やかな気迫を感じた

見事な手さばき

「敦士ならやってくれる」。

なにをやってくれるかは秘密だが。願わくはたくさんの上客に支えられる居心地の良いお店になってほしいものだ。

■『鮨 敦士』
[住所]東京都渋谷区宇田川町11-2
[営業時間]17時〜23時
[料金]25000円
[電話]03-6823-4527
[席数]カウンターのみ、6席
[予約可]電話予約のみ(1日1組限定)
[アクセス]JR山手線ほか渋谷駅ハチ公口より徒歩8分

取材・撮影/鵜澤昭彦

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