敦士! 君だけのマグロ握りを極めるのだ!
午前8時過ぎ、俺が久しぶりに豊洲市場に顔を出し、生マグロ仲卸の『石司』さんで(勝手に)マグロの勉強をさせていただいていると若社⻑の貴さんから声がかかった。
「鵜澤さんちょっと良いかな?」
いつもウルトラお世話になっている生マグロ仲卸『石司』の大黒柱、貴さんから呼ばれるのは珍しい。
「どうしましたか。貴さん」
「いや、ちょっと紹介したいんだよ(笑)」
「はい?」。俺は緊張した、一体誰を紹介されるのか??
『石司』に通うお客さんは和食界の錚々たるメンツが並ぶ。以前紹介された方もあっという間に星付きのお店になった鮨職人だった。
マグロ愛が強すぎて
「彼、最近自分のお店をオープンさせた遠藤敦士君。今時、なかなかいない見所のある鮨職人なんだよ」
「はじめまして、遠藤敦士です。渋谷宇田川町にカウンターだけのお店を出しました。ぜひ食べに来てください」
貴さんの後ろから「にょろり」と出てきて俺に挨拶をした彼を見て少し驚いた。なかなかの若さなのである。
「わぉ………」。おそらく30歳前後だ。見かけの若さに驚かされたが、カメラマン業界の深い沼に⻑く浸かっている俺は年齢の観念が一般人とは少し違う。
写真業界は基本腕が良ければ年齢は関係ないし、優秀で若い人もたくさん存在する。なので俺は人を年齢で判断することはない。人生をどこまで濃密に過ごしてきたかが大切なのだし、人を惹きつける魅力があることも人間としては大事なポイントだと思う。「まぁ、ちょっと気にしておいてよ」と貴さんは俺に言った。
気にするも何もマグロのプロの貴さんに「気にしておいてくれ」と言わせる敦士! 君はすごいぞ(呼び捨てでごめんなさい)。だが俺は敦士を知らない、敦士お前は何者だ。マグロの探訪を自負する俺が、ここで引き返すわけにはいかない。
“敦士の握り”いただきます。
そして数日後、「本当に旨いマグロの握りを食わしてくれるんだろうな?」、などとぼやきながら俺は渋谷宇田川町のオルガン坂を上り、無国籍通りを少し入ったところにある『鮨 敦士』のドアを叩いた。