摩擦がなければ熱は生まれない
引き戶を開けて店の中に入るとカウンターの中で敦士がにっこり笑って俺に言った。
「こんにちは」。
俺は第一印象で「おっ、旨そうな顔して笑ってるな〜」と思った、笑顔は料理に大事だと俺は頑なに思っている。
さっそく俺は敦士に向かって言った(以下、鵜澤:鵜、敦士:敦)。
鵜:ひと通りいただきたいのだけど、マグロの握りから出していただける?
敦:大丈夫です、任せてください。
鵜:ありがと〜う。
鵜:ところで敦士くん、俺はカメラマンだから寿司はよく撮影するけど、寿司の記事を書くのは初めてなんだよ。ちょっと反則なんだけど、敦士くんの握りをひと言で表現すると特徴ってなにさぁ。
敦:鵜澤さん、めっちゃ反則ですね!(笑)。味わってから自分で感想を考えるんじゃないんですか!!
鵜:いやぁ、面目ない美味い不味いしかわからないよ、俺。
敦:それでいいですよ、思ったままで。ただ、僕がお伝えしたい言葉は「摩擦がなければ熱は生まれない」ですね。
鵜:おいおい、哲学的になってきたね。
敦:解釈はご自由に。
敦士はやさしい声で言った。
俺は沈黙しながら敦士の握ったマグロの握りを口に入れた。途端、赤身、中トロ、大トロが口の中で暴れ出した。
「あれ〜旨いよ! 旨い!! 石司さんのマグロ、貴さんの選んだマグロが旨みが強くてやさしい酸味の極上鮨に! 最初は酢がが強く感じられたのに、バクバク」
こりゃいかん! 「申し訳ない、急いで食べてしまってよくわからなくなっちゃったよ。ごめん!! もう一度、赤身、中トロ、大トロちょうだい」
「鵜澤さん、そんなに焦らなくても。落ち着いて食べてください」
「落ち着いてられないよ。赤身のしっとりとした酸味、中トロのさっぱりした脂身、大トロのこってりと濃厚な旨み、どの部位の味もバッチリ受け止めてるじゃないか、このシャリ!」
「でも喉は乾くな〜(笑)。強めのブレンドされた酢と塩、米で摩擦を作りマグロを口の中で昇華させている……そんな解釈で良いのかな〜」と俺は言った。
それを聞いて、敦士はただ微笑んで言った。「美味しかったですか?」
「うん」
「それなら良かった」
「まだ食べますか、マグロ」
「おぅ!! こうなったら食べるだけ食べちゃうもんね、マグロ別会計でお願いしま〜す。」
「はいはい」
爽やかな若者の爽やかな鮨だった。