「Guilty」 山下達郎がプロデュース 2曲目はソロ・セカンド作として1988年4月にリリースされた『Radio Days』の「Guilty」。このアルバムでは山下達郎が3曲、プロデュースしている。 山下達郎は当時35…
画像ギャラリー国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、とっておきの秘話を交えて、昭和・平成・令和の「音楽の達人たち」の実像に迫ります。歌手・鈴木雅之の最終回は、例のごとく筆者の私的ベスト3をお届けします。そして、なぜ、“マーティン”こと鈴木雅之は、「愛」を歌い続けるのか。その答えもあわせて、お楽しみください。
「愛」…古き良きブラック・ミュージックのメインテーマ
鈴木雅之~マーティンは、良きシンガーであることを常に念頭に置いている。しかも歌の内容は恋人同士の愛にフォーカスさせている。21世紀に入ってからそこに年代を問わない日本の良い歌の再発見~DISCOVER JAPANが加わった。彼が愛をテーマにし続けるのは、それが古き良きブラック・ミュージックのメインテーマだったからだ。
“本物の黒人にはかなわないかも知れないけど、日本一と言われるソウル・シンガーになりたい”
かつてマーティンはぼくにそう語った。
日本も含めて世界のポップ・ミュージック・シーンでは、今や曲を作って歌う~シンガー・ソングライターが主流だ。自分なら自分好みの自分しかできない曲を作って歌える。そこが1970年代のいわゆるシンガー・ソングライター・ブームと異なる。サウンドが多様化しているのだ。
ヒップホップ、ロック、エレクトリカル・ポップ…。現代はあらゆるミュージシャンがシンガー・ソングライターで、純粋なシンガーは少ない。そこにはあまり語られていない印税の問題もある。ざっくり言うと自分で作詞・作曲に歌唱を行えば、詩・曲・歌唱の印税が派生する。おおかたの場合、歌唱だけだと印税は3分の1になる。だから経済的にも収入面を考えるとシンガー・ソングライターが増えるのも納得できる。
マーティンは曲作りにも優れた才能を持っている。それでも“自分の書いた曲より、自分が良いなと思う曲を優先して歌って行きたい”と常々、語っている。そこにシンガーとしての矜持を感じる。その姿勢こそが幅広いファンを生んでいるのだと思う。
「ランナウェイ」 「月の沙漠」の延長線上に
そんなマーティンのベスト3曲を選ぶのはとても難しい。あえて私的に選んだ1曲目はシャネルズのデビュー・シングルとしてミリオンセラーとなった「ランナウェイ」。作曲はグループ・サウンズ(GS)ブーム時に「ブルー・シャトウ」を作曲し、ブルー・コメッツにレコード大賞をもたらした井上大輔(旧忠夫)だ。
井上さんとはGSブームの終わった1970年代中期にひょんなことで出逢い、可愛がってもらった。ぼくがスーパーバイザーとして関わったトランザムのヒット・アルバム『アジアの風』でも作曲をお願いしたり、井上さんのソロ・ステージの構成を仰せ付かったこともあった。
ある日、井上さんに「ブルー・シャトウ」や「ランナウェイ」のような楽曲をどうしたら生み出せるか訊ねたことがある。井上さんは愛用されていたオベイションのアコースティック・ギターを手に取ると、Amコードから「ブルー・シャトウ」を歌い始めた。そしてメドレー形式で「ランナウェイ」に移り、続いてそれは唱歌の「月の砂漠」となった。どの曲もコード進行が同じだった。
“昔から「月の沙漠」が大好きで、そのコード進行から「ブルー・シャトウ」が生まれた。その延長線に「ランナウェイ」があるんだ”と井上さんは作曲の秘密を教えてくれた。その井上さんもこの世から旅立った。そんな思い出もあって「ランナウェイ」が好きだ。
「Guilty」 山下達郎がプロデュース
2曲目はソロ・セカンド作として1988年4月にリリースされた『Radio Days』の「Guilty」。このアルバムでは山下達郎が3曲、プロデュースしている。
山下達郎は当時35歳。マーティンがシャネルズとしてプロになる以前から支え続けたひとりだ。マーティンは3歳年下の弟という感じなのだろう。同じドゥー・ワップ愛好者でもある。「Guilty」の作詞は竹内まりや。今でも色褪せないバラッドの隠れた名曲と思う。
「幸せな結末」 大滝詠一への愛も込められた名デュエット
3曲目は現在の新作である『DISCOVER JAPAN DX』に収められている松たか子とのデュエット曲「幸せな結末」。大滝詠一のヒット曲だ。
マーティンはデュエットの達人で鈴木聖美、菊池桃子、島谷ひとみ、鈴木愛理、伊原六花などと組んでヒット曲を残している。マーティンは偉大なソウル・シンガー、マーヴィン・ゲイを敬愛している。マーヴィンは1967年のライヴ・ステージでプライベート面でも最愛の女性だったタミー・テレルとデュエットしていた。そのステージ上でタミー・テレルは倒れ、マーヴィンの腕にもたれかかった。病院で脳腫瘍と診断され、その3年後、24歳でこの世を去った。
そのショックでマーヴィン・ゲイはステージからもレコーディングからも長い期間遠ざかった。マーティンがデュエットする時、相手はきっとタミー・テレルのように最愛の人と思い歌っているのだといつも思う。「幸せな結末」は彼の最初期を認め、かつてラッツ&スターの名作『SOUL VACATION』をプロデュースした大滝詠一への愛も込められた名デュエットだ。
日本の武士道のように義理堅く、本物のソウル・ブラザーのように愛を歌う男。それが鈴木雅之だ。
岩田由記夫
1950年、東京生まれ。音楽評論家、オーディオライター、プロデューサー。70年代半ばから講談社の雑誌などで活躍。長く、オーディオ・音楽誌を中心に執筆活動を続け、取材した国内外のアーティストは2000人以上。マドンナ、スティング、キース・リチャーズ、リンゴ・スター、ロバート・プラント、大滝詠一、忌野清志郎、桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、細野晴臣……と、音楽史に名を刻む多くのレジェンドたちと会ってきた。FMラジオの構成や選曲も手掛け、パーソナリティーも担当。プロデューサーとして携わったレコードやCDも数多い。著書に『ぼくが出会った素晴らしきミュージシャンたち』など。 電子書籍『ROCK絶対名曲秘話』を刊行中。東京・大岡山のライブハウス「Goodstock Tokyo(グッドストックトーキョー)」で、貴重なアナログ・レコードをLINN(リン)の約400万円のプレーヤーなどハイエンドのオーディオシステムで聴く『レコードの達人』を偶数月に開催中。