「GT」 横山剣か桑田佳祐ぐらい そんな横山剣~クレイジーケンバンドの極私的3曲を紹介したい。心に残る曲が多いので選曲は難しかった。まずは2002年のアルバム『グランツーリズモ』から「GT」。車ファンなら御存知のようにグ…
画像ギャラリー国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、とっておきの秘話を交えて、昭和・平成・令和の「音楽の達人たち」の実像に迫ります。クレイジーケンバンドのリーダー、横山剣の最終回は、筆者が選ぶベスト3を紹介します。その3曲は、想定内か、予想外か。横山剣が少年時代に出逢った傑作アルバムの挿話とともにお楽しみください。音楽的ルーツに触れるお話です。
『円楽のプレイボーイ講座12章』 ジャケットは、松岡きっこ
横山剣のファンには有名なのが、彼の音楽的ルーツが『円楽のプレイボーイ講座12章』というレコードにあることだ。五代目三遊亭圓楽がプレイボーイについて語ったアルバムだ。バックのサウンドは前田憲男とプレイボーイズ。澤田駿吾、日野元彦などといった一流ジャズ・プレイヤーが参加していた。
ジャケットは当時、人気だった松岡きっこのセクシー・ショット。いわゆる冗談ミュージックなのだが、音楽は1990年代に流行した渋谷系のミュージシャンやそのファンが好んだラウンジ・ミュージックそのものだった。発売は1969年だ。
数年前、ぼくがDJをしていたFM番組に横山剣がゲスト出演してくれた。そのコーナーにはゲストが好きな曲をかけて語るパートがあった。横山剣は『円楽のプレイボーイ講座12章』から選曲した。
“まだ10歳くらいの頃、露天商のアルバイトをしてこのアルバムを知ったんです。売れ残ったレコードの1枚として貰ったんだけどジャケットはボロボロだしレコードも傷だらけで聴けませんでした。それからすぐに離れて暮らしていた父の処に遊びに行ったらこのレコードが綺麗に保存されてあったんです。ジャケットを見て、まだできる歳じゃなかったのに下半身が疼いたりして。何かいけないものを見ちゃった気がしましたね。で、恐る恐るレコードをかけたら、それはもう、ものすごくカッコいい音楽でぶっ飛びました。このレコードに出逢わなかったら、ミュージシャンになってたか分かりませんね”
ジャズ、ソウル・ミュージック、そして歌謡曲から吸収した日本的情感
その出逢いの後、横山剣は音楽を吸収してゆく。クールスRCでジェームス藤木に出逢ったことも、その音楽性にプラスした。横山剣~クレイジーケンバンドの根底にあるのは、サウンド的にはジャズ、ソウル・ミュージック、そして歌謡曲から吸収した日本的情感だ。その世界はユーモア、喜怒哀楽、庶民感情、人生を笑い飛ばして生きるという意味での遊び人的感性に支えられている。
さらに音楽全体には汎アジア的なイメージも加えられる。また彼が愛して住み続ける、横浜という街が持つ独特なムードも時として顔を見せる。ただ、それも港町、エキゾチックな魅力などといった表向きに多くの人が感じる顔でなく、そこに暮らす精神的マイノリティな人々にスポットを当てる場合が多い。
「GT」 横山剣か桑田佳祐ぐらい
そんな横山剣~クレイジーケンバンドの極私的3曲を紹介したい。心に残る曲が多いので選曲は難しかった。まずは2002年のアルバム『グランツーリズモ』から「GT」。車ファンなら御存知のようにグランツーリズモはGTとなる。ここには彼の冗談センスの素晴らしさがある。“三浦半島、ガールハント大成功”とか“南房総、恋の暴走、大盛況”なんて歌詞を作れるのは、ぼくが知る限りでは横山剣か桑田佳祐ぐらいと思う。横山剣も『グランツーリズモ』は、クレイジーケンバンドの作品群の中でも良く出来た1枚と語っていた。
「Tampopo」 コンテナで横浜を描き出す
2曲目は2019年のアルバム『PACIFIC』の「Tampopo」だ。このアルバムは横山剣ならではの横浜を語ったアルバムだ。貿易の地には欠かせないコンテナで横浜を描き出す。そこには都市の裏側~ダークサイドが見える。もの悲しい風景なのに単なるセンチメンタルやロマンティックに落とし込まない作詞のスキルとセンスが素晴らしい。“感謝は石に刻み、恨みは河に流す”という詞は名言だ。
「よこはま・たそがれ」 横山剣の“ヨコハマ愛”を感じさせる
3曲目は2021年の『好きなんだよ』から「よこはま・たそがれ」。山口洋子作詞、平尾昌晃作曲の五木ひろし、1971年のヒット曲だ。『好きなんだよ』は、クレイジーケンバンドにとって初のカヴァー・アルバムだ。横山剣を育んだ日本の名曲を、時には原曲に忠実なバンド・アレンジ、曲によってはクレイジーケンバンドのサウンドに寄せて聴かせる。どの曲も彼の歌唱力がある高みに達していることを教えてくれる。この「よこはま・たそがれ」や横山剣の尊敬する横浜の大先輩柳ジョージの「雨に泣いてる」辺りを選曲していることにも“ヨコハマ愛”を感じさせる。
この『好きなんだよ』もそうだが、クレイジーケンバンドのアルバムは再生音が良い。多くのJ-POPにありがちな情緒に欠ける、やたら音圧の高い作品といつも一線を画している。これは昨年秋ごろ逢った時に教えてくれたのだが、“デジタルで録音してもミックスダウンしたものは、アナログ・テープに一旦移すんです。そうしてからマスター音源を作ってるんですね”という点だ。
CDはデジタル音源なので、デジタル・マスターをそのままCD化した方が一見、良さそうに思う人も多いだろう。だが、不思議なことに一度アナログ・テープをくぐらせることによって、音に何とも言えない暖か味が生まれることは、大御所と呼ばれるエンジニアも認めている。
“自己満足かも知れないけど、アルバムを買ってくれるのはお客様。売り物は音楽。ならば少しでも気を遣った良い物をお届けしたいんです”
そう横山剣は語っていた。彼のユーモア・センスの奥には強烈なプロ根性が輝いているのだ。
岩田由記夫
1950年、東京生まれ。音楽評論家、オーディオライター、プロデューサー。70年代半ばから講談社の雑誌などで活躍。長く、オーディオ・音楽誌を中心に執筆活動を続け、取材した国内外のアーティストは2000人以上。マドンナ、スティング、キース・リチャーズ、リンゴ・スター、ロバート・プラント、大滝詠一、忌野清志郎、桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、細野晴臣……と、音楽史に名を刻む多くのレジェンドたちと会ってきた。FMラジオの構成や選曲も手掛け、パーソナリティーも担当。プロデューサーとして携わったレコードやCDも数多い。著書に『ぼくが出会った素晴らしきミュージシャンたち』など。 電子書籍『ROCK絶対名曲秘話』を刊行中。東京・大岡山のライブハウス「Goodstock Tokyo(グッドストックトーキョー)」で、貴重なアナログ・レコードをLINN(リン)の約400万円のプレーヤーなどハイエンドのオーディオシステムで聴く『レコードの達人』を偶数月に開催中。