そもそも電気刺激とは?VRの研究分野でも注目 佐藤さんによると、電気刺激を提示した際に味を感じる「電気味覚」は、実は200年以上前に発見されて研究が進んでいます。 電気味覚計という味覚検査機器として医療応用されていました…
画像ギャラリー年齢が上がるにつれて気になるのが「塩分」。摂り過ぎることで高血圧など生活習慣病のリスクにつながります。とはいえ、美味しいものは食べたい……。そんな想いに応えるかのように大手ビールメーカーの「キリンホールディングス(HD)」から気になる発表がありました。
「世界初※1!電気刺激の活用で塩味が約1.5倍に増強される効果を確認」
※1 減塩の食生活を送る方々に対して、電気味覚での塩味増強効果を確認した研究として世界初/キリン調べ(2022年3月1日(火)時点の公開情報に基づく)
電気刺激の活用で減塩…いったいどういう技術なのか?新たな減塩の手段として定着するのでしょうか?ごく微弱な電気…とありますが本当にしびれないのでしょうか?……などなど、興味は尽きません。キリンHDのヘルスサイエンス事業部 新規事業グループの佐藤愛さんにお話を聞きました。
2019年からキリンと明大が減塩する人を対象に研究開始
2019年からキリンと明治大学の総合数理学部先端メディアサイエンス学科の宮下芳明研究室は、減塩の食生活を送る人たちを対象に研究を進めてきました。
その内容は人体に影響しないごく微弱な電気を用いて、塩味の基となる塩化ナトリウムやうま味の基となるグルタミン酸ナトリウムなどが持つイオンの働きを調整し、疑似的に食品の味を濃くしたり薄くしたりすることで味の感じ方を変化させる、というものです。
その中で開発した箸型デバイス(減塩食品の味わいを増強させる電気刺激波形と箸型デバイス)を用いると、減塩食を食べたときに感じる塩味が1.5倍程度に増強されることを世界で初めて確認しています。
一番おいしかった食品は何? 塩味以外もコントロール可能?
おと週編集部的に気になるのが研究チーム、研究対象者の方々がこのデバイスを使い、何を食べたときに一番効果(おいしさ)を感じたのか?佐藤さんによると試食した数は約1200種類といいます。
「研究対象者の方々の中で評価が高かったのは、お味噌汁やラーメンのスープでした。これらは、減塩を開始する際、食べることを控えるよう指導されることが多いです。このデバイスを使うことで、身体に負担のかからない塩分濃度で、おいしく食べることを可能にしたいと考えています」(佐藤さん)
塩分だけでなく砂糖も摂りすぎが課題になっていますが、塩分のように少量の砂糖ですごく甘く感じさせることはできるのでしょうか、また、塩味以外の味(酸味、甘み、苦みなど)のコントロールは可能なのでしょうか。「本技術で味の濃淡がコントロールできるのは、塩味、うま味、酸味です。電気によって+-(プラスマイナス)の性質を持つイオン性成分の動きをコントロールしています」(佐藤さん)
砂糖はイオン性成分でないため、甘味のコントロールは難しいそうですが、スイカやお菓子に少量の塩を加えると甘味が引き立つように、塩味をコントロールすることで甘味を含め全体の風味が上がる効果があるといいます。
この箸型デバイスについて商品化の予定について聞くと「現在、プロトタイプ機の開発を進めています。早くお客様にお届けしたいと考えて様々な検証を行っており、箸形以外のカトラリーも含め、23~24年には事業を開始することを目指しています。まずは限定的に通販での販売を検討しておりますが、将来的には広く店舗での販売も行っていきたいと考えております」(佐藤さん)との回答がありました。未来の食卓はもうすぐそこまでやってきています。
刺激は微弱、もちろん痺れません
微弱とはいえ、電気刺激を与えるデバイスを口に入れるのは少々ためらいがあります。実際に食したときビリビリと感じたり、痛みが出ることは無いのでしょうか?
「流す電流値が高いと、人はビリビリとした刺激を感じてしまいます。ビリビリとした刺激や痛みがあると、食事シーンで使用することは難しいため、微弱な電流で刺激や痛みなく高い効果が得られるような方法を開発しました」(佐藤さん)。回答を改めてもらうとホッとします。
そもそも電気刺激とは?VRの研究分野でも注目
佐藤さんによると、電気刺激を提示した際に味を感じる「電気味覚」は、実は200年以上前に発見されて研究が進んでいます。
電気味覚計という味覚検査機器として医療応用されていましたが、近年では食事シーンでの味覚提示技術としてVR(バーチャルリアリティ)の研究分野でも注目され、国内外の大学を中心とする研究機関で研究されるようになってきました。
健康課題や環境課題を解決するフードテック
近年、食まわりで発生する環境や健康課題を解決すべくフードテック(食×テクノロジー)分野の進歩が著しいです。
植物由来の代替肉の登場もその一つ。家畜を食肉にするまでのプロセスは飼料を育てるだけでなく、その飼料を育てるために森林を伐採したり、水も大量に要します。家畜由来の肉の場合、私たちのもとに届けられるまで多くのエネルギーが使われているため、そのような環境負荷を減らそうというのが大きなねらいです。
味も「本物の肉」との違いが分からないレベルに届いている商品も多く、大手ファストフードチェーンや食品メーカーの商品数も増えています。
また、環境課題だけでなく、植物性たんぱく質を摂取できるという健康栄養面のメリットからも、新たなスタンダードになりつつあります。今回発表された箸形デバイスも、そう遠くない未来に減塩のスタンダードとなるのかもしれません。
厚生労働省が発表する国民健康・栄養調査(令和元年)によると、食塩摂取量は男女の平均値で1日あたり10.1g(男性10.9g、女性9.3g)です。
摂取量はここ10年間で減少傾向にあるものの、WHO(世界保健機関)が摂取目標に掲げる5gにはまだまだ遠いのが現状です。来年、不惑を迎える私も普段の食生活でできる範囲で減塩を意識しながら、箸型デバイスの登場を待ちたいと思います。
文/山本孟毅、写真提供/キリンホールディングス
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