過去3回にわたり、高級化粧品会社『アルビオン』代表取締役社長の小林章一さんが異業種である飲食業界のプロフェッショナルたちと共振しあいながら言葉を交わし合ってきた本企画。その第4回目となる今回は、フランス料理界の重鎮でもあ…
画像ギャラリー過去3回にわたり、高級化粧品会社『アルビオン』代表取締役社長の小林章一さんが異業種である飲食業界のプロフェッショナルたちと共振しあいながら言葉を交わし合ってきた本企画。その第4回目となる今回は、フランス料理界の重鎮でもあり常にトップランナーであり続ける『ル・マンジュ・トゥー』の谷 昇シェフを迎え、“一流”の仕事について、熱く語っていただきました。
『ル・マンジュ・トゥー』オーナーシェフ 谷 昇さん
「道を究めて”クレイジー”になることもプロフェッショナルには大事なんです」
『アルビオン』代表取締役社長小林章一さん
「企業はトップ次第。会社のトップは文化を作り、実践し、伝承させる人です」
五感をフルに刺激されたフランス経験から学ぶ
出会うべくして出会ったふたり、なのかもしれない。何せ意外なほどに共通する話題が多い。ひとつには、どちらも若い頃にフランスで暮らした経験があるからだろう。目で、耳で、心で、そして食を通じて学んだ現地の文化と歴史への理解が、各々の活動に大きな影響を与えているのは間違いない。そのふたりとは、日本のフレンチ界を牽引するストイックな重鎮、谷 昇さんと、ラジオ番組のパーソナリティーまでこなす高級化粧品会社の社長、小林章一さん。業界のプロフェッショナルが本音と本音で交われば……どんな〝化学反応〟が起きるのか。
小林さん(以下、小)「私は1988年から3年間、会社の国際事業を任されてパリに住んでいました。三つ星の高級レストランからカジュアルな店までいろいろ食べ歩きましたよ。初めて食べたフォアグラのソテーに”これは何だ!”と衝撃を受けたり(笑)、ホロホロ鳥を初めて美味しいと感じたのもフランスです」
谷さん(以下、谷)「僕が最初に渡仏したのは三つ星レストランの黄金期だった70年代。2回目は89年からだから、ちょうど同じ時代の空気を吸っていたことになりますね。フランスは人々の意識も含めて日本と全く違う。働く時もそう。あるプロヴァンスの三つ星シェフが仕事の合間に真っ赤なハーレムパンツで出掛けていて、何かと思えば自分のヨットを操縦しに行くんです(笑)。師弟制度も時間の使い方も、その在りようが全部違う」
小「待ち合わせに何時間も遅れて来たり、約束はあってないようなもので(笑)、本当に面白い国ですよね。そういえば現地で仕事をご一緒したデザイナーのソニア・リキエルさんが話してくれた印象的な言葉があるんです。彼女のテーマカラーは黒ですが、例えば違うブランドの同じ黒い服でも、着ている人じゃなくてブランドそのものが歩いていると感じる黒もある。でも彼女は『私の黒は”小林章一の黒”。つまり人間性を表現するのが私の洋服なの』と。そして、こうも言った。『下品と上品があるなら、下品も突き詰めると上品になる』。なるほど、そういう考え方で仕事をしているのか、1本筋を通すとはこういうことかと、彼女から多くのことを学びました」
谷「そう言い切れるのは、自分を一回落とし込めているからなんですよね。ある意味、プロフェッショナルとは”クレイジー”になることが大事だと思います」
小「経営のトップも同じ。いい意味でそうでなければならない。日本と違うなあと私が思うのは、フランスでは『個性が強いね』が最高の誉め言葉だったりしますよね。日本人は人と違うことをやりたくないのか、やりにくいのか。これって勿体ないと思いませんか。会社も一緒で、何かが流行れば真似する商品が次々と出て、同じような店が向かい合ったり、隣合ったり(笑)。どんぐりの背比べの消耗戦です。流行を追いかけると本質からズレてしまいますが、とはいえ流行の空気を感じて”吸う”ことは大事。その上で、その会社やその人にしかない個性だったり、文化だったりを、もっと出していくべきだし、認め合う社会であるべきです」
日本の古き良き文化を大事にする心が根底にある
谷「まさにその通り。実は以前、サステナブル(持続可能な社会)について『関心がない』と発言して叩かれまして(笑)。説明責任を果たさなかった自分も悪いのですが、要は昭和27年生まれの僕は厳しい元軍人の父の下で育った生活そのものがサステナブルで、SDGs(持続可能な開発目標)なんですよね。あえて語らなくても、祖母に教わった”勿体ない”精神がすべて。小学生の時は小児麻痺(脳性麻痺)で足の不自由な同級生がいましたが、誰も揶揄しないし、いじめでもしたら許さない僕みたいな番長がいる(笑)。だけど水泳の時間は腕だけで泳ぐ彼に誰もかなわない。そういうことを僕らの世代は実体験している訳です」
小「サステナブルもSDGsも日本文化そのものなんですよね。相手への思いやり、気遣い、関わった人を幸せにする努力など、昔から日本人がやっていたこと。私たちの会社は秋田県の白神山地の麓に化粧品の原料となる植物の畑と自社の研究所を持っていますが、関わっているからには秋田県に貢献したいし、秋田の皆様を笑顔にしたいと常に思っています。それもSDGsではないでしょうか。中・長期でモノや人を育てるという考え方も日本の良さです。今すぐ儲ける、今すぐ売れる、なんてことはあり得ない。もちろんただ時間をかければいいということではないですよ。でも今は経営者が株価や利益を気にし過ぎ。売り上げは大事ですが、数字が目標になった瞬間に会社って変わってしまうんです」
谷「小林社長の経営者としての姿勢や人としての在りようを伺うとホッとします。僕は食を仕事にしていますが、食べることがいかに大切か、子供の頃から身にしみてわかっていました。祖母は絹問屋の娘でしたが、戦後の赤貧時代、お百姓さんに着物を持っていっても米と換えてくれなかった。人間は食べなければ生きていけない。僕らは生きる上で必要不可欠な仕事をしている訳で、そこには生と死が常に背中合わせ。それを認識して仕事をしろと、スタッフには言っています」
小「私は新入社員に『夢を持て』とよく話すんです。そしてその夢を『肩書きやお金にするなよ』と伝えます。こんな人間になりたい、こういう仕事がしたいでいい。夢とは内容だと思うので」
谷「そもそも、何をもって夢とするのか、尋ねても答えられない人が多いですよね。それは、志です。自分の意志力。それともうひとつ大切なのは、人を裏切らないこと、義です。夢=志+義」
小「義か、いいですね。そう、何を大事にして何をやりたいのか。企業はトップ次第です。トップは会社の文化を作る人であり、実践する人であり、伝承させる人。売り上げを目標とするのか、それともお客様の満足を追いかけるのか。私はお客様を満足させることで、結果的に売り上げが付いてくるものだと思っています。その思いを社員に理解してもらうため、何百回も何千回も、角度を変えて説明するのもまた経営者の役目です。そういう文化が何十年後も伝承できていれば、会社は生き残ると思います」
谷「レストランの仕事も同じで、お客様が楽しんでナンボなんです。料理は続けていればうまくなる。じゃあ何が必要かって、人です。調理師学校で教えていた時も生徒にこう言っていました。厨房で一番仕事ができるのは誰か? シェフだろ? そのシェフがすっ転ぶからサーカスと同じで笑ってくれる。それぐらいカッコ良くなれ、つまり、カッコつけるなということです。カッコつける術をわかっているやつが滑るから面白い。それがレストランの仕事。ただし芸はするな、やるべきことを踏まえた上で、軸足だけは動かすなと。両足をしっかり地に付けていると倒されますが、片方軸で動くとどういう風にでも対応できる。また僕は料理というものは背景にある歴史を検証しておかなければとも思っています。歴史観や国のしきたりを理解することはトップとしても必要ではないでしょうか」
小「わかります。そして、自分の小ささを知ることも大事です。実はタップダンスが趣味なのですが、これがまた全然うまくならない。会社では王様ですが(笑)、タップダンサーとしては才能がないなあとレッスンの度に落ち込むんです。そんなダメなところも知ることです」
谷「今日言いたかった結論を言われてしまったな(笑)。僕らの業界でも、フランス料理だからどうだこうだと、のたまうのは小さい。食べるという行為がどれだけ素晴らしいかの認識の上に立つと、物事の考え方も変わります」
小「それにしても、谷さんの料理は他にないですよね。先日食事した時も、これほど鮮烈に記憶に残る味は久しぶりでした。食べるのは一瞬ですが、準備には何時間もかかる。これってすごいことです」
谷「仕込みという言葉が大好きです」
小「私たちも商品を作る時、ひとつの品に少なくとも30~40個、多い時は100個以上サンプルを出し、完成度を上げるために何回も作り直すんです。それが会社の力の源泉。仕込みに近いですね」
谷「失敗から再度挑戦して何を学ぶかが大事です。それを学べない人は自分の仕事に対しての論理性が持てない。目指す商品の理想が頭の中にあるとして、その完成形を実現させるまでの”間”を埋めていく作業は料理の仕込みと同じですね」
小「例えば肌の保湿と引き締めは両立しないといわれていましたが、企画する方はやりたい訳です。常識では考えられないことだから作る側は大変ですよね。でもそれを実現させたのが、発売から48年続く定番のロングセラー化粧品『薬用スキンコンディショナー エッセンシャルN』です。谷さん、48年ですよ!」
谷「そうやって社長が何のてらいもなく僕に言えることが、社員の方々にとって誇りではないでしょうか。人にできないことをやるのがプロフェッショナルです。ただしそこで勘違いしてほしくないのは、仕事は”仕える事”と書きますよね。現場でも言うのは『俺に仕えてるから仕事ができないんだ。自分に仕えろ』ということ。一方、働くという言葉は”傍(はた)を楽(らく)にさせる”こと。仕事だけでも、働くだけでもない。自分の体幹がどこにあるのかを知ることです」
小「結局、最後は納得感ではないでしょうか。死ぬ前に人生が〇だったか×だったか答えを出すのは自分自身です。自分の人生を評価するのは他人じゃない。自分が納得したかどうかがすべてです。そのために仕事をしていると言っていい」
谷「まさにそうですよね。僕は死ぬ時に家族に言う言葉を決めているんです。それは、『生まれてきて良かった。楽しかった、ありがとう』ということ。そういう目線で物事を考えると、社会のさまざまな問題にも答えが出るはずです」
小「一流とは人間性。自分に置き換えて考えられるか。だからこそ毎日を一生懸命大事に生きなければならないですよね」
谷「それこそが『アルビオン』の仕込みであり、『ル・マンジュ・トゥー』の仕込みである。そして、自分自身の人生の仕込みなのだと、僕は思います」
ル・マンジュ・トゥー
[住所]東京都新宿区納戸町22
[電話]03-3268-5911
[営業時間]18時~22時※完全予約制
[休日]日・月
[交通]都営大江戸線牛込神楽坂駅A1出口から徒歩7分
撮影/鵜澤昭彦、取材/肥田木奈々
※2022年6月号発売時点の情報です。
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