音楽の達人“秘話”

「人間って儚い…」22歳の中森明菜がつぶやいた言葉の意味 音楽の達人“秘話”・中森明菜(2)

歌っている時以外はまったく無防備な人 「飾りじゃないのよ涙は」の時分に比べてセールスはやや落ちていたとはいえ、このインタビューもようやく実現したほどに彼女はまだまだスーパーアイドルだった。 何故、彼女はインタビューの冒頭…

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国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、とっておきの秘話を交えて、昭和・平成・令和の「音楽の達人たち」の実像に迫ります。歌手・中森明菜の第2回は、筆者が2回目に逢った時のインタビューでつぶやいた一言に焦点を当てます。「人間って儚い…」。「儚」という文字は「人」の「夢」と書きますが、その言葉にどんな想いを重ねたのでしょうか……。

「明」の松田聖子、「暗」の中森明菜

今でもそうかも知れないが、誰もがアイドルに恋する時代があった。アイドルという言葉が一般的になったのは昭和の時代、1970年代かと思う。1960年代にも弘田三枝子などアイドル人気を得たシンガーはいたが、あえてアイドルと呼ぶメディアは少なかった。元祖三人娘と呼ばれる美空ひばり、雪村いづみ、江利チエミはアイドルの元祖だろうが、彼女たちが若い時はアイドルとは呼ばれなかった。

アイドルという言葉が一般的になったのは、1970年代、新三人娘と呼ばれた南沙織、小柳ルミ子、天地真理が活躍した頃からで、山口百恵、桜田淳子の登場でひとつのピークを迎える。歌唱力よりもルックス重視、可愛らしさが人気の要となった。

中森明菜と松田聖子は1980年代を代表するアイドルと思う。そして、どちらも歌がそう上手くないアイドルを凌駕する歌唱力を持っていた。ぼくは松田聖子に1回、中森明菜に2回インタビューをしているが、彼女たちの世間的なイメージである明の松田聖子、暗の中森明菜というのはそう間違っていないと思う。

10代でデビューするアイドルの人気は短い。中森明菜も1984年の「飾りじゃないのよ涙は」、1986年の「DESIRE-情熱-」あたりをピークにやや人気に翳りが見え始める。竹内まりや、小室哲哉という人気ミュージシャンに曲を依頼したが、全盛期ほどのセールスとはならなかった。

東京・半蔵門のスタジオの窓の外を見ながら

ぼくが1984年に次いで中森明菜と逢ったのは1988年の春だった。ぼくはその頃、FM東京初の深夜の生番組「キャプテン・ミッドナイト・ショー」のDJを務めていた。自分の番組のゲストに来てもらったのだが、多忙な人なので生ゲストでなく、中森明菜のゲスト・パートだけは録音となった。

東京は半蔵門、皇居のお堀端に建つFM東京のビル。そこにあるスタジオからは自然あふれる皇居が望めた。時刻は夕暮れ時、空はまだ明るさを幾分か残し、ターナーの絵のように幻想的な色あいを見せていた。対談のムードを出そうとスタッフがスタジオの証明を消してくれていたのを覚えている。

当時の彼女は22歳。10代の時に逢った印象の少女らしさは消えて大人の女性になっていた。スタジオの外は闇が支配しつつあったが、かすかに残光があった。再会の挨拶を交わした後、薄暗いスタジオの窓から外を見ながら彼女はポツンと言った。

“人間って儚いですよね”

ぼくは何故若い彼女がそんなことを思うのか訊ねた。“時々、ぼんやりそう思うんです”

歌っている時もそんなことを思うのかぼくは訊ねた。“それが歌ってる時は、何も考えていないんですね。ただ本当に一生懸命に歌っていたなあって、あとで思います”

中森明菜のアルバムの数々

歌っている時以外はまったく無防備な人

「飾りじゃないのよ涙は」の時分に比べてセールスはやや落ちていたとはいえ、このインタビューもようやく実現したほどに彼女はまだまだスーパーアイドルだった。

何故、彼女はインタビューの冒頭で、まだ22歳の若さなのに“人間って儚いですよね”などと言ったのだろう。インタビュー慣れしたアイドルが場を盛り上げるための演出の言葉だったのだろうか?それとも窓の外、夕闇に支配された空が言わせた本音だったのだろうか?後々、随分と考えた。

このインタビューの翌年、彼女に幾多のスキャンダルが襲う。自殺未遂、恋人との別れ…。そんなことを彼女は予想していたのではないかと今は思う。あの言葉は彼女の本音であったのだと。

10代のインタビュー、20代のインタビューを通じて伝わって来たのは、彼女は歌の仕事をしている時、歌っている時以外はまったく無防備な人だということだ。数々のスキャンダルに襲われてしまうのは、その天真爛漫ともいえる無防備さ故ではないだろうか?

歌という実存的な行為に生きている時以外は、ニヒリストとも呼べる生き方をしていた。それが若き日の中森明菜であり、日常をニヒルに生きていたからこそ、歌うという実存的行為の中で光り輝けたのではないだろうか。

1989年の伝説ライヴを収めたCD『AKINA EAST LIVE INDEX-XXIII』(左上)など中森明菜のアルバムの数々

岩田由記夫
1950年、東京生まれ。音楽評論家、オーディオライター、プロデューサー。70年代半ばから講談社の雑誌などで活躍。長く、オーディオ・音楽誌を中心に執筆活動を続け、取材した国内外のアーティストは2000人以上。マドンナ、スティング、キース・リチャーズ、リンゴ・スター、ロバート・プラント、大滝詠一、忌野清志郎、桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、細野晴臣……と、音楽史に名を刻む多くのレジェンドたちと会ってきた。FMラジオの構成や選曲も手掛け、パーソナリティーも担当。プロデューサーとして携わったレコードやCDも数多い。著書に『ぼくが出会った素晴らしきミュージシャンたち』など。 電子書籍『ROCK絶対名曲秘話』を刊行中。東京・大岡山のライブハウス「Goodstock Tokyo(グッドストックトーキョー)」で、貴重なアナログ・レコードをLINN(リン)の約400万円のプレーヤーなどハイエンドのオーディオシステムで聴く『レコードの達人』を偶数月に開催中。最新刊は『岩田由記夫のRock & Pop オーディオ入門 音楽とオーディオの新発見(ONTOMO MOOK)』(音楽之友社・1980円)

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