国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、とっておきの秘話を交えて、昭和・平成・令和の「音楽の達人たち」の実像に迫ります。中島みゆきの第4回は、歌詞の世界に触れます。筆者は、難解な…
画像ギャラリー国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、とっておきの秘話を交えて、昭和・平成・令和の「音楽の達人たち」の実像に迫ります。中島みゆきの第4回は、歌詞の世界に触れます。筆者は、難解な言葉が中島みゆきの書く歌詞に含まれていることに注目します。確かに、新曲「倶(とも)に」の「倶」もあまり使われない漢字です。「なぜ難しい言葉を使うのか」。そんな素朴な疑問をストレートに質問したところ……。
自分の思いがどう伝わるか
中島みゆきはその詞の中で使用する言葉にものすごく気を使っている。詞を書く時に、どうすれば売れる詞になるかと考えているのでなく、どうすれば自分の思いが伝わるかを深く考えて言葉を紡いでいるのだ。そのためにはあえて一般的には知られていない言葉を使うこともいとわない。時には分からなかったら辞書を引いてといわんばかりの難解な言葉も歌詞にする。中島みゆきのコアなファンの方なら、一度ならずとも、歌詞の中の単語を辞書で調べたことがあると思う。
2022年12月現在の最新シングル「倶に」の“倶”も、そういう難解な漢字のひとつだろう。“共に”でなく、あえて“倶に”にしたのは、きっと意味があるはずなのだ。“共に”は一緒に、または同時に行動するという意味だ。“倶に”にも同じ意味あいはあるが、連れ立つという意味あいが、“共に”より強い。中島みゆきは、聴いてくれるファンと共に“連れ立ちたかった”のだ。
その思いは「倶に」の中のサビの部分、“倶に走りだそう、倶に走り継ごう”から強く伝わる。一緒に走り出そう~共にでなく、連れ立って走り出そうというのが、中島みゆきのこの曲に込めた思いなのだ。何となく一緒に走り出そうでなく、もっと強い意味あい~連れ立って走りだそうなのだ。何だ、そんな難しいことを言わなくても“共に”でいいじゃないかと片付ける方は、中島みゆきを深く理解できないだろう。
「柳絮」という言葉
1992年に発表したアルバム『EAST ASIA』のタイトル曲「EAST ASIA」では“柳絮(りゅうじょ)”という言葉を使っている。多分、多くの人はその意味を知らない言葉だと思う。春、柳の実が、綿のように飛び散ることを指す。綿ぼこりにしても良さそうなのに、何でこんなに難しい言葉を使ったのか、中島みゆきにある時のインタビューで訊ねたことがある。
“私の中に言霊が降りてきたのよ。だから柳絮を使ったの。中国辺りでは実際、柳絮が多いらしいけど、私も昔、北海道でそれらしきものを見たことがあって、覚えていたのよ”と語っていた。
中島みゆきというシンガー・ソングライターは、別にわざと難しい言葉を使おうと辞書を首っ引きしているのではない。彼女の心の中の“言葉の引き出し”には、きっと普通の人の何千倍もの言葉が収められていて、そこから自然と言葉が湧き出してくる、それを言霊が降りてくると表現しているのだろう。
柳絮というような言葉を曲の中で、さらっと使って、ヒットとなる万人向けの歌を作れる。それが中島みゆきの偉大な才能のひとつなのだ。普段からいかに中島みゆきが言葉を磨いているかも伝わる。
昭和の三大女性シンガー・ソングライター
ぼく個人としては、中島みゆき、松任谷由実、竹内まりやが、そのトータル・セールスからいっても、昭和の三大女性シンガー・ソングライターだと思っている。3人には、もちろん、それぞれの個性がある。ぼくは3人とも好きで聴く。でもユーミンは好きだけど中島みゆきは苦手。あるいは竹内まりやだけが好きなど音楽ファンもそれぞれだろう。
ぼくは彼女たちに何度もインタビューしてきた。音楽の話がもちろん中心なのだが、この人の生活背景~私生活はどんなもんだろう?どういう生活から素晴らしい曲が生まれたのだろう?いわゆる芸能リポーター的興味ではなく、あくまでも楽曲の背景を知りたくて、時に私生活に踏み込んだ質問もしたことがあった。
ユーミンと竹内まりやはそういった質問に対して、ごくオープンに答えてくれた。中島みゆきには、どこかそういった質問をさせないところがある。あるいは、そういう質問をさっと躱(かわ)してしまうのだ。それはきっと、中島みゆきというミュージシャンの特性なのだ。“恋愛関係”を主に楽曲の背景に置いているユーミンと竹内まりやは、その背景のひとつの元となっている私生活も語ってくれる。だが、中島みゆきは元となる私生活をヒントにした曲が少ない。だからインタビュワーにあまり私生活を語らないのだろう。
例えば、ユーミンは松任谷正隆、竹内まりやは山下達郎という私生活でのパートナーについても語ってくれる。けれども中島みゆきには、そういった質問をどこかしにくい雰囲気があるのだ。そんな彼女が、少しだけだが私生活を語ってくれたことがあった。それを次回は紹介してみたい。
岩田由記夫
1950年、東京生まれ。音楽評論家、オーディオライター、プロデューサー。70年代半ばから講談社の雑誌などで活躍。長く、オーディオ・音楽誌を中心に執筆活動を続け、取材した国内外のアーティストは2000人以上。マドンナ、スティング、キース・リチャーズ、リンゴ・スター、ロバート・プラント、大滝詠一、忌野清志郎、桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、細野晴臣……と、音楽史に名を刻む多くのレジェンドたちと会ってきた。FMラジオの構成や選曲も手掛け、パーソナリティーも担当。プロデューサーとして携わったレコードやCDも数多い。著書に『ぼくが出会った素晴らしきミュージシャンたち』など。 電子書籍『ROCK絶対名曲秘話』を刊行中。東京・大岡山のライブハウス「Goodstock Tokyo(グッドストックトーキョー)」で、貴重なアナログ・レコードをLINN(リン)の約400万円のプレーヤーなどハイエンドのオーディオシステムで聴く『レコードの達人』を偶数月に開催中。最新刊は『岩田由記夫のRock & Pop オーディオ入門 音楽とオーディオの新発見(ONTOMO MOOK)』(音楽之友社・1980円)。