音楽の達人“秘話”

「君に、胸キュン。」は初めて大ヒットを狙った曲、「君」とは誰のことなのか 音楽の達人“秘話”・高橋幸宏(3)

趣味の釣りで、波にさらわれそうになった 多芸多才なユキヒロだったが、その趣味のひとつに釣りがあった。ぼくも20代半ば頃から本格的に釣りを趣味にしていたので、その話題が逢っている時に多く出た。と言うより、音楽記事のインタビ…

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国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、とっておきの秘話を交えて、昭和・平成・令和の「音楽の達人たち」の実像に迫ります。高橋幸宏の第3回は、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)が解散する1983年に発表されたシングル「君に、胸キュン。」(作詞・松本隆、作曲・YMO)に関するエピソードと趣味だった釣りの話題を紹介します。高橋幸宏が語った「君」とは、一体誰のことなのか―――。

急に人気が出たことへの違和感

Y.M.O.が人気になると、雑誌やラジオの取材が、スケジュールが詰まり過ぎているために難しくなっていった。ぼくは彼らのオフィスの社長だった故大蔵博と麻雀友達だったこともあって、すんなりとスケジュールをもらうことが出来た。

それまでコアな音楽ファンを除けば、一般的な認知度の低かった3人だったが、取材などで逢うと、この降って湧いた人気を楽しんでいるように感じた。

“何か笑っちゃうよね。自分はともかくとして、細野(晴臣)さんや教授(坂本龍一)は、Y.M.O.以前だって凄い実力があった。それが認められていなかったとまでは言わないけど、急に人気が出たみたいに扱われると、ぼくには違和感があるよね”

Y.M.O.時代のある時、高橋幸宏はそう語っていた。そういった違和感はメンバー全員が持っていたと思えた。

サイモン&ガーファンクルは凄いパワーだ

一方でスターになる必要性もユキヒロは感じてはいた。1981年9月、サイモン&ガーファンクルが再結成してニューヨークのセントラル・パークで約50万人を前にライヴを行った。ユキヒロはサイモン&ガーファンクルのファンだったので、ある時のインタビューでその話題になった。「君に、胸キュン。」が大ヒットしていた頃だ。

“(サイモン&ガーファンクルは)凄いパワーだよね、あそこまで多くの人に感動を与えるのは。ああいうのを観ると、やっぱりミュージシャンには売れることも必要だと思うよね。「君に、胸キュン。」の「キミ」は自分にとってはサイモン&ガーファンクルなんだよね。この曲はY.M.O.にしては異色かも知れないけど、初めて大ヒットを狙って作った曲なんだ”

そう語っていた。この頃にはY.M.O.の人気も定着していて、降って湧いた人気を楽しみつつ、大ヒットを狙う余裕が出てきていたのだった。

YMOのデビュー・アルバム『イエロー・マジック・オーケストラ』や『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』、『黒船』など高橋幸宏が参加した名盤の数々

趣味の釣りで、波にさらわれそうになった

多芸多才なユキヒロだったが、その趣味のひとつに釣りがあった。ぼくも20代半ば頃から本格的に釣りを趣味にしていたので、その話題が逢っている時に多く出た。と言うより、音楽記事のインタビューに行って、釣りの話ばかりしていて、後で記事をまとめるのに苦労したことさえあった。

ユキヒロは船酔いするとかで、おか釣り専門だった。ぼくは当時、静岡県清水港名物のクロダイ(チヌ)のかかり釣りにはまっていた。小舟を沖にボートで引いて運んでもらい、沖堤などにつなげて(かけて)もらって釣るという釣法(ちょうほう)だった。

一方、ユキヒロは当時、イシダイ釣りにはまっていた。磯に上がってイシダイを狙う。同じ“タイ”という名がついていても釣法が大きく異なる。ぼくはクロダイの手釣りこそ、一番おもしろいと言うと、ユキヒロは船で釣るのは邪道でイシダイ釣りこそ釣りの王道だという。まぁ、そんな釣り人話が延々と続いてしまうのだ。

イシダイは沖の磯に船で運んでもらい、そこへ降りて釣る。波が高いと磯が水をかぶるので危険だ。朝、波が低くても天候異変で急に波が高くなることもある。ある時、ユキヒロは先日に体験した遭難話をしてくれたことがあった。沖の磯で釣っていたら、天候が急変して波にさらわれそうになった。

“必死で携帯で援助を求めてさ。あぁ、このまま波にさらわれて人生が終わるのかって思ったね”

そんな話をしていた。

釣り具を盗まれた

殺人的なスケジュールだったY.M.O.の活動中にも時間が少し空けばクルマを飛ばして、ユキヒロは釣りに行っていた。

“夜中、仕事が少し早く終わると、チャンスだと思ってクルマで海へゆくの。行く途中と釣っている間はいいんだけど、帰りのドライヴが徹夜なんで眠くて辛い。気付いたら居眠り運転してたことが何度もあったね”

と語ってくれたこともある。釣り道具盗難話というのもあった。

“テレビ局の駐車場にクルマを停めていたんだ。鍵をかけ忘れたみたいで、仕事が終わってクルマに戻ったら荒らされていて、いつも積んだままにしていた釣り道具箱が消えていた。磯からの釣りのために手作りした浮きが盗られて、他のものはいいから、釣り具だけは返してくれ、そんな気持ちだったね”

そんなことを言っていた時もあった。いつか一緒におか釣りしようと言ってくれ、イシダイ釣りに実際に誘ってくれたがスケジュールが合わなかった。くれぐれも残念なことだ。

高橋幸宏の名盤の数々

岩田由記夫
1950年、東京生まれ。音楽評論家、オーディオライター、プロデューサー。70年代半ばから講談社の雑誌などで活躍。長く、オーディオ・音楽誌を中心に執筆活動を続け、取材した国内外のアーティストは2000人以上。マドンナ、スティング、キース・リチャーズ、リンゴ・スター、ロバート・プラント、大滝詠一、忌野清志郎、桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、細野晴臣……と、音楽史に名を刻む多くのレジェンドたちと会ってきた。FMラジオの構成や選曲も手掛け、パーソナリティーも担当。プロデューサーとして携わったレコードやCDも数多い。著書に『ぼくが出会った素晴らしきミュージシャンたち』など。 電子書籍『ROCK絶対名曲秘話』を刊行中。東京・大岡山のライブハウス「Goodstock Tokyo(グッドストックトーキョー)」で、貴重なアナログ・レコードをLINN(リン)の約400万円のプレーヤーなどハイエンドのオーディオシステムで聴く『レコードの達人』を偶数月に開催中。最新刊は『岩田由記夫のRock & Pop オーディオ入門 音楽とオーディオの新発見(ONTOMO MOOK)』(音楽之友社・1980円)。

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