歴史グルメ・エッセイ「美食・大食家びっくり事典」

歴史グルメ・エッセイ「美食・大食家びっくり事典」(6)ロシアの次はイタリアにトドメ

ゴルフ・エッセイストの夏坂健さんは、ゴルフの達人であるだけではなく食通としても知られ、1983年に、古今東西の偉人たちの食に関するエピソードを集めた『美食・大食家びっくり事典』を著している。この本のカバー折り返しには、美食家で料理人としても知られた俳優・故金子信雄さんが、フランス王妃マリー・アントワネットの有名な言葉「パンがなければお菓子をお食べ」を引いて、「パンが不味ければこの本をお読み」と書いている。ローマの皇帝は、フランスの太陽王は、ベートーベンは、トルストイは、ピカソは、チャーチルは、いったい何をどう食べていたのか? 面白さ満点の歴史グルメ・エッセイが40年ぶりにWEB連載として復活しました。博覧強記の水先案何人の手引きで、先人たちの食への情熱ぶりを綴った面白エピソード集をご堪能ください。第6回は、フランス料理の先達である食の先進国・イタリアの王侯貴族たちの大食ぶりについて。

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第1章 絶命するまで啖(くら)いつづけた男たち

肥満が何だ、栄養がどうした。

美味なるものを死ぬほど食べる。

これが生きることの悦楽の極致。

古今東西の食の殉教者たちの

垂涎のものがたり。

(6)ロシアの次はイタリアにトドメ

1日に平らげた料理の皿が104枚! フランス料理ももとをただせばボリュームたっぷりのイタリア式だが、それにしてもこの食欲。

仕事がどっさりありすぎるときは、まず食事からはじめるのがよい――アフリカの諺――

ロシア人と勝負させたいのがイタリア人。なにしろ大皿山盛りのスパゲッティを前菜に食べるという国民で、二大本能にすぐれていらっしゃることでも有名だ。

いまでこそフランス料理は中国と並んで世界に冠たる栄光を誇示しているが、フランス料理の原型は北イタリアのフィレンツェ、メディチ家からフランスのアンリ2世に嫁いだカトリーヌ妃が持ち込んだもの。それまでのフランス人は芋ばかり食べていた。1533年のことである。この年こそフランス料理誕生の前夜ともいえる記念すべき年である。

なにしろメディチ家といえば、ヨーロッパ各国の王様と貴族が相手の金融屋で、しばらく戦争をやるぐらいのお金は即日融資、返済はアド・オン方式という大金持ち。15世紀から16世紀にかけて、3人のフィレンツェ共和国長官、7代にわたるトスカナ大公、2人のローマ教皇、5人の枢機卿、そして2人の女性がフランス王妃と、これだけの人材がメディチ家から出ているのである。

それほどの家柄だから、その豪華な饗宴たるや絵に描かれたり筆にかかったりで、1度の宴会が3日、4日ぶっ続けになるのはいつものことだった。食の世界史の伝説になっている絢爛(けんらん)とおどろきは別の機会に紹介するが、要するにイタリアは食に関して最高の先進国なのである。胃袋に歴史がある。

朝昼に48皿を平らげてもまだ……

16世紀のイタリアで、運河の通行権を持っているおかげで金持ちだったカリロス伯の大食はつとに有名だった。その食欲のすさまじさに畏敬の念を抱いた子孫は、城の壁にカリロス伯の食事風景をレリーフ(浮き彫り)にして残したほどだった。

伯の朝食は10個のラルデ(ミルクと卵とベーコンを固め合わせてバターで揚げたもの)と3リットルの牛乳ではじまり、魚と肉の料理が16皿並べられ、たちまちペロリと片づけられた。

昼は毎日魚料理が中心で、鯛の焙り焼き、大ひらめのソース添えが各5匹、ほかに鯉、かます、舌平目、鮭、鰻などの海水、淡水魚が32皿用意され、それらもすっかり平らげた。しかも「夜が待ち切れなかった」というから、どんな胃袋をしていたのか仰天するばかりだが、そして晩餐は肉料理が中心だった。

野うさぎの背肉のぶどう酒煮、仔牛、羊、去勢鶏、きじ科のしゃこ、七面鳥などの丸焼き、野禽(野鳥)のアスピック、うずらのア・ラ・オルリー風など、肉類ばかり45皿、それに4皿のスープ、7皿のデザートが加えられた。ためしに電卓でこのカリロス伯が1日に何枚の皿をきれいにしていったか計算してみると、10個のラルデと3リットルの牛乳は別にして、朝昼晩の皿の合計がなんと104枚!

(本文は、昭和58年4月12日刊『美食・大食家びっくり事典』からの抜粋です)

『美食・大食家びっくり事典』夏坂健(講談社)

夏坂健

1934年、横浜市生まれ。2000年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。その百科事典的ウンチクの広さと深さは通信社の特派員時代に培われたもの。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。

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