2023年5月15日発売の「おとなの週末」6月号の銭湯特集にちなんで、東京都内320軒以上の銭湯を巡ったという、牛モツ屋の店長を直撃。なんでも「銭湯お遍路」なるものを楽しんでいるといいます。その実態とはどういうものなのか、銭湯の過ごし方も含めて聞いてきました。
画像ギャラリー料理人の体を癒す魔法の水 ︎
料理人の作る料理がお客の心までも満たすなら、料理人の心は何が満たしているのだろう。
「それは月に一度の銭湯巡りです」と言うのは、谷中にある牛モツと日本酒をテーマにした『二鷹』の店長・黒瀬公平さんだ。ただ銭湯に行くだけではない。“巡る”……つまり、何軒もの銭湯に行くことで心の平穏や日々の疲れからの解放がなされるのだという。
そこには黒瀬さんが幼少のころ、銭湯に通う日々を過ごしていたことが関係している。生まれた時から中2の自宅改装まで銭湯通いが続いたそうで、「自宅のお風呂はうれしかったんですけど、でもあの手足がグーっと伸ばせる大きな浴槽が恋しくて(笑)。今も熱い湯に浸かり、手足を伸ばすと、あぁ風呂に入ってるって気になるんですよ」。
それだけなら巡らなくてもいいのでは?
「銭湯と言ってもいろいろあるんです。昔ながらの宮造り、近代的なビルの1階、サウナが併設されているところ、庭がきれい、番台の雰囲気……ただ湯船に浸かって『あぁ~』がいいだけじゃない。それらの個性を楽しむのもいいんです。
それに、東京都にはまだ400近くの銭湯が残っていますが(※正確には令和4年で462。東京都生活文化スポーツ局消費生活部生活安全課公衆浴場担当調べ)、昔は2000近くあったんです。釜の火じゃないですが、銭湯文化の火を消したくはないじゃないすか」。
黒瀬さんの意見を後押しするように銭湯をもっと楽しんでほしいと、東京都浴場組合が立ち上げたサイト「東京浴場」(https://www.1010.or.jp)では、“銭湯お遍路”を提案中。四国のお遍路さんのごとく、各銭湯に巡礼するたびにスタンプノートにスタンプが溜まる“銭湯お遍路”を実施している。
見事すべて巡礼すると同HP内で紹介される名誉にあずかれるというものだ。ちなみに黒瀬さんは2023年4月時点で323以上の銭湯を巡礼済みとのこと。
そして巡礼の理由はもうひとつ。「その街に漂う人情や風情に触れられるから」だ。居酒屋の店長を務めるだけあって、黒瀬さんも大のお酒好き。当然、銭湯の後のちょいと一杯が何よりも楽しかったりする。
「銭湯を出て牛乳を飲んで、まだ髪が完全に乾き切らないうちに表に出るんです。それからふらりともつ焼き店や昔ながらの小さな居酒屋に立ち寄ります。湯上がりに痛飲は禁物なので、軽く1杯と決めて店に入ります。
そういう地元の方が集まる店では、こちらが黙っていても街の様子が詳細に聞こえてくるじゃないですか。いつか自身の店を持ちたいんですが、どこに出すのがいいか、その街の様子を知るのにもいいんですよ(笑)。半乾きの髪ということもあって同じように銭湯帰りの人と相席すると『さっきはどうも。いい湯でしたね~』なんて会話も楽しいですしね」
「銭湯お遍路」に必要なもの、注意点
湯+酒+人情という、次の休日から試せそうな「銭湯お遍路」だが、その準備や注意点はないのだろうか?
「僕はこれです」と黒瀬さんが見せてくれたのは大きく“湯”と書かれたトートバック。その中にはシャンプー、髭剃り、背中を洗うための亀の子タワシ、やや厚手のタオルが5枚入っているのだそう。
「タオルにはお気に入りのスタメンがあって、1軒だけの時は何でもいいのですが、お遍路の時はそのスタメンを持っていくようにしてます」。
そして「まずはかけ湯。そして髭を剃ります。3軒目でも剃ります。それは綺麗にしてから湯船に浸かりますよというサイン。みんなが入るものですから、衛生面をかなり気にする人もいらっしゃいますからね。
そして、タワシで背中を、タオルで体を洗います。こちらも毎回洗います。また銭湯によってシャンプーと石鹸を用意してくれていますが、僕はマイ石鹸を持っていきます。ビオレが好きなんですよ(笑)」。
体を綺麗にしたら浴槽に浸かるわけだが、ここにも黒瀬さんの流儀がある。
「そんな大したものではないですが、浴槽に12~15分くらい浸かって、あれば水風呂に2分。それを3~5セットというのが僕のパターン。水風呂は最初冷たいのですが、そのうち体に薄い膜が張ったような感じになって冷たさが気にならなくなるんですよ。その瞬間がまたいいんです」。
気をつけているのは、シャワーを浴びるとき、跳ねた水が他のお客さんにかからないようにすること。そして湯をぬるくしないことだそう。前者はトラブルの原因になることが多く、後者はマナーとしてだそう。
銭湯は42度と決められているそうで、やや熱めのその温度に慣れている常連さんはぬるいお湯を嫌うのだそうだ。「大きくはそのふたつですが、銭湯のポスターに書かれている注意事項は守ってほしいですね」。
そして最後に「銭湯グッズの購入です(笑)」。タオルの時もあれば、キーホルダーといったグッズの時も。「スタンプをもらうだけじゃなくて、何か記念になるものも欲しいじゃないですか(笑)」(ちなみに、黒瀬さんのこれまでの戦利品は『二鷹』に飾られています)
ルールを守りつつ、何分浸かるか、何度浸かるかは各自の体調などに合わせて判断してほしいが、その銭湯の個性を味わうならゆったり、のんびりが良さそうだ。そんなこんなで朝から晩までのお湯三昧。そりゃあ体も心も癒されるよなぁ。
銭湯お遍路初心者ならこう巡るべし!
最後に初心者にやさしい銭湯お遍路コースを伺った。
「まずは西巣鴨にある『稲荷湯』さんに(本誌2023年6月号でも紹介しています)。映画『テルマエロマエ』の撮影が行われたことでも有名な、立派な宮造りの老舗銭湯です。ここでまずは湯と風情を。
今度は鶯谷にある『萩の湯』さん。ビルの2階にある、サウナも併設した近代的な銭湯です。銭湯なのにスパ的な広さで、2階には食堂もあるんですよ。で、新旧の違いを知るのもいいですよね。
で、最後に東京スカイツリー前にある『さくら湯』さんに。こちらは8種のお風呂があり、ペンキ絵も見事なんです。という3箇所かなあ。ただ墨田区は今も6軒の銭湯が残るエリア。墨田区内だけでお遍路もできますが、お遍路するなら1箇所は浸かりたいところです。
あとは銭湯は14時とか15時からというところが多いんです。1軒目は営業開始よりも少し早めに行って列に並ぶとワクワク感が高まります。で、2軒目は夕飯時になるくらいに行く。少し空いているはずです。で、のんびりと。最後は閉店までにという感じで回るといいと思います」
湯船に浸かり、福山雅治さんの『桜坂』を鼻歌で楽しんでいる人がいたら、それはきっと黒瀬さんだ。翌日の店の料理はいつも以上のおいしさかも。
最寄りの銭湯を3軒目にする。沿線沿いを攻める。歴史あるところを回る。自由気ままにコースを楽しめる、自分なりの銭湯お遍路。今度の週末にいかがですか?
■『二鷹』
[住所]東京都文京区千駄木3-43-9 2階
[電話番号]070-3168-2929
[営業時間]12時~14時、18時~23時
[休み]不定休
[交通]地下鉄千代田線千駄木駅2番出口から徒歩5分
取材/武内慎司
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