明暗が分かれた2人の結末は… D君はあまり勉強に必死な姿を見せませんでした。しかし決して無気力という訳ではなく、そのようなポーズをとっているように私には思えました。中学受験の頃、かなり成績がよかっただけに、また勉強が出来…
画像ギャラリー一流アスリートには常に優秀なトレーナーが寄り添います。近年はトレーニング理論が発達し、プロアスリートやオリンピック・メダリストはプロトレーナーから的確な指導を受けるのが常識。理論的背景のない我流のトレーニングでは、厳しい競技の世界で勝ち抜けないからです。自学自習が勉強時間の大半を占める受験も同様です。自学自習のやり方で学力に大きな差が出るのに、ほとんどが生徒自身に任されて我流で行われているのが実情です。「受験は競争、受験生もアスリート」。トレーナー的な観点から、理にかなった自学自習で結果を出す「独学力」を、エピソードを交えながら手ほどきします。名付けて「トレーニング受験理論」。その算数・数学編です。第5回は、進学校に合格したのに、成績が低迷する「深海魚」になった生徒のエピソードです。
中学入学後に成績が低迷する生徒
厳しい中学受験を突破して、進学校に合格したものの、入学後に成績が低迷し、なかなか浮かび上がれない生徒たちがいます。受験界では、そのような生徒たちは「深海魚」と呼ばれています。
私の塾にも何人か深海魚状態の生徒がいましたが、その中で浮かび上がれた生徒と浮かび上がれなかった生徒、対照的な2人のケースをご紹介します。なぜ深海魚になってしまうのか、そしてそこから浮上するにはどうすれば良いのかについて考えてみます。
深海魚状態にあえぐ2人の生徒
年度は違いますが、同じ私立中高一貫男子校のD君とE君は、学校での成績が振るわず、高校への内部進学が危うくなったため、いずれも中学3年生のときに入塾してきました。D君は、中学受験のときは、全国模試で1桁に入るなど、かなりの成績を取っていたそうです。
入学後もしばらくはそれなりの成績でしたが、あまり勉強をしなかったため、次第に順位が下がっていき、見かねた親御さんが塾に連れてきたのです。一方のE君は、入学時からパッとしない成績で、頑張って勉強してはいたのですが、なかなか成績が上がらず、本人が「塾に入れて欲しい」と親に頼み込み、入塾することになったそうです。
入塾時には、二人とも同じような成績で、学年で後ろから20位以内のいわゆる「深海魚」と呼ばれる状態でした。しかしその後の展開は、明暗を分けることとなりました。
深海魚になる3つのパターン
深海魚になってしまう原因は人それぞれですが、主なものは以下の3つのパターンです。
(1) 中学受験で燃え尽き、勉強にもそれ以外の活動にも身が入らないままだらだらと月日が過ぎてしまい、気が付いたらずいぶん下位の成績になっていた。
(2) 成績上位で入学したが、入学後は部活や遊びに精を出し、勉強はそのうち追いつけると高をくくっていたものの、頑張っても追いつけないほど勉強が分からなくなっていた。
(3) 実力以上の学校に運よく合格できたが、入学後、授業のレベルについていけず、落ちこぼれてしまった。
D君は(2)のケース、E君は(3)のケースでした。
成績不振の原因は「数学」か「英語」
成績不振の多くは数学か英語が出来ないケースが多いのですが、とくに数学は、出来なくなると、なかなか挽回の難しい教科です。D君もE君も、一番のネックは数学でした。そしてその原因は、中学受験時に身に付いた悪い勉強の仕方を切り替えられなかったところにありました。
中学受験の算数は、答えのみを書かせる学校がほとんどです。したがって、どのような解き方をしようと、あてずっぽうであろうと、答えの数字さえ合っていれば、正解です。ところが中学からの数学はそうではありません。数学では論理性が問われます。記述式試験では、答えに至るまでの過程を解答に書かなければならず、その過程が間違っていれば、答えだけ合っていても不正解です。マーク式試験でも、あてずっぽうで正解が出せるような問題にはなっていません。
また、中学受験では「解法暗記」が中心となります。「つるかめ算」や「差集め算」など、解き方を覚えなければ解けないような問題が出されるからです。また逆に、解き方を覚えれば、決まりきったやり方で解ける問題も少なくありません。したがって、解法を十分理解せず機械的に覚えるだけの悪い意味での解法丸暗記でも何とか通用することが多々あり、実際にそのような勉強をしている生徒は数多くいます。しかし中学からの数学では、理解の伴わない解法丸暗記では、そのうち行き詰まってしまいます。
D君もE君も、解き方を丸暗記し、答えだけを機械的に出そうとする中学受験からの悪い勉強法を引きずっていたのです。
「正しい努力は裏切らない」浮上するための3つのポイント
多くの深海魚状態の生徒に共通する“出来ない原因”があります。それを克服するポイントは以下の3点です。
(1) 解答をきちんと作成する
D君の数学のノートを見せてもらうと、判読しがたい字で計算と答えが書かれていました。文字はほとんどありません。中学受験生によくありがちなノートでした。これでは、どこへ向かって、今自分が何をやっているのかさえ分からなくなってしいます。
普段の勉強でも、試験の答案を書くように、きちんと解答を作成することが大事です。きちんとした解答を作成するためには、ゴール(示すべき結論)へ向かって筋道立てて説明することが必要です。そうすることで論理的に考える習慣が身に付くのです。
教科書の例題にはきちんとした解答が示されていますので、それを参考にきちんとした解答を作成する訓練をすることです。
(2) 高い目標を望まず、教科書レベルをしっかり理解する
ハイレベルな授業を行っている学校では、すぐには授業に追いつけないかもしれません。その場合でも、目先の成績にとらわれず、基礎レベル(教科書レベル)を、穴がないようにしっかり身に付けることが大事です。最終的な目標は入試です。基礎力がしっかり身に付いていれば、後から挽回は十分可能です。逆に、難しい問題にばかり意識がいって、基礎力がおろそかになると、一般の学校で教科書レベルをしっかり学習している生徒よりも勉強が出来ないケースも見られます。
(3) 周囲と比較せず、今の自分からの進歩に注力する
進学校では、全国模試で上位の生徒たちもいるため、同学年でも上と下とでかなりの学力差があります。したがって、周囲と比較してしまうと、勉強への意欲を失い、その結果勉強が手に付かなくなったり、最悪のケースでは勉強を放棄してしまうこともあります。周囲と比較するのではなく、今自分が出来ていないところを克服していくことに注力することが大事です。そうすれば自分の成長を感じられるようになり、結果もついてきます。
ありきたりですが、勉強では正しい努力は裏切りません。それを学ぶ機会というように少し余裕をもって捉えるのも一つの考え方ではないでしょうか。これは単なる精神論を述べているのではありません。深海魚状態からなかなか浮かび上がれないのは、精神的な要因も小さくはないのです。
明暗が分かれた2人の結末は…
D君はあまり勉強に必死な姿を見せませんでした。しかし決して無気力という訳ではなく、そのようなポーズをとっているように私には思えました。中学受験の頃、かなり成績がよかっただけに、また勉強が出来るようになりたいという気持ちは人一倍強かったはずです。
しかし、「一生懸命勉強したのに成績が上がらなかった」という結果が出てしまうことを極端に恐れていたのではないでしょうか。試験前にお母さんに、「今回は結果が出なくても仕方ないよね」と伏線を張っていました。それでもほかの生徒と同様、徐々に成績は上がると私は思っていましたが、結局D君は試験の日に学校を休み、試験を受けませんでした。
そして入塾から2か月ほどで塾に来なくなりました。その後D君がどうなったかは分かりません。今だったらもっと違うサポートが出来たのにと、今も残る少し苦い思い出です。
一方のE君は、もともと自分なりの勉強法が確立されていませんでした。そのため、素直に言われた通りの勉強をコツコツ続け、無事内部進学を果たしました。その後も順調に成績は上がり、高校では学年で20番台の成績も取り、見事深海からの浮上を果たしました。最終的には私大医学部に現役で合格してくれました。
圓岡太治(まるおか・たいじ)
三井能力開発研究所代表取締役。鹿児島県生まれ。小学5年の夏休みに塾に入り、周囲に流される形で中学受験。「今が一番脳が発達する時期だから、今のうちに勉強しておけよ!」という先生の言葉に踊らされ、毎晩夜中の2時、3時まで猛勉強。視力が1.5から0.8に急低下するのに反比例して成績は上昇。私立中高一貫校のラ・サール学園に入学、東京大学理科I類に現役合格。東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。大学在学中にアルバイト先の塾長が、成績不振の生徒たちの成績を驚異的に伸ばし、医学部や東大などの難関校に合格させるのを目の当たりにし、将来教育事業を行うことを志す。大学院修了後、シンクタンク勤務を経て独立。個別指導塾を設立し、小中高生の学習指導を開始。落ちこぼれから難関校受験生まで、指導歴20年以上。「どこよりも結果を出す」をモットーに、成績不振の生徒の成績を短期間で上げることに情熱を燃やし、学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて難関大学に現役合格した実話「ビリギャル」並みの成果を連発。小中高生を勉強の苦しみから解放すべく、従来にない切り口での学習法教授に奮闘中。