毎朝4時から始まる仕事 平山さんの仕事は朝4時から始まる。クロワッサンの仕込みは2番めなのでおよそ5時頃。大きな窓のある仕込み室から、ちょうど美しい朝焼けが眺められる時間だ。 「秋や冬はとくに真っ赤になる様子が素晴らしい…
画像ギャラリーさまざまあるパンのなかでもどこかクロワッサンは特別な存在。もちろんそれは、手が届かないとかそういうことではなく日々のごちそう、日々の最高、そんな存在なのかなと。その気持ちを実感させてくれるお店へ足を運んでみた今回のクロワッサン企画。栃木県・西那須野にある『ショウパン アルティザン ベイクハウス』よりお届けします。
目指したのは地元の人に喜んでもらえるクロワッサン
パン好きから、パンの聖地として注目されている栃木県那須周辺。古い別荘地ということもあり、昔から感度の高いカフェやパン屋が存在し、パン文化が根付いている。
そんな人気のパン屋が集まる那須塩原の隣町、西那須野にあるのがここ『ショウパン アルティザン ベイクハウス』。
駅から車で6分、街道沿いに立つ、肩の力が抜けた風貌の建物が格好いい。店主は、パンマニアの間でもよく知られているパン職人・平山翔さんだ。
開店早々に着くと、広い厨房ではまだオーブンが忙しく稼働し、次々とパンが焼けていた。店にはパンが放つおいしそうな香りが充満し、それだけで幸せな気分になる。声をかけると、しばらくして穏やかな物腰の平山さんが笑顔で現れた。
この店のクロワッサンはキリリッとした顔つきで凛々しい。そこに込めた思いはどんなものなのか、平山さんに聞いてみた。
「クロワッサンはできたてがすごくおいしいですが、ここの場合は地域柄、翌朝に食べる方が多いんですよね。大半の方に、どのくらい持ちますか?と聞かれるんです(笑)。なので僕が思い描くのは、当日はもちろん、翌日もおいしいクロワッサン。そこに焦点を当てました」
発酵バターをたくさん折り込むクロワッサンは、焼きたては香り立つが、時間が経つとバターが酸化していくのがネックだという。
「バターたっぷりの高配合、リッチにジュワッとバターが広がるクロワッサンは、僕も大好きなんです。でもやはり時間の経過とともに脂が空気に触れ、風味が悪くなっていくのが気になってしまう。そういうクロワッサンが、本当に翌朝までおいしいか?と考えたんです」
そこで平山さんは生地に折り込むバターを減らすという選択をした。それでも、バターが香るクロワッサンらしさは残したい。
最初から生地にもバターを加える発想
思いついたのは、生地にもバターを加えるという発想だった。普通クロワッサンは、バターを入れない生地にシート状の発酵バターを挟んで層にする。ところが平山さんは、最初から生地にバターを入れてしまおうというのだ。
「バターを減らすのは簡単なんですけれど、やはり食べた時のリッチな感じもみなさん好きだと思うので、そこは変えたくなかったんです」
例えば使うバターの全量を1とするなら、一般的には生地はバター0、折り込むバターが1となる。平山さんの場合、およそその半々の割合で生地にもたくさん使う。この生地に練りこむという方法で、バターも酸化しにくくなるという。
結果、折り込みバターの量を減らしてもトータルの使用量は変わらない。バター自体をたっぷり折り込んだクロワッサンに比べれば、広がるバターの香りは少し低いが、食べたときのバター感はしっかりあり、満足度は高い。
「ジュワッとバターを感じるのは、例えばシナモンロールなどで楽しんでもらえればと。あくまでクロワッサンは日常で食べやすく、おいしいパンでありたいなと思うんです」
ちなみに平山さんの好きなクロワッサンの食べ方は、ジャムを添えることだとか。
「僕はジャムが大好きなんです。店でも作っていますが、だいたい季節のジャムを添えて食べています」
元々コーヒー好きということもあり、ジャムを添えたクロワッサンと自分でドリップしたコーヒーを添えれば、至福の朝ごはんの完成だ。
国産小麦に早くからこだわったパン職人、「ゆめかおり」を使用
平山さんは早くから国産小麦にこだわったパン職人のひとりでもある。そこでクロワッサンには、地元近郊で多く作られる小麦・ゆめかおりを8割使い、そこに「ちょっと自分好みのテクスチャーを出す」ために北海道産を混ぜている。
その小麦を選んだ理由はなぜだったのか。
「ゆめかおりは国産小麦の中でも、唯一、外国産小麦にそっくりな食感を持っているんです。もちもちし過ぎないというか、歯切れがよく、ニュートラルに使えます」
確かに国産小麦はもちもち感が強いというイメージがある。そう伝えると平山さんはこう続けた。
「それが国産小麦の個性といえば個性です。遺伝子的にアミロース含有量が低いので、どうしてもお米寄りの食感になる。元を辿るとうどんに使われる小麦、農林61号などから派生した日本の小麦を片親に持っているからなんです」
今は他のパンにも地元のゆめかおりを多く使っているが、以前は様々な国産小麦を使っていた時期もあったとか。
そもそも平山さんが国産小麦に目覚めたのは店を開く前。国産小麦のレベルが格段によくなり、先駆けて使う先輩のパン職人たちを見るようになった時期だ。やがて小麦農家を訪れたことをきっかけに、どんどん魅せられていったという。
「農家さんと会ってすごく感銘を受けました。この思いを伝えたいという気持ちが強くなり、小麦ありきのパンを焼くようになったんです」
でも、と続く。小規模な農家に人気が集中すると、小麦の絶対量が足りなくなってしまう。農家の負担にもなる。そこで方向転換を図った。
「ご当地で、地元の小麦を使ったパン屋があるのも楽しいなと思って」
毎朝4時から始まる仕事
平山さんの仕事は朝4時から始まる。クロワッサンの仕込みは2番めなのでおよそ5時頃。大きな窓のある仕込み室から、ちょうど美しい朝焼けが眺められる時間だ。
「秋や冬はとくに真っ赤になる様子が素晴らしいんですよ。それを見るのが楽しみでもあります。この街は夕日もきれいなんです。屋上に上がってよく眺めています」
そう語る平山さんの顔は晴れ晴れとしていた。自然に寄り添って生活する、穏やかだがどっしりと安定したエネルギーのようなものが伝わってくる。
そして実は、その景色を計算して店の配置も作られているのだとか。なるほど、毎日そんな美しい空を見ながら作られるパンが、のびやかでおいしくならないわけはない。
「スタッフには“長い流行”と言ってるんですが、地元の人のためにパン作りを続けることが、この土地の、西那須野の文化になるんだと話しています。
ここで育った子が外に出て、地元にあったパン屋さんおいしかったなとか、雰囲気がよかったなって思い出してもらえたらいい。そういう気持ちが少しずつ伝染して、広がればいいなと思っています」
『SHOPAIN ARTISAN BAKEHOUSE(ショウパン アルティザン ベイクハウス)』 @栃木県・西那須野
[住所]栃木県那須塩原市西三島3-183-276
[電話]0287-48-7707
[営業時間]9時~17時
[休日]日・月(2024年4月からは火・水に変更)、不定休あり
[交通]JR線西那須野駅出口から徒歩23分、車で6分
撮影/松永直子、取材/岡本ジュン
※2024年4月号発売時点の情報です。
※写真や情報は当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。必ず事前にご確認の上ご利用ください。