空気清浄機の暗部に宿る「失敗」と「愛嬌」【シャープさんの「家電としあわせ」第3回】

 家電の暗部などと書くと、いまからメーカーの不都合な事実を告発しそうだが、そうではない。大きい組織に暗部はつきものだし、世間の興味という意味でも、ここで暗部のひとつやふたつを開陳したいところだが、あいにく私はそういった暗…

画像ギャラリー

 家電の暗部などと書くと、いまからメーカーの不都合な事実を告発しそうだが、そうではない。大きい組織に暗部はつきものだし、世間の興味という意味でも、ここで暗部のひとつやふたつを開陳したいところだが、あいにく私はそういった暗部を知らない。残念ながら会社の暗部を知り得る立場にいたこともない。

 私が語りたいのは、使う人がめったに目にすることのない、家電の背面とか、よくわからない蓋の内側とか、そういう文字どおりの、ふだん光の当たらない場所のことである。たとえば冷蔵庫の裏側を思い浮かべてほしい。ほとんどの人が家に置いて以来、目にすることはないと思う。

■空気清浄機の「暗部」とビニール

 空気清浄機にも暗部がある。正面から見て背中側だ。大きなパネル状のフタがあるから、それを外すと暗部が現れる。そこは暗部じゃないだろうと思った方は、勤勉なお客さんである。なぜならどの空気清浄機も、メンテナンスと称してそこについたホコリを掃除機で吸い取るよう、定期的にお願いしている箇所だからだ。あそこを暗部だと思わない方々は模範的な空気清浄機ユーザーだと、私がここで讃えたい。ご愛用ありがとうございます。

 その暗部になにが入っているかというと、フィルターである。空気のあらゆる汚れを濾過するために、たいていは複数枚のフィルターを備えている。空気清浄機をお使いの方はご存知だと思うが、フィルターは新品で購入された時点では、ビニールにパックされた状態で暗部にセットされている。そうしなければ輸送や展示の間に外気と触れてしまうから、厳密な意味でフィルターが新品ではなくなるからだ。浄水器のフィルターが個包装されているのと同じ事情である。

 だから空気清浄機を購入し、はじめて使用する前には、コンセントを挿すのと同じく、フィルターを包装するビニールを取らなければいけない。それが必要である旨は暗部を蓋するフタにもデカデカと紙が貼ってあるし、その手順は懇切丁寧に取扱説明書の冒頭に解説されている。買って、帰って、箱を開ければ、しぜんと暗部のビニールを取るように万全を期している、とわれわれメーカーは確信している。

 しかしそうしない人が一定数いる。絶対にいる。あなたが思っている以上にいるのだ。「またそんな話を盛ってからに」と思う方は、ためしに“空気清浄機 フィルター ビニール”と検索してみればいい。自嘲気味の失敗談がわんさか出てくるから。

 私がそれに気づいたのもSNSだった。フィルターのビニールを剥がさずに3年使ってたという告白が驚きと笑いとともに話題になっては、忘れた頃に同様の失敗談が「2年間も空気を素通りさせてた」とか「電気を無駄に使ってた」といった語り口でまたSNSを沸かすのだった。数年を繰り返す頃には直接私にも告白が寄せられるようになり、これは世相であり風物詩だと確信した。

■愛おしい「トホホ」と「ワハハ」の拡散

 われわれの訴えと懇願が届かない人は、われわれが想定するよりはるかに多いのだと痛感した私は血迷って、ビニールを剥がし忘れたフィルターの写真を募集したほどである(のけぞるほど応募があり、見事な失敗談には掃除機といやがらせのように空気清浄機をもう1台プレゼントした)。

 募集のあとにはなぜか、友人と失敗をゲラゲラ笑いあうような、親密な空気がSNSに残った。まさかと思うかもしれないが、ほんとうの話だ。

 どんな時にも取説を読まないとか、人の話を聞かない人がいるということを、私は言いたいのではない。もちろん間違った使い方や失敗を未然に防ごうとする部署の人たちはそう言いたいだろうが、私が言いたいのはそれだけではない。

 なんというか、失敗に愛嬌が介在する余地が家電にあることを、私は愛おしいと感じてしまうのだ。そして同時に、多くの人が箱を開けて電源さえ入れればノールックで任せることができるという、大量生産品への全幅の信頼も、なかなかどうして尊いものではないかと思うのだ。

 ビニールを剥がし忘れられたまま働く空気清浄機はトホホという顔で語られ、ワハハと笑顔で拡散される。たとえビニールに覆われたフィルターを暗部に抱えていても、黙々と働いてくれていると疑念すら抱かれない空気清浄機。そこに人間と工業製品の親密な関係を幻視してしまうのは、家電への好意を拾う私の職業病なのかもしれないけど、私が働く喜びの一要素をたしかに形成している。

 ちなみにビニールを剥がし忘れたフィルターの空気清浄機はまったく無為かというとそうではない。プラズマクラスターは出ているので、その面の効果は着実にお届けされているはずだ。だからビニール剥がし忘れ問題は完全な失敗ではないと、ここにそっと書いておく。とはいえくれぐれも、空気清浄機の暗部にはご注意を。

文・山本隆博(シャープ公式Twitter(X)運用者)
テレビCMなどのマス広告を担当後、流れ流れてSNSへ。ときにゆるいと称されるツイートで、企業コミュニケーションと広告の新しいあり方を模索している。2018年東京コピーライターズクラブ新人賞、2021ACCブロンズ。2019年には『フォーブスジャパン』によるトップインフルエンサー50人に選ばれたことも。近著『スマホ片手に、しんどい夜に。』(講談社ビーシー)

まんが・松井雪子
漫画家、小説家。『スピカにおまかせ』(角川書店)、『家庭科のじかん』(祥伝社)、『犬と遊ぼ!』(講談社)、『イエロー』(講談社)、『肉と衣のあいだに神は宿る』(文藝春秋)、『ベストカー』(講談社ビーシー)にて「松井くるまりこ」名義で4コママンガ連載中

■シャープさんの「家電としあわせ」シリーズ

画像ギャラリー

この記事のライター

関連記事

深夜、5分おきに電話を鳴らす!? “超機械オンチ”浅田次郎が、ファックスの操作ミスで起こした大迷惑

ノルウェーから直送「サバヌーヴォー」の魅力を鎌倉の名店、人気店で味わえる【サバジェンヌ実食ルポ】

【難読漢字】地名当て 笹かまの魅力を堪能できる

まるで刺身!名古屋発「熟成牛肉あぶり和牛」を人気女子プロレスラー、ウナギ・サヤカがお取り寄せで査定してやるよ

おすすめ記事

ネオンイエロー色のソーダは主人公の好きな味なのか? 期間限定「ファンタ ビートルジュース」あの“名前”を3回唱えてでもゲットしたい!!

深夜、5分おきに電話を鳴らす!? “超機械オンチ”浅田次郎が、ファックスの操作ミスで起こした大迷惑

ノルウェーから直送「サバヌーヴォー」の魅力を鎌倉の名店、人気店で味わえる【サバジェンヌ実食ルポ】

「イカフライ」に「納豆トルティーヤ」!?惣菜パンなら江戸川橋『ナカノヤ』 約80種の多彩なパンに目移り必至!

おなじみ松屋が回転寿司店を展開してたって知ってた!?「すし松」でいただくハイコスパで新鮮なネタに舌鼓!

東京、日本橋の「高級寿司」を2200円で食べられる《すごいウラ技》を発見…!ソロ活でもOK、敷居が高くても大丈夫

最新刊

「おとなの週末」2024年10月号は9月13日発売!大特集は「ちょうどいい和の店」

全店実食調査でお届けするグルメ情報誌「おとなの週末」。9月13日発売の10月号は「ちょうどいい和の店…