皇室のヒミツ、皇族の素顔

酷暑の夏に馬車の運行はあるのか 宮廷馬車ものがたり(2)

信任状捧呈式の馬車列。新任の外国大使らが天皇陛下にその国の元首から託された「信任状」を捧呈する際、皇居への送迎用として皇室用の馬車が使用される=2017年12月21日、東京駅(東京都千代田区)

「宮廷馬車ものがたり(1)」では、身近に見ることができる「信任状捧呈式」の馬車列や、馬車の行く末について考察してみたい

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「宮廷馬車ものがたり(1)」では、導入の経緯などを振り返りましたが、本稿では「身近に見ることができる信任状捧呈式の馬車列」や、美術工芸品としての価値をも有する宮廷馬車の行く末について考察します。

身近に見ることができる馬車列

儀装馬車を使用する儀式のうち、誰もが気軽に見ることができるのが「信任状捧呈式」である。信任状捧呈式とは、新任の外国大使ら(特命全権大使や、特命全権公使など)が天皇陛下に、その国の元首からの信任状(全権委任された大使であることが記された書状)を捧呈する儀式で、その際の送迎用として天皇陛下からリムジンタイプの御料車か、馬車のいずれかが差し回される。どちらを選ぶかは大使らが決めるが、ほとんどは馬車を選択するという。

昨今のような酷暑となる夏の時季は、馬車の運行は見送られる傾向にある。馬の体調管理も理由の一つだが、馬車にはエアコンがないため、人に対する配慮もあるようだ。また、雨天の場合には、馬車から自動車へ変更になることもある。ちなみに馬車をこうした賓客の送迎に使用する国は、日本のほかイギリス、スウェーデン、オランダ、スペインなどに限られるという。

東京駅の中央玄関を出発する信任状捧呈式の馬車列。JR東日本の東京駅長は、その際、敬礼して見送る=2018(平成30)年7月11日、東京駅(東京都千代田区)
多くのギャラリーが見守る中、東京駅中央玄関を出発した信任状捧呈式の馬車列=2018(平成30)年7月11日、千代田区丸の内

場所によっては8回も見られる?

馬車、自動車による送迎区間は、東京駅中央玄関から皇居宮殿までの間と決められている。大使は、東京駅まで大使館のクルマなどで来て、乗り換えるのが一般的なパターンだ。信任状捧呈式は、平均するとほぼ毎月1~2回のペースで行われており、午前か午後のいずれかで行われる。1回行われるごとに2か国が続けて式に臨まれることが多く、もちろん1か国の場合もある。

馬車列は1国目と2国目とが交互に送迎運行することから、空馬車(からばしゃ=回送する馬車のこと)を含めれば、その日、東京駅周辺では合計8回(2か国の場合)も見ることができる。馬車列のルートは、東京駅中央玄関→行幸通り→和田倉門交差点(直進)→皇居外苑(皇居前広場)→二重橋(皇居正門)→皇居宮殿を往復する。なお、二重橋(皇居正門)付近で見学した場合は、空馬車が通らないため4回しか見ることができない。

肝心な馬車の運行日であるが、宮内庁のホームページかインスタグラムで「信任状捧呈の馬車列の運行予定について」として、日程が事前に公表される。おおまかな馬車の運行時間も合わせて公表してくれるのは、うれしい限りだ。

東京駅へとつながる行幸通りを行く信任状捧呈式の馬車列。行幸通りでは、歩行者専用ゾーンを走るため、交通標識には「信任状捧呈式関係車両・自転車を除く」という珍しい補助標識が掲げられている=2018(平成30)年7月11日、行幸通り(東京都千代田区)

馬車は1台だけとは限らない!?

信任状捧呈式には、大使らのほかに随員(お付きの人)や大使館関係者なども一緒に皇居を訪れる。このため、馬車列には数台の馬車が連なることもある。馬車列には、警視庁や皇宮警察の”騎馬隊”も加わるため、その編成美は圧巻だ。

随従者が乗る馬車は、大使らが乗る儀装車4号とは異なり、「普通車3号」というタイプの馬車が使用される。大使らが馬車で、随従者は自動車といったケースもあり、毎回馬車がたくさん連なるとは限らない。

2台の馬車で編成された信任状捧呈式の馬車列。後方の馬車が随従者(お付きの人)が乗る普通馬車3号。儀装馬車と普通馬車の格式の違いが見てとれる=2017年12月11日、千代田区丸の内

いつまで運行できるか

儀装馬車は、明治から昭和の戦前期にかけて製造され、その歴史的な価値とともに美術工芸品としても大変貴重なのである。それを現役で使用し維持管理することは、大変な苦労が伴うことだろう。

当時、宮内省に納めていた国内における馬車製造は、企業ではなく個人事業者が請け負っていた。帳簿上にはメーカー名ではなく、「製造人」として個人名が記されているが、こうした個人経営の馬車事業継承はままならず、現在では都内に1店舗しかないのが実情だ。部品ひとつとっても、いつまでその部品が確保できるかなど先行きが見通せない状況にもある。「いつまで走らせることができるのか……」、と心配そうに話す職員もいる。走る美術工芸品として、末永く運行してくれることを願うばかりだ。

2010(平成22)年に行われた塗装修繕前の車体(車箱)に見られた亀裂。この馬車は、1959(昭和34)年の皇太子ご成婚パレードで使用した儀装馬車(2号2番)で、亀裂の隙間は“埋め木”処理という技法により修復された。塗装(漆塗り)作業では、23もの工程を踏む=写真提供/宮内庁
和田倉噴水公園前を行く信任状捧呈式の馬車列。=2018(平成30)年7月11日、皇居外苑

文・写真/工藤直通

くどう・なおみち。日本地方新聞協会皇室担当写真記者。1970年、東京都生まれ。10歳から始めた鉄道写真をきっかけに、中学生の頃より特別列車(お召列車)の撮影を通じて皇室に関心をもつようになる。高校在学中から出版業に携わり、以降、乗り物を通じた皇室取材を重ねる。著書に「天皇陛下と皇族方と乗り物と」(講談社ビーシー/講談社)、「天皇陛下と鉄道」(交通新聞社)など。

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