地元に愛される、町中華の黄色いカレー
次に向かったのは東向島の『東華楼』。駅から15分ほど歩くと、失礼な言い方だがさびれた感じの中華料理屋さんが見えてきた。だがグルメ編集者時代の覆面取材も含めて、30年近く東京中のおいしい店を探し歩いた私は知っている。この雰囲気は当たりなのだ。
まず店の入口にある食品サンプルケースが物語る熟成された雰囲気。いやこれだけで騙されてはいけない、さびれたサンプルケース通りに、中もさびれた中華屋さんもあるから要注意だ。
そこで、しばらく様子を見ていると地元民らしき人がぽつぽつと入っていく。しかも40代前くらいで思ったよりも客層が若い。大学生らしきカップルも入っていった。貴重な昼飯をここで食べる地元住民や、デートの昼飯として選ぶ店は、きっとこの地域の旨い店ランキングに入っているに違いない、と確信した。他にも当たりと判断するポイントがあったのだが、それは企業秘密ということで。
店内に入ると、黒い札に白い文字でメニューが書かれ、壁一面に貼られていた。最近はQRコードを読めとかタブレットで注文しろとか言う店が増えているが、このお品書きの見せ方が、まさにショウワ的な雰囲気を醸し出している。
先に入っているお客さんが食べているのは、肉野菜のあんかけの定食のようだが、おかずとなる肉野菜あんかけの量が多く、野菜のとろみがおいしそう。他にも数あるメニューが壁に見えて、1ヵ月通ってもきっと飽きないだろう。
注文した「カレーライス」(800円)はやはり黄色みが強かった。ここのは肉や玉ねぎなどの野菜がゴロゴロ入っていて、野菜の旨みが染みこんでいて優しい味わいに仕上がっていた。令和の個人主義的な時代背景が象徴する(私の勝手な暴論ですが)香辛料を効かせた最近のカレーとは一線を画すのは、ショウワの「みんなでがんばろう世代」の心意気が見え隠れするせいなのだろうか。
そんな妄想なんて、カレーには関係ないだろうなと思いつつ、街中華の超穴場店の黄色いカレーを平らげたのだった。
昭和、平成、令和とカレーは変遷している。昭和の後期には家でも作れるカレールウがテレビCMを席巻した。平成はそのレトルトカレーが多様化したり、スープカレーが全国で人気を呼んだり。カレーチェーンも平成に店舗を全国に拡大している。令和になると薬膳のような健康的なカレーが目立ってきて、カレーという料理のジャンルがどんどん進化しているのがわかる。複雑かつ多様化した「カレー文化」の根源は、この「黄色いカレー」と言えると思う。
取材・撮影/城新一(じょうしんいち)
編集者&漫画原作者。現在『セブン-イレブン』を中心に全国のコンビニに並ぶコミック誌『思い出食堂』(年4回発売)で連載中の『ショウワ ー味の郷愁所ー』の原作を務める。昭和グルメに詳しい祖父を先生に、孫娘のミキが見つけた「あの懐かしい味」を描く人気シリーズの原作を執筆している。
「思い出食堂」の最新刊はこちらから https://www.shonengahosha.co.jp/book_Info.php?id=11475



